6. 料理のお手伝い
シュウヤから話があると呼び出された。またかと思いながらも応じる自分も付き合いがいいなとため息をつく。
「よくきてくれたな。では、これより第一回緊急会議を始める」
部屋に入ると重々しい声で語りかけてきた。テーブルの上で手を組み、うつむき気味に視線だけをこっちにむけてくる。
「……ねえ、明りつけない?」
カーテンも締め切って部屋は真っ暗にされていた。映画上映会でもしようというわけではなさそうだった。カーテンを引こうと手をのばす。
「待て! カーテンを開けたらばれるだろうが!」
こいつは一体何と戦っているのだろうか。慌てて立ち上がると窓から離れた壁にピタリと体を寄せる。
「ふざけてるなら帰るよ」
「待て、待ってくれ、まだ会議は終わってない」
「会議とか、二人しかいないじゃない……。そもそも話したい内容はなんなのよ?」
「いい質問だ」
机の前に座ると、またさっきと同じポーズを取り出す。腹立つなこいつ。
「会議とはずばり、サヤが最近オレによそよそしい理由を探すんだ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「なんだ、その反応は。大変なことだろう。あんなになついてきた妹が三日前から急によそよそしくなったんだ。なんかあったに違いない!」
まるで思春期に入った娘の態度になげく父親のようだった。
「なんか心当たりがあるんじゃないの?」
「いや、まったく」
首をかしげて心底悩んでいる様子のシュウヤを見ながら、もっと単純な理由をつきつける。
「サヤちゃんだって小学4年なんだし、兄離れしてもおかしくないでしょ」
「いや、だってさ、もうお風呂も一緒にはいってないし、部屋も別々だ。これ以上どうなるっていうんだよ!」
「そりゃあ、彼氏ができるとか。秘密にしてるからあんたにもよそよそしく見えるんじゃないの」
「サヤに……彼氏が……。いやいやいや、ありえないだろ。オレはサヤの兄でサヤは俺の妹なんだ……」
それまでの勢いから一転してピタリと動きが止まったかと思ったら、ぶるぶると震えだした。
「あのさ、もしかしたらの話だからね、落ち着いてよ。まだそうと決まったわけじゃないから」
「そ、そうだよな。小学生で恋愛とか恋人とか彼氏とかありえないよな」
若干冷静さを取り戻したようだったが、まだ、指先はぷるぷると震えていた。
「聞きたいんだけど、よそよそしいって具体的にどんな感じなの?」
「そうだなぁ。例えば、サヤが誰かと電話をしていたみたいだけどオレに見られたら慌てて切ったこととか。遊びに出かけるっていうから誰と行くのかって聞いたらはぐらかされたこととか」
「あっ、うん、そっか」
「なんか隠し事をしているんだ。今までそんな感じはなかったのに」
聞けば聞くほど彼氏ができたとしか思えなかった。
「ちなみに聞くけど、彼氏ができたらどうする? 想像でいいから」
「そうだな……、まずは家に呼ぶ」
意外と普通の答えだった。
「そこからオレが体当たりをする」
急におかしくなった。
「それに耐えたら、上にのって圧力を与える」
「あんたは彼氏を亡き者にしたいの……?」
「ちがう、耐久テストしてるだけだ。もしもトラックが突っ込んできたときにどうする? こんなことでやられるような貧弱な男に任せられん」
もうこいつに任せていたら何をするかわからなかった。
「とりあえず電話の履歴みたらいいじゃない。そしたら相手がわかるでしょ」
「……天才か、おまえ!」
「あんたが馬鹿なのよ」
固定電話のボタンを押して三日前までの履歴をさかのぼっていく。
「電話の相手はおまえだけだったみたいだな。これなら安心だ」
男子の名前はなく、取り越し苦労だった。しかし、履歴に表示された時間を見てここで思い出す。
「あっ」
「なんだ? なんかわかったのか?」
「いや、なんでもない」
そういえばと思い出す。
ある日のこと、サヤちゃんに頼みごとをされた。
『お姉さん、料理をおしえて』
手で拝みながら必死に頼み込んできた。
『わたしよりもシュウヤの方が料理うまいと思うよ?』
『でも、お兄ちゃんには頼めないから』
理由を聞いてみると、シュウヤにばっかりやらせているから自分も手伝えるようになりたいらしい。
『よしっ、お姉さんにまかせなさい!』
引き受けたのはいいけれど、料理かぁ。カレーぐらいなら調理実習の授業でつくったっけ。
しかし、今の時代ネットでレシピなどいくらでも転がっている。スマホで料理のページを開き、初心者向けで検索するとたくさんの料理が並べられていく。手順は大まかにわけて5つぐらいだ。なんだ、簡単じゃないか。
「ん? あれ、どうしたの、台所になんか立って」
少しは自分でなれておこうと、学校から帰ると料理の練習をしていると母が帰ってきた。
「おかえり、えっと、ちょっと今日の晩御飯でもつくってみようかなぁって」
「え? あなたがつくったの……。胃腸薬あったかな」
「だ、大丈夫だって。ちゃんとレシピ通りにつくったし」
何かいいたそうにする母だったが、作業に口出しはしてこなかった。
「ん? いつもとはちがう料理だな」
「それは私のじゃないわよ。この子がつくったものだから」
帰ってきた父はわたしがつくった一皿を物珍しげに眺める。それから三人でテーブルを囲んで食事を始める。
「えっと、どうかな?」
「うん……、ん、ん、まあ……うん」
わたしの料理を口に運んだ父は変な顔をしている。それでもたべようと箸をのばそうとした。
「いいから、自分でたべるもん……」
おかしい、レシピどおりのはずだ。見た目もマトモだ。しかし、その味はというと食品サンプルを食べているようだった。まずいというより味がない。
母はといえば、父やわたしの反応を楽しむように眺めていた。
「もしもあなたに彼氏ができたら、その料理を振舞ってごらんなさい。それを食べても相手が変わらなかったら、その気持ちは本物でしょうね」
そういって笑うものだから、わたしはムキになって続けた。
だけど、あれから何度か挑戦したが失敗が続いた。自分なんて不器用で何をやっても上手くいかないと落ち込む。シュウヤは毎日これをこなしているというのがさらに気を沈ませた。
「サヤちゃん、やっぱりさ、わたしに聞くよりもシュウヤの方がいいと思うよ」
「いいの、お姉さんと一緒に頑張りたいから」
卑屈な言葉をくり返すが、サヤちゃんの期待のまなざしに負けて教えることになった。
電話でのやりとりをへて、うちで何度か練習を重ねた。母にアドバイスをもらいながら少しずつ形になっていく。
そして、この日はシュウヤの家の台所に二人で料理を始めた。真剣な顔で包丁を握るサヤちゃんにところどころ手助けしていき、料理が完成していく。できあがったものを前にサヤちゃんが満面の笑みを浮かべている。
「できたよっ!」
「お疲れ様。サヤちゃんの方がわたしより上手にできてるよ」
「お姉さんが教えてくれなかったらできないままだったよ」
年下の子に褒められて泣きそうになりそうだった。
そこにシュウヤが帰ってくる。台所に立つわたしとサヤちゃんを不思議そうに見る。
「おかえり。台所借りたからね」
「ああ、うん。急にどうしたんだ? 胃腸薬あったかなぁ」
「うちのお母さんと同じ反応しないでよ」
シュウヤには一度わたしの料理をたべさせたことがあった。
教育実習のあと、もう一度家でもカレーを作ってみた。そのときシュウヤに食べさせたら『どうしたらカレーがこの味になるんだ』と不思議がっていた。
「お兄ちゃん、わたしも手伝ったんだよ」
「なんだぁ、サヤも一緒につくったのか。じゃあ、絶対うまいじゃんよ」
テーブルについたシュウヤをにこにことサヤちゃんが見つめている。
「すっごいうまい。さすがサヤだな」
「本当? よかった!」
「うんうん、超うまいから残りは部屋でゆっくりたべてくるわ」
必死に表情をサヤちゃんに見せまいとするシュウヤの顔はいうと、少し青ざめていた。
それからサヤちゃんは台所を手伝うようになったと聞かされた。
「ねえ、最近ってさ夕飯はどうしてる?」
「サヤと一緒に作ってるよ。食卓に並ぶ一皿はサヤが作ったものだ」
「そうなんだ~、おいしい?」
「三ッ星レストランにも出せる味だな」
ためらいなく言い切った。
「あのさ、もしもサヤちゃんに彼氏ができたら、あの子の料理を振舞ったらいいと思うよ」
母の言葉を借りるなら、あれを食べてなおシュウヤと同じ言葉がでたら、きっとその気持ちは本物なのだろう。




