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来訪5


「さて、これで、夢ではないと分かったか?」


 色々と恥ずかしがり、赤くなったり青くなったりしている菜穂の耳に王の声が入ってきた。



(え? 何が夢じゃないって?)



 ぼんやりと開いている菜穂の瞳に王の青く澄んだそれが映る。数回瞬きをした菜穂は、先程の全てを思い起こして、見る間に再び真っ赤になっていく。




「どうだ、私は現実だったろう?」


 菜穂の顔を見てニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら王は耳元で囁き、ふぅーっと熱い息を吹き掛ける。


「ひゃうっ!?」


 ビクッと過剰な程に反応した菜穂は、王の腕の中に抱きかかえられていることに気付き、その腕の中でジタバタと手足を動かして暴れた。


「はっ……離して! この変態!」


「変態とは聞き捨てならないな。私はただ神子に、夢ではない証明をしてやっただけだが……?」


 全く悪びれる様子もなく、しれっとした調子で偉そうに返事をする王を見て、菜穂は怒りで目を吊り上げる。


「ふざけないで! よっ、よりにもよって、何でキッ……キスなんかするのよ。初対面でこんなことするんだから、十分変態よ!」


「初対面ではない。二度目だ。それに、初対面で私の唇を舐めたのは、神子……お前だぞ。ならば、変態はお前だろう?」


「なっ!?」


 王の反撃に菜穂はうっと言葉を詰まらせ、ますます顔を朱に染め上げていく。


「あ、あれは……その、意識が朦朧としていて、夢だと思っていたから……その、忘れて下さい……」


 菜穂は恥ずかしそうに顔を俯かせ、しどろもどろにお願いする。だが、王は菜穂の願いを一蹴した。


「それはできない。私はあの強烈な出会いを忘れることはなかろう。何せ、あれがお前からの初めての口付けにあたるからな……」


「なっ、何を言って……っ!?」


 俯いていた顔を上げた菜穂は、自分を熱い眼差しで見つめてくる王の澄んだ青い瞳と目が合い、落ち着きなく視線を動かす。




(なっ、何? すんごく甘い空気が漂ってくるような……。そんな目で見ないでよー。勘違いしちゃうじゃない。まるで愛されているような……ないない、ありえない。落ち着いて、私。冷静に考えなさい。こんな美形でカッコイイ王様が私を好きだなんてありえない。まだ、会ったばかりだし、それに、こういう王様は後宮とかに美女をたくさんはべらせているものよ、うん。何だか、考えたら腹が立ってきた……)




「とにかく、私は名前も知らない人とキスなんかする軽い女ではないので、貴方の周囲の美女と遊んで下さい」


 ツンと不機嫌そうに顔を横に向け、菜穂は、王を視界に入れないように視線をずらした。


 王は、特に気分を害する様子もなく、菜穂の告げた言葉におやっとかすかに眉を寄せる。


「美女とやらには心当たりがないが、お互いまだ名前も名乗っていなかったのは事実だ。神子よ、名乗りが遅れてしまい申し訳ない。私は、オリオン・マサレオ・アースと申す。このアース国の王である」


 スラスラと名前を菜穂に告げたオリオン王は、菜穂の手を自然に取るとその甲に優雅に口付けを落とした。


 菜穂は急に手を取られたため、ハッとオリオン王に視線を向けたが、挨拶のように手の甲にキスをされ、ビックリと目を丸めた。




「神子の名前も聞かせて欲しい」


 王の低い囁くような声に少しぼんやりとしていた菜穂は、我に返って姿勢をピンと正す。


「私は、神崎菜穂。こっちではナホ・カンザキという事になります。ナホが名前です」


 菜穂の名前を初めて知ったオリオン王は、フッと双眸を緩めて笑みを深くした。


「アホ、だな」


「は?」


「だから、アホ、だろ。神子は……」


 菜穂はいきなりオリオン王の口から出た言葉にポカンと大きな口を開いたが、すぐに睨みつけながら訂正する。


「違います! 私はアホじゃありません!」


「何だ、アホではないのか? 神子の名前……」


「えっ? あ、名前ですか。ナホですよ、ナ・ホ」


「ニャーオ?」


「違います! もう、私はアホでも猫の鳴き声でもないんだってばー!」


 ふと先程の双子の姉妹との遣り取りを思い出して、菜穂はガックリと項垂れる。


 そんな菜穂の様子を眺めながら、オリオン王は口元をわずかに上げて楽しそうな笑みを浮かべていた。


「やっぱり、ナホって言いにくいのかな……。ここはナーオで統一した方がいいかな?」


 眉間に皺を寄せて真剣に考え込みながらぶつぶつ呟く菜穂。そんな菜穂を黙って見つめていたオリオン王は、そっと菜穂の耳に顔を近付けていく。


「ナ・ホ」


「ひゃうっ!?」


 突然耳元で囁かれた菜穂は悲鳴をあげた。


「やぁっ、ちょっと何舐めるんですか。 息も吹き掛けるな!」


 王が悪戯する耳への刺激にぞくっと身震いしながら菜穂は真っ赤な顔で叫ぶ。


「いや、あまりにもナホが可愛いのでな……」


「は?」


 菜穂は可愛いという、聞き慣れない言葉に一瞬ポカンと口を開くも、ふとある事に気付いて首を傾げた。


「あれ? 今、ナホって言った! ちゃんと呼べるじゃないですか」


「私は王だからな。お前の世界の言葉ぐらい簡単に話すことができる」


 どことなく偉そうに胸を張って告げる王を、菜穂は怒りの籠った眼差しで見つめる。


「て事は……さっきのアホって言ったのは、わざとですね……」


 ヒクヒクと頬を引き攣らせた笑みを浮かべながら菜穂がオリオン王をじろっと睨むと、オリオン王は実に爽やかな笑顔で菜穂に微笑んだ。


「ナホが可愛いからちょっとからかいたくなったのだ。実に楽しかったぞ、お前の百面相……」


「ぐっ……」




(こんの、俺様サド王!)




 怒りでぷるぷる両手を震わせた菜穂は、いまだに自分の腰に手を回しているオリオン王の手をぺしぺしと叩き落とそうとした。


 すると、今度は素直にすっと手を離すオリオン王。あっさりと離れてくれた態度に、逆に菜穂は不思議そうにオリオン王に視線を向けた。






「ナホ、神子であるお前に頼みがある」


「え?」


 打って変わって真面目な表情でまっすぐに自分を見つめてくるオリオン王を、菜穂は戸惑いの瞳で見つめ返した。



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