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5. やっちゃいけないといわれると気になる

 今日の授業ではどこか教室の雰囲気は落ち着きがなかった。いつもの騒がしさとは違う理由、それは本日の授業が保健体育だったから。


『それでは男女の体の仕組みについて説明します』


 授業中も男子は女子のほうを、女子も男子を意識していた。それでも、お互いに気にしてないよと平気な振りを続けている。


『赤ちゃんは女の人の卵子に男の人の精子が入ることでできます』


 昼休みになると、男子たちは廊下でだべっていた。話を続けながらも視線は通り過ぎる人間の方に向かっていた。

 人気がないことを確認すると。彼らの視線は非常ベルに向かう。その顔を赤いライトが照らした。

 一人がおもむろにそのボタンに手をかける。その場の男子達の視線が集まる。少しずつぐぐっと力をこめていき、指先がわずかに沈んだだけところで指をぱっと離した。


「どうだ、いまの結構いっただろ」


 これが最近彼らの中ではやっている度胸試しだった。終えたばかりの一人が肩の力を抜きながら自慢げに笑ってみせる。

 それから一人ずつボタンに指をかけては誰が一番かを競った。その途中、誰かがふと思ったことを口にした。


「なあ、さっきの授業でさ、精子が卵子に入るって言ってたけど、あれってどうやるんだ?」


「そんなの簡単だろ。赤ちゃんは病院で生まれるんだろ。だったらそこで入れてもらうんだよ」


「いや、それはわかるけど、病院の中でどうやっていれるんだ?」


「そんなのはな」と口にしかけたところで答えにつまる。


「あれ? どうやるんだ?」


 男子達は首をひねり出す。


「ってことは手術か? おなか切るのか?」


「いやいや、さすがにそこまでしないだろ」


「じゃあ、どうやって入れるんだよ」


 言い合いが続くが答えは出てこない。


「先生に聞けばいいだろ」


「いや、だってさぁ……北条先生にか?」


 男子達は顔を見合わせる。同時に誰が聞きに行くか視線で問いかけるがだれも名乗りを上げない。


「もういいだろ。じゃあ次はオレだな」


 自分たちに直接関係ないことへの興味は長続きしない。男子達の興味はここでしぼんだはずだった。しかし、言い合いに熱中したせいで周囲への注意がおろそかになっていたことに気がつかなかった。


「あんたたち、そんなとこでなにやってんのよ?」


「げっ、姫野……」

 

 

 保健体育の授業が終わった後、教室に残った雰囲気には気づいていた。5年生にもなれば男女の違いもでてくるのでお互いに意識もするだろう。

 昔だったら性知識については男女別々で授業を行っていた。しかし、ジェンダーの問題などで一緒に受けさせるように通知が来ていたのは時代の変化だろうか。

 男女間のことは繊細で、妙な先入観を持たせてもいけない。うまく教えることができるか不安である。こういうとき、自分がまだまだ経験が足りないのだと痛感させられる。

 

 先輩に相談すると、あまり具体的な行為についても説明しないほうがいいと教えられた。

 

『興味本位でどんなものかって試したくなる子もいるからね』

 

 海外の事例だったが、性教育の授業後に妊娠した生徒がいただとか。

 

 先輩の言葉を心に留めながら次の授業で使う教材を抱えて職員室を出る。廊下を歩いていると、二人の生徒が何か言い合っていた。

 うちのクラスの天河くんと姫宮さんだった。教室の外で一緒にいるのはめずらしい。あの年頃だと男女で仲良くしているのはからかいの対象になるので、教室でも一定の距離を置き合っていた。

 

「おまえも気になるだろ? だからちょっとぐらいいいだろ」

 

 頼み込む彼に姫宮さんがため息をつく。

 

「気になってもやったらだめでしょ」

 

「そんなこといっても、おまえだって本当はやりたいんだろ?」

 

 一体何の話だと思いながら廊下を進むと、その声がはっきりと聞こえ来る。

 

「はじめは怖いかもしれないけど、やってみたら簡単だって」

 

 んん……!?

 思わず足が止まった。

 

「いやだってば。もしも、大変なことになったらどうすんのよ」

 

 二人の顔をすぐそばの非常ベルの非常灯が赤く照らしている。思い出す。先輩の言葉を。

 

「天河くんと姫野さん、ちょっといいかしら」

 

「あ、先生、これはその……」

 

 声をかけると天河くんはばつの悪い顔をした。普段から真面目な姫宮さんも居心地が悪そうにしている。

 

「別に怒っているわけじゃないから。そういうことについて、キミたちぐらいの歳になったら興味を持つのは悪いことじゃない。でも、無理矢理はだめ」

 

「べ、別に本気でやろうとしたわけじゃなくて」

 

 本気じゃない……。やっぱり、軽くすませてはいけないだろう。

 

「若い頃は手近で済ませればいいかなんて考えるかもしれないけど、相手のことも考えてあげて。一生の思い出になるのよ」

 

「そうよ、あんたのせいでみんなが迷惑してるんだから」

 

 みんな……。その言葉から連想することにくらりと眩暈を感じた。天河くんはクラスの中でも女子に人気の高い男子だった。もしも、そんな彼が見境なく声をかけているのだとしたら、ふらりと傾く女子がいるかもしれない。

 しかし、恋愛をやめろというわけにもいかない。悩んでいると、その輪にもう一人の女子が参加してきた。

 

「どうしたの、二人とも。授業始まっちゃうよ? あれ、先生も?」

 

 席も近く雑談も交わす彼女の顔を見て、助け舟とばかりに天河はいきおいこんで話しかける。

 

「なあ、おまえもやってみたいって思ったことあるよな?」

 

 天河の視線が非常ベルの方に向けられる。私にはどういう意味かわからなかったが、彼女はその意を理解したように頷いてみせた。

 

「うーん、やってみたらどうなるかなって思ったことはあるかなぁ」

 

「だろ!」

 

 味方を見つけたとばかりに天河くんが彼女に近づくと、慌てたように姫宮さんが割って入る。

 

「ちょっと! この子まで変なことに巻き込まないでよね!」

 

 性の乱れの低年化をきいてたけれど、やはりもっと授業の内容を考え込まないといけなそうだった。

 

 数日後、非常ベルが急になりだしたと思ったら慌てるように逃げ出す天河くんと数人の男子がいた。

 

 職員室での説教中に彼らはこう言った。

 

「……どうしても気になっちゃって」

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