番外編2. 妹が結婚したいと幼馴染(女)をつれてきた
今日は妹との待ち合わせだった。
普段から家でも顔を合わせるのにどうして待ち合わせかというと、妹から『紹介したい人』がいるといわれたからだった。
個室でゆっくりと話せる少し高めな店を選んだら、そこまで堅苦しくなくてもいいのにと言われたがそうはいかない。『結婚も考えている相手だから』といわれたのだから。
当日になった。クリーニング店につっていたジャケットを身につけて妹が相手を連れてくるのを待っている。昨日からあれこれ考えてあまり眠れなかった。
それにしても感慨深いものがある。あのちっちゃかったサヤが結婚なんて言葉を意識するようになるなんて。
高校生のあの子が大学生になり、あっというまに大人になるんだろうな。そして家を出て自分の家庭を持つ一人の母親になっていく。結婚式のスピーチはどうしようか。
「兄さん、何してるの?」
「ん、ああ、来てたのか……、ちょっと考え事をな」
来店していたことに気がつかず、ゆるんだ涙腺を引き締めて顔を上げる。
「ん? なんでおまえがいるんだ」
サヤの隣で気まずそうな顔をしているのは、オレの幼馴染である北条政子だった。やつもオレと同様によそ行きの服である。スカート姿なんて高校以来みたことがなかった。薄く化粧もしているようでいつもと雰囲気が違って、女性らしさを感じた。
「いや、えっと……」
歯切れの悪い返事をする政子は放っておいて、サヤの相手を探す。
「サヤ、相手は遅れているのか?」
約束の時間を守れないというのは評価を下げざるをえない。オレの質問に妹は首をふると、その視線を隣に向ける。どういう意味だろうか。
「とりあえず、座ろうよ」
オレが奥の席に、サヤと政子が隣り合って向かい側に座る。政子の方は終始視線をあちこちに向けて挙動不審である。
「はい、じゃあ紹介します。わたしたちのお隣さんの北条政子さんです」
「えっと、はじめまして」
なに、いってんだ。はじめましてじゃないだろ。というか、一週間前ぐらいにもラインで話したよね? TENGAを贈ってきたよね?
なんだこれは。頭が疑問符で埋め尽くされる。サプライズで誕生日を二人から祝われたことはあったけれど、こんなまわりくどいことはされなかった。というか今日は何の日だ。ただの日曜日だ。
「だからー、ちゃんと話したじゃない。政子姉さんが結婚したい相手だよ」
「は……はぁぁぁ!?」
テーブルに手をついて体を浮かせる。お冷とおしぼりを持ってきた店員さんを驚かせてしまった。謝りながら受け取った水を一気に飲み干す。冷たい水が喉を通ると頭も多少落ち着いてきた。
「ちょ、ちょっとサヤちゃん、結婚とかそこまでは」
「いやだって、今更じゃないですか。もう次の段階にすぐにいっても問題ないですよ」
サヤの服の裾を引っ張る政子の顔をじっと見る。すると慌てたように膝の上に手を置いてうつむきだした。顔を下に向けた政子の表情は見えないが、耳まで真っ赤になっている。こいつにこんな演技力はないはずだから、本気なのだろう。
「お兄ちゃんはショックです」
「あー、やっぱり、そういう意識とかしたことなかったんだよね。だから、この場をセッティングしたわけですよ」
この場において一番おちついているのは妹だけだった。政子は顔を赤らめながらうつむいてるというのに、あっけらかんとした表情で笑みを浮かべている。ここに来るまでにもう覚悟は決めてきたということなのだろう。
「……わかった。ちゃんと話を聞くよ」
うやむやにしたり逃げたりしないってあのとき決めたから。だから真正面から政子を見る。
「二人はいつからそういう関係になったんだ?」
「いや、そんなのわからないけど……。たぶんこのひとと結婚するんだろうなぁって」
おおう、運命感じちゃったか。政子も小さいサヤの面倒を一緒に見てくれていた。赤ん坊の世話なんて大変なことを進んでしてくれるなんて本当にいいやつだと思っていた。
「でも、ちゃんと話をしたのは一週間前かな。政子姉さんのこと放っておけなくてわたしから言ったんだ」
まさかのサヤからだったかぁ。割りと行動力のあるやつであったが、そこまで思ってたんだな。きっと勇気をふりしぼったんだろう。ずっと知り合いだった相手に告白したんだから。
「割と最近なんだな……。それですぐに報告しにきてくれたのはうれしいが、もう少し心の準備とかしたかったな」
「そんなことしてたら、ずるずると同じ関係続けそうだから」
「そっか……、いろいろ悩んだんだろ。がんばったな、サヤ」
「え? そんなことはないよ。だいぶ前から早くくっつかないかなとは思ってたけど、もっと大変だったのは政子姉さんの方だったと思うよ」
こんなときまで相手のこと気遣えるなんて本当に優しい子だった。きっと、それだけ相手のことを大事に思えているんだろう。
同性愛については特に偏見はなかったが、家族がそうだとわかると対応に困るというのは本当らしい。しかし、結局は二人の問題だ。オレは兄として友人として二人をサポートしよう。後は政子次第ということだ。
「政子、おまえは本気なのか……?」
ここまでほとんど喋らなかった彼女だった。ちゃんと考えを聞いておかないといけない。長年ずっと一緒にいた親友だからといってなあなあにしてはいけない。
政子の顔をじっと見る。頬を紅く染めながら視線を逸らしていたが、こちらにぐっと視線を固定した。
「ほ、本気よ……!」
横で見ていたサヤが今度はこちらに視線を向ける。
「そうか……。わかった、オレも受け入れるよ」
サヤは交互に視線を向けながら「やった」と小声で呟いていた。
緊張の時間が終わると、ただの会食となった。料理を注文しテーブルに皿が並べられていく。
「いやぁ、よかったよかった。本当にわたしはうれしいよ」
サヤはにこにこと楽しげな笑みを浮かべている。政子のほうはというと、箸の先でつまむように料理をつつき時折ちらちらとこちらに視線を向けている。視線を返そうととすると、慌てて手元の皿に視線を落とす。
「政子、しっかりしろよ。いつもみたいにどんどん食えよ。小学校の教師は体力勝負だっていってただろ」
「な、なんであんたはそんな平気な顔してんのよ」
「これからもっと大事な相手が控えているだろ。おまえん家のおじさんとおばさんにも話さないといけないだろ。もちろんオレも協力するぞ。結婚なんてのは当人達だけじゃなくて親族同士の共同作業みたいなもんだからな」
「んぐ……まぁ、そうだけどさぁ」
「ほほー、具体的な話がすすんでいますなぁ。結婚式はどうするの? 背の高い政子姉さんならきっとドレスが似合うと思うな」
「結婚式か……ドレスは二着必要になるのかな」
「え?」
サヤと政子の顔がおかしなことになっている。変なこといっただろうか。オレとしてはサヤのドレス姿を見ることがずっと楽しみだったんだ。
「兄さんってそういう人だったの?」
「ああ、もちろんだ。ドレス姿楽しみだな」
政子としては結婚式の相手はタキシード姿がよかったのかもしれない。だけど、ここは兄としての希望を通させて欲しい。
「悪いな。ずっと前からのオレの夢だったんだ」
「そっかぁ……」
二人は悟りをひらいた仏のような顔でオレを見ている。
店を出ると、青い空が広がっていた。店に来たときの緊張がうそのように晴れやかな気分になっていた。
「じゃあ、わたしは行くからね」
「うん、ありがとね。サヤちゃん」
「あとでラインで聞かせてよ。ノロケ話でも相談でもいいから」
手を振るサヤはあっという間にいなくなり、政子と二人で残された。
「サヤといなくていいのか?」
「うん、積もる話は後でいいから」
このままいつものように遊びにいくというには格好が合わない。それに、これからのことも考えないといけなかった。
「どうせなら、ドレスとか式場とか選びにいくか?」
「ふぇっ!? も、もういっちゃうのですか!」
「準備は早いに越したことはないだろ。まあ、オレじゃよくわからないから、サヤと相談しながらになるだろうけど」
「そ、そうだね」
そうして二人で歩き始めた。店にいって勘違いされるたびに政子が慌てていた。
それからさらに話が進んでいく。ようやく自分の勘違いに気がついたのは、おじさんとおばさんに挨拶しにいったときだった
サヤと政子の話なのに、どうしてかオレと政子が話の中心になっていた。
「これじゃあ、まるでオレと政子が結婚するみたいじゃないか」
はっはっはと冗談を口にしたとき。
政子の顔がハニワのようになり、サヤがウソだろこいつという顔でこっちを見ていたのは今でも鮮明に思い出せる。
*
そこから改めて話をして政子とは恋人として付き合い始めた。だけど今までの関係とは変わらなくてこんなものなのかとも思った。なぜかオレがドレス姿になるという誤解を解いたりもした。
「兄さん、紹介したい相手がいるの」
今度は政子と一緒にサヤを待った。
あの子がつれてきたのが男だったことに安心したことは黙っておこう。
緊張した男がこちらを見ている。
高校からの付き合いで、サヤの一つ上らしい。
「本気なのかな?」
「はい!」
元気良く返事をする男に料理を並べる。サヤの手料理だ。ちゃんと全部たべてもらおう。
それから体当たりして耐久テストしようとしたら、後ろから政子に羽交い絞めにされた。
 




