誤解
「陛下、大丈夫ですか?」
突然背後から声をかけられ、王は気を失って自分の腕の中にいる菜穂を見つめながら鋭く叫んだ。
「近づくな! 私が良いというまでこちらを向くのではないぞ」
王の言葉に、近付いてくる者数人全てが足を止め、王に背を向ける。
王は落ちている上着とマントを素早く拾うと、菜穂の裸体を覆ってから菜穂を抱き上げた。
「もうよい……」
王の声にその場にいる者全てがゆっくりと振り向く。皆の視線が王の腕の中で眠っている菜穂に向けられた。
「そのお方が、神子様ですか?」
「そうだ。神子は無事、我が手に舞い降りた……」
王の言葉にわっと歓声が上がり、その場の雰囲気が明るくなる。皆、口々に嬉しそうに語り合っていた。
そんな中、一人の男が王の元へと近付いていく。召喚の儀式を行った白いローブの男、シリウスである。
「陛下、神子を迎える用意は全て整っております。エウリュアレー様がお待ちしておりますので……」
「ご苦労、シリウス。エウリュに任せれば神子も安心だ」
腕の中の菜穂をどことなく優しい眼差しで見つめながら王は満足げに頷いた。そんな王の表情の変化を黙って見つめていたシリウスは少々驚いた様子で両の目を見開く。
「どうした? シリウス」
「いいえ、陛下もそのようなお顔をなさるだと少々驚きましたもので……」
「フッ……シリウス、言ってくれるな。俺だって、ただの男だ」
「それは良い傾向にございます……」
澄ました顔つきで淡々と返事をかえすシリウスに、王はピクッと片眉を吊り上げたのだが、それ以上は口を開かなかった。腕の中の菜穂がピクリと微かに動いたからである。
「神子は休息が必要だ。すぐに城に戻るぞ。お前もついてこい。少々尋ねたい事もあるしな……」
「ハッ……」
臣下の礼をとったシリウスは、転移の魔法で先に移動した王を追うように自らもすぐに魔法で移動した。
菜穂をエウリュアレーに預けた王は、自室で服を着てからシリウスと執務室に向かっていた。
「エウリュの他に神子につける者は決まっておるのか?」
「それはエウリュアレー様にお任せしております」
「そうか、エウリュの見る目なら間違いはないだろう」
城で働く侍女や女官たちの総監督をしているエウリュアレーは、王の乳母でもあるためその信頼は厚い。神子を任せるには最も適している人物だとシリウスも認識していた。
実際に、神子である菜穂を迎え入れたエウリュアレーは、湯浴みの準備も整えていたらしく、王とシリウスをすぐに邪魔者扱いして部屋から追い出したぐらいである。
王も幼い頃から世話になっていたエウリュアレーにはどうやら頭が上がらないらしい。菜穂から引き剥がされて追い出された王は苦笑いして、閉じられた扉を少々残念そうに眺めていた。
「神子のことはエウリュに任せておくとして、一つ気になることがあるのだが……」
「先程陛下が仰っておりました尋ねたい事ですね?」
「あぁ、実は……」
執務室へと入った王は椅子へ腰を下ろすと眉間に皺を寄せながら静かに口を開いた。
「神子の主食とは骨なのか?」
「…………………………は?」
普段冷静沈着なシリウスも、王の口から飛び出た思いがけない言葉にポカンと口を開くというありえない表情をした。
「な……何を言われて……」
「神子に言われたのだ。おいしそうな骨だとな……」
「!?」
こうして、菜穂の知らないうちに大きな誤解が生まれる事となるのである。