プロローグ
Ⅰ
『精霊』その存在が認知され始めたのは東京から自然の植物が消えた頃。
他国との技術競争が激化し、急速に発展した東京の街は、たった数年で劇的な変化を遂げた。
かつてのシンボル『スカイツリー』はビル群の影に隠れ、地下鉄は何層にも成長し、モノレールはビルの谷間を所狭しと走る。
だがしかし、森や大地、自然を無視した都市開発への反動は、ゆっくりと段階的に起きていた。
始めに起こったのは幽霊騒動だ。薄暗い路地裏や人気のないところで、霊的な何かを見たという情報が警察に頻繁に舞い込むようになった。
次に夢遊病の蔓延。それも眠っている間だけでなく、昼間の仕事中や洗濯物を畳む時にでさえ突然発症するのだ。中には、自ら命を絶とうとするものも。
そして、現在はというと……
Ⅱ
コォーン!コォーン!
狐の鳴き声のような異様なサイレン音が、ネオン輝く深夜の東京の街に響き渡る。
サイレンの主はマットブラックの下地に、薄く光るグリーンのライン塗装が印象的な大型バイクを走らせていた。
「5番街"さくら通り"信号を右折。"紅色大通り"2km直進してください」
黒いフルフェイス型のヘルメットの中にオペレーターからのアナウンスが響く。
バイクは踊るように左右に倒れ、行き交う車の間を縫うように走る。
指示通り"さくら通り"交差点を華麗なドリフトで右折する。
「あぶねェだろーが!」
赤信号だった交差点で急ブレーキを踏んだ車の運転手が怒号を吐き散らし、握りしめた拳を振り上げている。
しかしその姿はサイドミラーの遥か彼方へと消えていた。
Ⅲ
「現地到着。ロック解除、『悪霊退散モード』へ移行します」ピピ。
アナウンスと同時に左側のハンドルが緑色の点滅を始める。ピピピ。クラッチレバーを握り締め、勢いよくハンドルを引き抜く。それは"ヴゥン"と音を立てながら、強いネオングリーンの光を放つ霊量子剣へと姿を変えた。
「悪霊の姿が見えない。近くにいるか?」霊粒子剣で暗い路地裏をゆっくりと照らしながらアナウンスに問う。
「半径5m内に粒子反応があります。しかし視認はできません」なるほど、と剣を軽く構える。「ここまでオレが近付いて、逃げないと言うことは……」
「ヴォヴォオオオオ!!」
背部より轟く叫びと共に振り下ろされた"悪霊"の右腕が勢いよく振り下ろされる。
ガジイイィィイイン!
寸前のところを霊粒子剣で受け止める。
「やはり、戦闘態勢というわけか!」
受け止められた右腕は人間の腕のように見えた。だが指先に集められた赤く光る霊粒子がそれを否定する。
意表を突いた攻撃を止められたことに苛ついたのか、すぐさま左の脚が蹴り上げる。
防御が間に合わず横腹で受ける。その威力は蹴り飛ばされた体が近くの街灯にあたり、角度を大きく変えてしまうほどだ。
「ぐへェ……っくそ」
ヘルメットの隙間から吐血した血が滴る。なんとか体勢を立て直し、"悪霊"を睨む。
闇の中に浮いている二つの赤い眼光も、同じようにこちらを睨んでいた。そしてゆっくりと左右に揺れ、こちらに近付いていると分かった。
お辞儀をするように曲がってしまった街灯がスポットライトのように、歩みを進めた悪霊の姿を禍々しく映し出した。
獣のような赤い瞳に、頭部はウマの頭蓋骨。上半身は裸。そこには謎の紋様がズラリと並んでいる。
「ヴォオオ!!」
力を込めた静かで力強い唸り声は空気を揺らし、その振動がヒシヒシと体に響いた。
次でキメにくる。直感的に理解した。すぐさまクラッチレバーを連続で二回、握り直す。
"悪霊"は力一杯に地面を蹴り、飛び上がった。両腕は渾身の一撃を叩き込むために、弓を絞るように折り畳まれている。
霊粒子剣を左腰に"居合"の構えで据える。
「チェック」
先に意表を突いたのは"悪霊"の方だった。飛び掛かる攻撃かと思いきや、両腕に溜めた赤い霊粒子を上空から放出したのだ。
赤い斬撃のようなエネルギーは標的に向かって一直線に飛ぶ。
「ファイア」
ボソリとした掛け声と共に、居合から解き放たれた緑の刃は赤いエネルギーを右に薙ぎ払う。
衝撃波で舞い上がる土埃がフルフェイスを隠す。
そこへ追い打ちの鉤爪をたたみかける。悪霊。しかし攻撃は空を切る。
一瞬の隙に身を隠し、再び"居合"を構えた。
「ファイア!」
放たれた"居合の一撃"の緑光が、剣先の軌跡を美しく描いた。
挿絵も検討中です。ご意見いただければ幸いです。