召喚
時を少しさかのぼる事、とある国の城中の召喚の間。
シーンと静まりかえる中、厳かに一人の男の口から何やら呪文らしきものが低く紡がれていた。白いローブを身に纏っているその男は、魔法陣の前で膝をつき、真剣に祈りを捧げている。
暫くすると、男の祈りに応えるかのように淡く魔法陣が光り出した。徐々にその光は輝きを増し、どこからともなく澄んだ女性の声が響き渡った。
『神子は願いを叶えるであろう。我の愛しき神子をよろしく頼みますよ』
その瞬間、部屋は眩いばかりの光に包まれ、魔法陣が虹色に輝いた。
それは、召喚が成功した証しであった。
そこに居合わせた者は皆、魔法陣の前に跪き、口々に天からの声にお礼の言葉を述べていた。
「女神様、ありがとうございます」
「女神様、心より感謝致します」
召喚前とは打って変わってそこは歓喜に満ち溢れた。光輝く魔法陣の前で皆明るい表情をしていた。
「女神の声が聞こえた。今度こそ、成功したのだな?」
「はい、間違いなく……。もう暫くすると神子様が現れます」
「そうか……これでアルテミスは救われる……」
「はい、王女様は必ず助かるでしょう……」
「シリウス、ご苦労だった。礼を言うぞ」
「いえ、陛下……。むしろ、ここまで待たせてしまい申し訳ありませんでした」
30代ぐらいの精悍な顔つきの人物は、白いローブの細身の男と嬉しそうに見つめ合った。
背後に控える数人の者達からも嬉しそうに歓声があがる。
「やったー」
「成功だ!」
「神子様」
そうして、その場にいる者の瞳は全て虹色の魔法陣へと向けられ、皆、期待に胸弾ませ神子の訪れを今か今かと待っていた。
だが、いくら待っても魔法陣には誰も現れない。
とうとう痺れを切らした陛下と呼ばれる人物は、シリウスと呼ぶ白いローブの男に声をかけた。
「シリウス、少し遅くはないか? いったい、どうなっているのだ?」
「私にも分かりません。本来ならばもう神子様はここに降り立つはずですが……っ!?」
「これはっ……!?」
突然、二人は何かに気付いたかのようにハッと表情を変化させた。巨大な気が近付いてくるのを感じたのだ。
「陛下、神子様の降り立つのはここではありません!」
「あぁ、神殿だ」
焦った声でシリウスが叫ぶと、大きく頷いた王は一瞬にしてその場から姿を消した。
転移の魔法で神殿へと移動した王は、近付いてくる気を追い走っていた。
「それにしても、何という巨大な気だ。これが神子の力か……。シリウスが何度も召喚に失敗するはずだ」
鋭く瞳を細めて前方を睨みながら王は呟くも、口元には嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「これは神子に会うのが楽しみになってきたぞ……」