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2. とある教室の日常風景

 職員室を出ると、朝から児童の元気な声が廊下に満ちている。出席簿や教材を抱えて担任を務める4年2組の教室に向かう。

 

「おはようございます」

 

「先生、おはようございまーす」

 

 ドアを引くと、生徒たちはそれぞれの席にもどっていく。教師になってニ年目、まだまだ慣れないことばかりだ。

 

 新任の頃はスーツ姿だったが、先輩のアドバイスにしたがってジャージ上下である。タイトスカートだと動きにくかったり、めくれたりで色々大変なのである。

 

 教壇に立って子供達の顔を見下ろす。24人分の視線が遠慮なくぶつけられる。

 咳払いをひとつ、出席簿をめくってひとりひとり名前を読み上げていく。

 

 生徒との付き合いで一番最初にすることは名前と顔を覚えることだと教えられた。今年はクラス替えがあって新しい顔も混じっている。

 最近では当て文字で名前をつける親御さんも増えている。キラキラネームと呼ばれる名前の読み方で苦労も増えた。しかし、親御さんは子供に願いをこめて名前をつけているのだ。それをないがしろにすることはできない。

 

天河(あまかわ)ダイチくん」

 

 彼も新しいクラスメイトの一人である。運動が得意で服のセンスもいいため女子に人気の男子だった。

 

「先生、ちがうよ。オレはテンガだ!」

 

 アマカワくん。私自身も名前で苦労してきました。

 私の名前は北条政子(ほうじょうまさこ)、キラキラネームを通り越して偉人ネームである。からかわれることもあったが、自分の名前の由来が知りたくて調べていたらいつのまにか歴史に詳しくなった。それが高じて教師となり今に至る。

 両親のこの名前にこめた願いどおりに、立派な人間になることを目指しています。

 

 だから彼に教えなければならない。

 アマカワくん、その名前はいけないと思います。

 

「ちがうでしょ。あんたはアマカワだって何度もいってるでしょ! なにがテンガよ!」

 

「うっせーな、テンガのほうがかっこいいだろ」

 

「そーだそーだ、女子にはそのかっこよさがわからないんだよ」

 

 彼の隣に座るのは姫宮カオリさん、いわゆる委員長タイプで女子の先頭に立って男子に注意している姿をみている。

 そんな真面目な彼女がテンガと口にしています。対抗するように他の男子もテンガコールです。

 どうしましょう。教室中にテンガという言葉があふれています。

 

 

 昼の給食の時間、生徒達は班ごとに机を向かい合わせて四人ずつの島をつくっていく。

 教師は自分の席でたべるか、それとも生徒と一緒に食べるかはそれぞれのスタンスによる。私は後者を選んだ。日ごとに島を渡って生徒たちと同じものを食べることで少しは距離が縮まると思ったから。

 

 今日の班は天河くんの班であった。

 献立のことや授業内容、それぞれの好きなことなど話題は尽きない。

 この班には天河くんの他にもう一人新しいクラスメイトがいる。あまり自己主張しないが、素直でいつもにこにこしていて周囲を明るくさせる。

 嫌味ではなく、いい子という表現が合う子だった。

 

「今度、お父さんの誕生日なんだけど何あげたらいいかな。ねぇ、先生はどう思います?」

 

「姫宮さんがくれたものならなんでもうれしいと思うよ」

 

「えー、それじゃあ余計わからないじゃない」

 

「オレは父ちゃんに肩たたき券あげたぞ」

 

「あー、話になんないわ。そうだ、この前、お兄さんの誕生日だったんだよね。なにあげたの?」

 

 姫宮さんが話を振ると、彼女は思い出すように小首をかしげる。その仕草は小動物めいていて目をなごませる。

 

「お兄ちゃんにはテンガをあげたよ」

 

「ぐっ! ごほっ!」

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 口にシチューを含んだところでむせそうになる。心配する声に大丈夫と返す。

 

「テンガって、オレと同じ名前だな!」

 

「そうだね。すっごくかわいいんだよ、テンガくんにも今度みせてあげるね」

 

 天真爛漫といった笑顔で口にする彼女を見ながら、頭の中が混乱する。

 落ち着きなさい、政子。

 石橋山の戦いで夫の頼朝が惨敗して不安な日々も、北条政子はどっしり構えていたのだから。

 

「えっとね……、お兄さんにソレを渡したとき、どんな反応したのかな? もしかしてちょっと困ったりしてなかったかな」

 

 きっと彼女はアレが何に使われるのかわかってなくて言っているにちがいない。

 

「ううん、ありがとうって喜んでくれたよ」

 

 喜んだのか~、そっか~。

 生徒名簿によると彼女には歳の離れた高校生の兄がいるらしい。小さな妹からのプレゼントを喜んだのだ。きっと、そういうことだ。

 

「ふうん、じゃあ、わたしもお父さんにあげるものそれにしよっかな」

 

「だ、だめよ! さすがにそれはまずいわ!」

 

 娘からTENGAをプレゼントされる父。そして、それを見る母。そこから先にはどんな未来が待っているのか。

 

「どうして、先生?」

 

 大声にびっくりする姫宮さんを必死に説得していると、給食を食べ終えた天河くんが他の男子と連れ立って校庭に向かう。

 

 教師生活二年目、予想外のことばかりです。御台所と呼ばれた北条政子のようになるのは遠そうです。

 

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