来訪6
オリオン王は、寝たきりの病気の王女の話をし始めた。
「私には大切な者がいる。この国の王女、アルテミスだ。以前アルテミスは快活で病気一つもしたことがなかった。だが、今はベッドから起き上がれないほど弱りきっている」
菜穂は女神から言われた事を思い出しながら、オリオン王の口から語られる話を真面目に聞く。
「毒を盛られた訳でもなく、治癒の魔法でも治らない。もう我々には何もできぬ状態なのだ。おまけに貴族の女性にその病気が広がっている。そこで、最後の望みをかけて神子の召喚を行った。昔からの伝承で異界から来た神子には不思議な力があり、窮地を救ってくれると言われている。実際、女神からもお言葉を賜った。『神子は願いを叶えるであろう』とな」
「ちょっと待って! つまり王様のお願い事って、王女様の病気を治すこと!? 私、医者でも看護師でもないから、そんな伝染病みたいな病気を治療してくれって言われても困るんですけど……」
思いもよらないオリオン王の頼み事に、菜穂は焦って無理だと首を振る。
「いいや、神子であるお前には無理な事ではない。とにかく一度でいいから王女を診てくれ! 頼む、アルテミスを救ってくれ……」
「……とりあえず、診るだけなら……。でも、あんまり期待しないで下さいね?」
オリオン王の悲痛な声を聞き、必死に懇願されて菜穂は思わず頷いた。途端にオリオン王の表情に明るさが戻る。
「ありがとう、神子。心より感謝する。無論、礼は十分にするつもりだ。お前の望むもの何でも用意するとしよう。何がいい? 金か? 身分か? 領地か?」
「いえ、あの……まだ、王女様を救えるかどうかも分からないのに……。それに、そんなものいりませんよ」
菜穂は少し驚いた表情でブンブンと大きく首を振った。
そんな菜穂の返答にオリオン王はフッと優しい笑みを浮かべる。
「ナホは欲がないな。異界の者とは皆、そういう者なのか? ならば、お前が今一番欲しいものは何だ?」
「私が一番欲しいもの? それはもちろん、理想の骨! 王様の骨ってばもう完璧でドストライクなんだもの、こんなおいしそうな骨が手に入れば嬉しいなぁーなんて……」
半分冗談のように笑いながらひらひらと軽く手を振り、菜穂は思わず本音を口にした。
「分かった。アルテミスがよくなったら、私の骨はお前にやる。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「へっ? くれるって言うんならば貰いますが、いくら何でも煮たり焼いたりしませんって……。そのまま並べて飾るのが一番おいしく見えるんですよ」
菜穂は骨になったオリオン王を飾るのを想像してニンマリと笑みを浮かべるのだが、何故がオリオン王は顔を強張らせていた。
「そうか……神子は調理せず、そのまま骨を食すのか……。これは手足の一本二本では済まないかもしれぬな……」
ポツリと呟いたオリオン王の独り言は、この時妄想の中で楽しそうに微笑んでいた菜穂には聞こえず、菜穂は王の勘違いをここで訂正する機会を失う事となる。
「では、牛や豚の骨はどうだ? やはり一番は人間なのか?」
「牛や豚の骨? そんな骨格、あまり興味ないですよ。そうですね、一番好きなのはやはり人間の骨です」
オリオン王の誤解に全く気付かず、菜穂は牛や豚の骨の話題に首を捻りながらも返事をかえす。
「そうか、牛や豚の骨は食べたりしないのか……」
「食べる? 牛や豚だったら出汁にしてスープとかで飲みますかね。軟骨って言って、鶏の骨はなかなかイケますよ」
「ほう、鶏の骨は食べるのか……」
(何で、いきなり牛や豚の骨を食べる話になるの? ここってそういう食事をするとか? それとも、私のために食事の好みを聞いてくれてるのかな?)
こうして、互いに大きな勘違いをしたまま話しが続き、何を納得したのかオリオン王は腰を下ろしていたベッドからゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ私は戻らないといけないが、ナホから私に聞いておきたい事はないか?」
「あの、私……元の世界に、日本に戻れるんですか?」
菜穂は心の奥底で一番気になっていた事をオリオン王に聞いた。
菜穂の問いにオリオン王は少し沈思する。
「………………戻れない事はないが……そこは女神と相談してみてくれ」
「えっ、女神様と? どうやって?」
菜穂はキョトンと首を傾げた。
「女神には夢の中で会えるだろう。神子は女神と繋がっているのだ。寝る前にでも女神に会いたいと思いながら休めば、おそらく女神が夢に出てくるはずだ。その時に聞いてみるがいい」
「そうか、こっちに来る時にも夢の中で会ったんだっけ……」
「そういう事だ。他に何もないならば私は行くぞ」
納得したように頷く菜穂を見て、オリオン王は部屋を出ていくため服を着ようと脱いでいたシャツに片腕を通したのだが……。
ふとオリオン王を見上げた菜穂はその手をいきなり握って止めた。
「どうした、ナホ?」
「王様、よく見たら顔色がよくないですよ。ここは、私に任せてみませんか?」
職業病が出た菜穂は、両手をわきわきと動かしながらニッコリと営業スマイルを見せるのであった。