友情〜お嬢様口調は直さない〜
【前回のあらすじ】
いよいよ迎えた入学式の日、迷子の私は花山院牡丹に出会い、二人で秘密の花園を駆け抜けたのですわ。しかし彼のある言葉で一転、私が転生してきたこの世界は花言葉を主軸とした乙女ゲームの世界だと判明してしまいましたの。花言葉がとっても嫌いな私は大ショックを受け、その場から逃亡してしまいましてよ〜〜!!!!
「鈴蘭さん!!おはようございます!!」
「おはようございます」
「菊花さん!藤乃さん!おはようございます」
今日は登校初日。
校門を抜けたところで二人のクラスメイトが白波鈴蘭を待っていた。
ふわふわのおさげ髪に丸い眼鏡を掛けた彼女は黒川藤乃。鈴蘭と藤乃はあの入学式の日に席が隣同士となった。幼い頃に遊んだことがあるのをお互い覚えており、話が弾んだのである。
そして、もう一人。
すらっとした長身としなやかな長髪を持つ彼女は秦菊花。藤乃とは中等部からの友達で、彼女の紹介により二人は知り合うことになったが、初めて顔を合わせた時鈴蘭は腰を抜かした。秦菊花は現役のファッションモデルなのだ。学業を優先しており露出は少ないものの、それがかえって彼女の神秘性を助長させ、巷で大人気のモデルである。早い話が、鈴蘭は彼女のファンであった。
幸運にも三人は同じクラスだった。鈴蘭は入学式の帰りには二人と連絡先を交換し、今朝も校門の前で待ち合わせをしていたのである。
「良い天気ですわね」
「はい、今日も一日晴れのようです」
「鈴蘭さん!良ければ放課後にでも、学校の周りを歩いてみませんか?おうちの方が許せばですが…」
「良いのですか⁉︎」
「ええ、もちろん」
藤乃も首をぶんぶんと縦に振る。
「ぜひ!嬉しいですわ、私あの庭園をゆっくり歩いてみたかったのです」
「では、今日は庭園に行きましょう!庭園は広いので一日でも周りきれません」
「そうでしたの!もう今から楽しみですわ」
「ふふ、良かったです」
入学式の日、鈴蘭は赤髪の彼——花山院牡丹とは、あれ以降会うことなく帰宅した。藤乃によれば、花園学園には特進クラスというものがあるそうで、彼はその生徒なのだろう。彼と出会ったことは、二人には言えずにいた。
この世界が『Flower Notes』のものだと分かってから、鈴蘭はこの高校生活をできる限り平凡に、目立たずに過ごそうと強く誓っていた。花山院牡丹の顔面と攻略対象力を目の当たりにしたとしても、花言葉で愛を伝え合うというこのゲームのシステムが受け付けなかったのである。
彼女は、それぐらい花言葉が無理なのだ。
ただでさえ鈴蘭のような編入生はとても少ないらしく、多少の視線を集めているのを歩きながらに感じていた。まあ、そのほとんどが菊花へ向けられたものだろうが。
「そういえば、特進クラスは校舎も別なのですよ!」
「そうなのですか?とても贅沢ですのね…」
「ええ。あちらの道から庭園の方へ——と、あら?噂をすればですね」
「え!嘘!!」
「……え?」
菊花が指した方向から、赤髪の男子生徒が歩いてくる。鈴蘭にとって、その姿は見間違える訳もない。見間違える訳もないが、幻とかであってほしかった。ドッペルゲンガーとか、熱狂的なファンとか。
「あの赤い髪の彼は、花山院牡丹君と言って特進クラスの生徒です。花山院グループの御曹司で、勉強だけでなくスポーツも万能と、とにかく有名なのですよ」
「そ、うなのですね」
「やっぱり」なんて決して言えなかったが、しかし全くもって想像通りである。全てを盛り込んだ完璧なキャラクター性。他の攻略対象に少しは属性を残した方が良いのではないか、と鈴蘭は思った。
「そうなんです!特進クラスの中でも優秀で、中等部では生徒会を努められてたんですよ!!みんなに優しくて、まさにこの学園の王子様なのです!!」
「す、すごいですのね」
藤乃が饒舌に話し始める。
「ええ!!他学年からも人気で、ファンクラブもあるのですよ!!」
「藤乃さんは…?」
「もちろん加入しています!!」
「………」
乙女ゲームの世界で、ファンクラブはやりすぎではないかと鈴蘭は思った。藤乃の目を真っ直ぐ見ることができない。
微妙な笑顔を浮かべていると、気が付きたくないことに気付いてしまった。
「……あの、菊花さん、藤乃さん」
「ええ」
「どうしました?」
「…気付いておられまして?」
「ええ」
「……?」
「どうしてか、花山院君がこちらに向かって歩いてらっしゃいますね」
「え⁉︎」
「…ス、ストレートですわね」
「言い方を変えても、事実は変わりませんから」
「だめだめ!菊花ちゃん私を隠して!!」
「私もお願いしますわ!」
菊花は見た目の通りクールな人物だ。菊の花の凛としたイメージに良く合っていてとても好ましいが、今は話が別である。
鈴蘭は、藤乃と二人で菊花さんの長身に身を潜めたが、二人は隙間風の吹き込む藁の家で狼の突撃を待つような、そんな気分だった。
菊花さんの背後で、鈴蘭と藤乃は目を合わせる。
「逃げたり、とか……」
「……うん、そうしよっか…」
人間、危機に瀕して最初に浮かぶのは逃避だ。
「ふふ、そんな失礼なこと出来ませんよ」
「……ですわよね」
「そんな……」
そんなことを言っている間に、噂の彼が目の前まで来た。
———————————————
「おはよう」
「おはようございます」
菊花が優雅に挨拶を交わす。美男美女が朝から道のど真ん中で笑顔を交わしているとなれば注目の的とならない訳がなく、周囲からの視線はおまけのように鈴蘭にも突き刺さっていた。
「白波鈴蘭さんという子と話がしたいんだけど、知っているかな?」
「ええ、私の背中に隠れています」
「………菊花さん」
「無駄ですよ」
「…分かりましたわ」
菊花に優しく言われ、鈴蘭は渋々彼女の背中を離れた。
「私たち、先に行ってましょうか?」
この一瞬で沢山のことを察しただろう菊花が、気を利かせる。鈴蘭は菊花にだけ伝わるように、小刻みに首を振った。
「いや、すぐ終わるから良いよ。彼女はまだ不慣れだろうから、三人で一緒に登校してくれ」
菊花の背後から、藤乃の声にならない悲鳴が聞こえた。
(分かるよ。私たちは頑張って隠れていたのにね……)
「ええ、そうします」
「おはよう」
「おはようございます…」
「にゅ、入学式では失礼いたしました。案内していただいて、お気遣いいただけたこと、とても有難かったですわ」
「それなら良かった」
先手必勝という言葉に全てを賭けて話し始めたが、喋りながら鈴蘭は自分の頭に血が登っていくのが分かった。顔が熱い。
牡丹はそんな顔を見てか柔らかく微笑み、腰を屈めて鈴蘭に顔を近づけ、囁いた。
「…いきなり嫌われちゃったかと思って焦った」
「そ、そんな!」
「ははは」
鈴蘭は慌てて彼を引き離し、距離を取る。前世、実家を出てからはイヤホンをせずに乙女ゲームをしていたせいで、彼女は囁きへの耐性が皆無だ。
「それで、やっぱり受け取ってほしくて」
そう言って、背中に隠していた5本の白い薔薇を鈴蘭の方に差し出す。周囲がざわめいたのが分かった。
「『あなたに出会えて良かった』」
「……その言葉は、この前頂きましたわ」
「うん。でもこの薔薇も受け取ってほしい」
助けを求めて後ろを振り返ったが、藤乃は静かに頷くだけだった。
編入してすぐ仲良くしてくれた二人も、その他大勢の生徒も、皆鈴蘭の挙動に注目している。二人を待たせたのは、逃げ場を無くすためだったのか、と鈴蘭は悟る。
相手の方が一枚上手だった。
受け取っても受け取らなくても、ゲーム的な意味での結果は変わらない気がする。受け取ったら好意、受け取らなかったら興味。ここで逃げたとて「おもしれー女」となってしまうのだ。彼には刺さらずとも、他の攻略対象の耳に入る可能性がある。
『あなたに出会えて良かった』はただの挨拶なのだ。そう思うことにして、鈴蘭は牡丹から花束を受け取った。
「分かりましたわ。お花をありがとうございます」
手に持った薔薇から優しい香りが届く。花に罪は無い、全く無い。
悪いのはこの世界に転生してしまった自分だ。
明日から静かに暮らします。
明日から静かに暮らします。
明日から静かに暮らします。
見えない流れ星に鈴蘭はそう誓った。気合いだけなら選手宣誓のそれを超えていた。世界一やる気が込められた「明日から本気出す」宣言だった。
「こちらこそ、ありがとう」
牡丹が満面の笑みを浮かべた。周囲から溜息が漏れたのが聞こえ、その素直な反応と男女問わず虜にしてしまう彼の凄みに、鈴蘭はつい笑ってしまう。
「…ふっ」
「ん?」
「い、いえ!」
「それではこれで失礼しますわ!!」
待っていた二人の元に駆け寄り、菊花の手を引いて玄関の方へと走った。片手が花で塞がっているためどちらの手を引こうか迷ったが、想像通り、藤乃は菊花の背中にくっついて一緒に走ってきた。
———————————————
「あのね、私敬語やめてもいい?」
放課後、庭園を散策しながら藤乃が口を開く。朝の約束どおり、藤乃、菊花、鈴蘭の三人は庭園に来ていた。
「敬語、ですか?」
「うん。私、菊花ちゃんには敬語じゃないから、鈴蘭さんにも同じように話したい」
「ええ!嬉しいですわ!私は、…」
強烈なお嬢様言葉ばかりが気になって、敬語かどうかなどあまり気にしたことがなかった。今までは敬語で話せていたのだろうか。鈴蘭は不安になって首を傾げた。
「私は藤乃にも敬語ですし、学園内にはそういう生徒も多いですから、敬語のままでも構わないですよ」
「そうそう、好きな話し方するのが一番良いよね」
「分かりましたわ」
懸念だった強いお嬢様言葉がこんなにスムーズに受け入れられるとは、鈴蘭は全く思っていなかった。不意に心が暖かくなる。
「あの、私からもひとつお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なーに?」
「…二人のことを、ちゃん付けで呼んでも?」
「もちろん!!私も『鈴蘭ちゃん』って呼ぶね!」
「ええ、私も『鈴蘭』と呼びましょう」
「……!嬉しいですわ!」
甘酸っぱさが鈴蘭の胸を満たしていった。恋愛をシュミレーションせずともこの世界はとても良いところだ、彼女はそう確信した。
「そこのベンチに座って話さない?」
「良いですわね!」
庭園から校舎までが遠いので、三人は鞄を持って歩いていた。ベンチに座ると、鈴蘭が今朝貰った5本の薔薇の花が改めて目に入る。
「ねぇねぇ、鈴蘭ちゃん」
「はい」
「朝から気になっていたんだけど、鈴蘭ちゃん、花山院君とは知り合いだったの?」
「……それが、ええと」
心構えはしていたが、この世界の「花を渡す」ことの意味、藤乃の花山院牡丹に対する熱量が分からないままでは、どう伝えれば良いのか分からない。最悪の場合、この返答の選択次第では大事な何かが壊れてしまう可能性がある。
………
デリケートな局面であることは承知しつつ、こういう時までゲーム脳なのは勘弁して欲しかった。
「入学式の日、会場の場所が分からずに困っていたところを、案内して助けていただきましたの」
結局、ミニバラには触れずに話すことにした。
「そうなんだ!それはすごいラッキーだね!!」
「ええ。とても助かりましたわ」
「あ、あの」
「どうした?」
「私はどうしてお花を貰ったのかしら…」
「そうだよね!転入してきたばかりだとびっくりしちゃうよね!男の子からお花貰うなんて」
「ええ」
「ふふふ。この学園では、コミュニケーションの一環として、相手に花を差し上げるというのが行われているのですよ。この大きな庭園も、その一端を担っているのでしょうね。校舎の裏には別の庭園もありますよ」
「そうなのですか⁉︎」
「うん!」
(……もしかして、私はとても恥ずかしいことをしたんじゃ)
「ここでは初等部から花言葉を少しずつ覚えていくんだよ」
そんな学校があるのかと鈴蘭は多少引きつつも、しかし純粋に輝く藤乃の瞳の前では、それを完全には否定することが出来なかった。
「それで最初に教えてもらうのが、5本の薔薇で『あなたに出会えて良かった』なんだ」
「ですから、『初めまして』の挨拶のように渡されることも多いですね」
「そ、そうでしたの……」
「なーーーんだ!!」と羞恥叫びそうになって我慢する。叫んだところで何の誤魔化しにもならない。
…………
全くの杞憂ではないか。そんな簡単な挨拶だったとは。
乙女ゲームの勢いと彼の顔面に流され、勘違いをし、過剰な反応をしてしまった自分が心底恥ずかしい。
そしてミニバラを突き返してしまったことへの罪悪感が募る。『花言葉に頼らず言いたいことは直接言え』とは思うものの、この程度であれば「くれた花を返す」という罪悪感の方が大きかった。
鈴蘭は思わず頭を抱える。
「恥ずかしいですわ……」
「ふふ」
「でもね、花山院君が花を渡すのってすごく珍しいんだよ。しかもあんな大勢の前で」
「……『大勢の前』」
「みんな見ていましたね」
「………」
ファンクラブの存在が頭をよぎる。
「わ、私、刺されたりしませんかしら……」
「刺される⁉︎」
「ふふふ、大丈夫ですよ。この学園のファンクラブは比較的穏やかなものです」
「…『比較的』」
「ははは。まあ、一部熱い子もいるけどね」
「『熱い』って……、」
「素敵な言葉ですわね」
「ははは」
鈴蘭はこの夜から、彼の熱いファンに刺されないことだけを星に願うようになった。




