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番外編1. 幼馴染にTENGAをプレゼントした場合

 金曜日の夜、駅前は休みの前の開放感に包まれていた。その一人である私はスマホを耳に当てながら、雑踏の中に目をむける。

 

 同じようにスマホを耳に当てながら大きく手をふる少女と目が合った。

 

「おまたせ、サヤちゃん」

 

 向かった先は個室付きの居酒屋だった。ひとりで飲むのならもっと騒がしい店のカウンター席でもいいが、落ち着いてゆっくり話すときはここがいい。

 

「ごめんね、ファミレスとかのほうがよかったかな?」

 

「いえいえ、わたしお酒のつまみとか結構すきなんですよ」

 

 遠慮されると逆に気になるという彼女の言葉にしたがって、ビールをジョッキで注文する。

 彼女はウーロン茶のはいったグラスをもって、チンとガラス同士を合わせた音を鳴らして「かんぱい」という。

 

 ジョッキをかたむけると、ぷちぷちとした泡が喉をとおり続いて冷やされた液体が喉を通っていく。ゴクゴクとのどを鳴らし、一気に半分まで飲んだ。

 

「すごくおいしそうに飲みますね。いいなぁ、わたしも20歳になったら最初にそれにします」

 

 最初に酒の味を知ったのは大学の飲み会のときだった。

 

「……最初に飲むなら知り合いとでするのよ。じゃないと大変なことになるから」

 

 飲み会で酔いもまわってくると芸を披露するということになった。そこで私は回らない頭で『北条政子のマネやりまぁす!』という醜態をさらした。なぜか大うけして、そこからは飲み会に参加するたびに披露させられた。

 

「わたしも見てみたいなぁ」


「……あれは二度と見せないって決めたから」


 悪気のない笑顔でサヤちゃんが言う。

 歴史の教科書に載っている彼女の言葉をマネしてみただけだからね。

 教育学部にいる連中の内輪受けを狙ったもので、知らない人にはまったく受けないという類のものだ。

 

「そっか、残念です。でも大学って楽しそうですね」

 

「そうだね。変なヤツラばっかでおもしろかったよ。たまにあの頃に戻りたいなんて思ったりするかな」

 

 高校生になった彼女とはこうしてたまに会っている。普段はラインでのやりとりだが、今日は彼女の兄が残業で遅くなるからと外食することになった。

 

「小学校の先生って、やっぱり大変そうですものね」

 

「いままでは生徒の立場だったけど、いざ逆の立場になるとねぇ。昔からテストはいやだったけど、教師になってもっと嫌いになったよ」

 

 勉強の範囲にあわせた問題を用意してホッとしたと思ったら、その後は人数分の採点が残っている。

 

「そういえば、今年クラス替えがあって新しい子が入ってきたんだけどおもしろい子がいるんだよ」

 

「へぇ、どんな子ですか?」

 

「テンガくんっていうんだ」

 

 口に入れた焼き鳥を喉に詰まらせそうになった彼女にあわてて飲み物を渡す。

 

「だ、大丈夫?」

 

「ごめんなさい、びっくりしちゃって。でも、テンガって……」

 

 小学校の頃の自分を思い出しているのだろう。今ではもうその意味を理解している。

 

「本当は天河(あまかわ)くんっていうんだけどさ、自分のことをそう呼んでるのよ」

 

「なるほど……、それって、絶対あとで後悔するパターンですね」

 

 自分のことを思い出したのか、眉間にしわが寄っている。何度か遠まわしに止めようとしたのだが、そうすると意地になるのがあの年頃の男子らしい。

 

「あとね、かわいい子がいるんだよ。なんとなく雰囲気が小さい頃のサヤちゃんに似てるかな」

 

「その子もテンガってその男子のことを呼んでるわけですね……」

 

 げんなりした顔をするので、これ以上この話題はよしておこう。さらにその子が兄にTENGAをプレゼントしたという話をしたいという欲望はぐっと我慢する。

 

 本当に奇妙な偶然だった。でもまあ、そんなものなのかもしれない。

 

 しゃべって喉がかわいたのでジョッキを探した。見つけたと思ったら、私の手元にあるのは茶色いウーロン茶だった。

 

「ちょ、ちょっと、サヤちゃん!?」

 

 彼女の手元には空になったジョッキが置かれていた。

 そういえば彼女が喉をつまらせたとき咄嗟に渡したのがジョッキだった気がする。

 

「どうしたんですか?」

 

 すでに頬に朱がさして目元が怪しい。慌ててウーロン茶を飲ませるが、すぐに酔いはさめないようだった。

 

「だあいじょうぶですよ。うちのクラスでも隠れてのんでる子とかいるらしいですから」

 

 様子を見ながら冷たい水を注文する。

 

「ところで、ずっと聞きたかったんですがうちの兄とはどうなってるんですか?」

 

 本当に唐突である。酔っ払い特有の話題の飛躍であった。

 住んでいる場所も離れると、高校生の頃のように頻繁に会ったり連絡することもない。大学で私が一人暮らしをするようになってから細く続いている関係といった感じだった。

 

「えっと、まあ、ふつうかな」

 

「この前ですね、兄に彼女ができました―――」

 

 ぴくりと眉が動いた気がした。そうするとサヤちゃんはにんまりと笑みを浮かべる。

 

「―――と思ったのですが、ただの同僚だったようです」

 

 おかしいな、優しくてかわいいサヤちゃんがサディステックな笑みで私を見ている。

 

「兄は今年で25歳です。そろそろ結婚とか意識してもいい頃ですよね。お姉さんのほうはどうですか?」

 

「私は仕事の方覚えるので精一杯だからさ。まだ二年目だしね」

 

 知り合いが結婚したなんて話を聞くようにもなった。帰省したときに母からもそんな話を振られることがある。

 

「でも、ほら、私の職場ってみんな年上で既婚者ばっかりなんだよね。だから出会いとかないわけで」

 

「甘いです!」

 

 テーブルに手をつきながら身を乗り出してきた。水飲もうよと差し出すが無視された。

 

「そんなこといって、今度は仕事が忙しいからって言っているうちに三十路をすぎてしまいますよ!」

 

「今はアラサーでも結婚とかしてるし……」

 

「だいたい兄さんもまったく同じことを言ってるんです。しまいにはわたしが結婚するまで見守るのがオレの役割だなんていいだすんですよ。いい加減に妹離れするべきなんです! いまだにあのときのTENGAを部屋に飾ってて、この前家に呼んだ友達に見られてドン引きされましたよ!」

 

 やばいよ、どうやらサヤちゃんは酔うと説教癖があるらしい。いろいろたまってるんだね。

 

「だから、こんなんじゃ彼氏がいるとかなかなかいいだせないわけですよ」

 

「えっ!? 彼氏いるの!」

 

「わたしのことはいいんです!」

 

「あ、はい、すいません」

 

 根掘り葉掘り聞き出したいがいまの彼女の前では無理そうだった。

 

「単刀直入に聞きます。兄さんのことが好きなんですよね?」

 

「えっ……いやぁ、嫌いではないよ。もう十年以上も幼馴染続けているわけだし。だから、まあ、友人っていうわけで」

 

「好きなんですよね?」

 

 ぐいと顔を近づけてニッコリ笑うサヤちゃんが怖いです。

 

「……はい」

 

「よろしい。まったく最初から素直になればいいんです。十年以上も気持ちを黙ったままでいるからいろいろこじらせるわけですよ」

 

 いちおう大学で彼氏ができかけたこともあった。しかし、それ以上の仲に進展することはなかった。

 

「今度、兄さんの誕生日です。プレゼントで意識させるところから始めましょう」

 

 プレゼントといわれてもそんなこじゃれたものをもらってもあいつが喜ぶかと首をひねる。すると、サヤちゃんがまかせてくださいと自信満々に言っていた。

 


 10月5日になった。今日はシュウヤの誕生日。おそらくはいまごろ私からだといってあいつの手にサヤちゃんからプレゼントが渡されているだろう。

 

 あいつを意識させるものといって、彼女が渡したものが何かを教えてもらっていない。それでもLineで誕生日おめでとうとはメッセージを送っておいた。

 

 スマホから電子音が鳴った。Lineの通知を開くと、シュウヤからのメッセージだった。

 

『誕生日プレゼント受け取ったぞ』

 

『うん。誕生日おめでとう』

 

『ありがとうって、とりあえず言っとく』

 

『どうしたの?』

 

『あのさぁ、政子、これってどういうことだ?』

 

 画像が張られた。どうやらスマホでとった写真らしくシュウヤの部屋が映っている。そしてその中央にはプラスチック製のこけしのようなものが転がっていた。

 

『えっと、なにそれ?』

 

『TENGAだ』

 

 んー……。頭が真っ白になりメッセージを押す手が止まる。

 

 すると直後に通話ボタンが表示されて鳴り出す。

 

 政子。ピンチです。

 源義経の愛妾である静御前に激怒した頼朝をなだめとりなした御台所のように立ち向かうのです。

 

「えーと、もしもし……」

 

 ひさしぶりのシュウヤの声を聞きながら、思い出す。

 あのときのサヤちゃんの行動、まるですべて準備していたかのような周到さだった。

 帰り道も酔った彼女を送っていったが足取りはしっかりしていた。

 

 予感は的中したようで、その後も彼女の計画は続いた。

 

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