予兆
「ふわぁーあ……」
チチチと窓の外から雀の囀りが聞こえている中、ベッドからその身を起こし、ぐぐーんと両手を伸ばして大きな欠伸をする女性が一人。
神崎菜穂、28歳。艶やかな腰まである黒髪を後ろで一つに束ね、少し吊り上った目元に意志の強そうな黒い瞳の持ち主。
「あー、何か変な夢を見たな。召喚がどうのこうのって……。珍しく男が二人も登場していたような……。まさか、欲求不満とかじゃないよね。いつまでたっても理想の骨格に出会えないからなぁ……」
眠そうに瞼を擦りながらベッドから降りた菜穂は、ぶつぶつ呟いて軽くコキコキと首を回し、毎日の日課となっている体操を始めた。
この体操は骨盤や腰などの歪みを直し姿勢を正す体操であり、整体師である菜穂の職業と大きく関係している。
そもそも菜穂が整体師になった理由は凄く単純であり、骨が好きだからであって、菜穂は周囲の友人からも変わり者で通っていた。
だが、菜穂の整体師としての腕はとてもよく、評判がいい。患者内ではゴッドハンドと呼ばれているぐらいだ。菜穂の目と手は骨のどんな僅かな歪みも正確に見付けて治してしまう。おまけにマッサージの腕も一流なのだから、評判は鰻登りである。
菜穂自身は周囲の評判など興味もなく、理想の骨を求めて仕事に励む日々を送っているのだが、そんな菜穂の日常も大きな変化を迎えようとしていた。
「よし、整体体操完了!今日こそは理想のお骨様に出会えますように……」
これも菜穂の毎日の日課をなっているお手製の神棚もとい骨棚に向かって祈るように拍手をする。
空き箱で簡単に作った骨棚にはミニチュア骨格標本が飾られており、水やご飯があげられていた。
菜穂が目を閉じて必死に拝んでいると、突然その骨棚なる箱から何やら人の手らしきものが出てきて菜穂の腕を掴もうとした。だが、その瞬間タイミングよく菜穂はぱっと踵を返す。
「あ! やばっ、仕事遅刻しちゃう」
ちらっと時計に目を遣り慌てた様子で菜穂は部屋を飛び出して行った。骨棚から出ている不自然な手に全く気付かずに……。
菜穂のいなくなった部屋で空気を掴んだ手は心なしかがっかりと項垂れ、するすると箱の中へ消えていった。
『はぁー……また失敗か……』
無人の部屋に大きな溜息と低い男の声が響いた。