来訪4
王の微笑みとその甘い台詞を聞いた菜穂は、照れて頬を染める事もなく、その糖度にあんぐりと大きく口を開いた。
(うーわーっ……何、このキラキラ感は!? 王子様が出てきて、あ……王様だっけ? トリップしてきた主人公に甘い台詞を吐く……ファンタジー小説の世界よ! 王道よ! でも、それって自分が言われたらすっごく耐えられん……。何か体中痒くなってきた。そもそも、もう三十路も近い私が神子っていうのがおかしくない? やっぱりこれ、夢なんじゃないかな……)
現実逃避をしたくなってきたのか、菜穂は遠くを眺めながら頬を引き攣らせて笑うと、むず痒く感じる腕をポリポリ掻き出した。
「…………神子?」
王は、そんな菜穂の反応を見て首を捻る。自分の笑みにうっとり見惚れて頬を染める女性は多々いるが、菜穂のように馬鹿面丸出しで無反応に近い女性などかつて一人もいなかったからだ。しかも、何やら痒そうに腕を必死に掻いている。
「神子、どうしたというのだ?」
「あーっと、慣れない言葉を聞いたら何だか体中が痒くなってきまして……。そういう台詞は本当に綺麗な人に言ってあげて下さい。と言うか、本当にこれって夢ではないんですか? 理想の骨格が目の前に存在するなんて、まだ信じられないんです」
腕を組んで何やら難しい顔つきをしてうんうん頷いた菜穂は、王を不思議そうに見つめた。
菜穂の言動に、王は片眉をピクリとかすかに動かす。
「ほう、神子はこの私が幻だというのか?」
「幻と言うか……何だか現実味がなくて……。普通、異世界トリップなんて本の中での物語だし……」
「ならば、夢ではない事を教えてやろう」
「え? どうやっ……!?」
菜穂が王に尋ねようとして顔をあげた瞬間、開いた口から漏れる菜穂の声は王の中に呑み込まれていった。いつの間にか眼前に王の顔が迫っていて、不意に唇を塞がれたのである。
「んっ……んんっ!?」
菜穂は驚きのあまり大きく目を開き、離れようとして王の胸をぐいっと押した。だが、王の菜穂を捕らえる力は強く、菜穂は後頭部を押さえられて逃げようがなかった。
菜穂は舌だけは入れられまいとして唇をぎゅっと結んで目を閉じずに王を睨みつけた。
そんな菜穂を見つめて王は、口付けをしたまま楽しげに口角をあげる。
(うぐぐ……負けるものか!)
メラメラと菜穂の中で負けず嫌いの性分が顔を出してきて、何故か菜穂にはこのキスが勝負になっていた。食うか食われるか。菜穂は歯をしっかりと噛み合わせた。
「ん……うぐ……ぐぐ……」
まったく色気のない呻き声が菜穂の口から漏れていく。
「フッ……」
一度わずかに唇を離した王は、深い笑みを浮かべてペロッと菜穂の唇を舐め、チュッチュと何度も菜穂に触れるのみの柔らかいキスを贈り、そっと離れた。
「神子は、本当に愛らしいな」
耳元で低い声で囁かれ、フーッと息を吹き掛けられる。
(ヤバッ……やられた!)
(腰にくるバリトンボイス。くぅー、何ていい声なのー!)
(この、キス魔が! 何でこんなに色気ありすぎなのよー! きっと毎日とっかえひっかえハーレムでウハウハやってるのよ、このエロエロ魔王が!)
涙目の真っ赤な顔でじとっと菜穂は、王を睨み付ける。
そんな菜穂を王は愛しそうに温かい眼差しで見つめ、ポンポンと子供の頭を撫でるように、何度も撫で続けるのであった。
時折、菜穂の黒髪を掬い口づけながら……。