来訪1
自分の話題で王様たちが揉めていたとは夢にも思っていない菜穂は、ベッドの上でのんびりと女子会もどきを開き、すっかり双子の姉妹と仲良くなっていた。
ヘレネやクリュタイメストラの話しは面白く、異世界の常識も知る事ができてとてもためになる。
ふと思い出したようにヘレネは口を開いた。
「それではナーオ様、そろそろ、着替えを……します?」
「そうにゃ。着替え、ないと、部屋……出る、できないあるね」
ハッとした様子でクリュタイメストラも腰を下ろしていたベッドから降り立ち上がる。
「えっ、着替え? もちろん、したいです!」
薄い寝間着から解放されたかった菜穂にもちろん異論はなく、嬉しそうに大きく頷いた。
その時、扉を叩く大きな音が部屋に響いた。
「わたくし、見て、くるね」
すぐにクリュタイメストラが確認のため扉に向かうと、ヘレネは衣装ダンスから上に羽織るガーディガンのようなものを手にしてきて、菜穂の肩にそっと掛けた。
「また、男、入って……きたら、大変です。ナーオ様、これを……どうぞ」
「ありがとう、ヘレさん」
菜穂は微笑んで掛けられたガーディガンをしっかりと着込むのであった。
「遅いですね。ナーオ様、ちょっと、様子……見てきます」
なかなか戻ってこない妹に、姉のヘレネは様子を見に扉に向かった。
ちょうど菜穂のいるベッド上からは扉が見えず、ただ何やら言い争っているような声が聞こえてくる。
(どうしたんだろ? ヘレさんとクリュさん、大丈夫かな?)
少し心配になって様子を見に行こうかなと考えていると、大きな声が聞こえてきた。
『いけません、陛下。神子様の支度はまだ整っておりません』
『陛下、おやめ下さい。神子様はまだ目覚めたばかりでして……』
『構わん。私は気にしない』
『『しかし……』』
『王の命令だぞ。二人は暫く席を外せ。私が呼ぶまで誰も中にいれるな!』
『『…………はい、かしこまりました』』
この世界の言葉がまだ分からない菜穂には何を話しているのかは理解できないが、男の声がするのは分かる。
(うわっ、やだ……誰かきたの?)
どうしようかと慌ててベッドから飛び降りた菜穂は、カーディガンの前をしっかり手で握り締め、うろうろと落ち着きなくベッドの周りを動き回った。
「神子、入るぞ」
「……っ!?」
開いている扉の方から低い男の声が聞こえてきた途端、菜穂は思わずベッドに飛び乗って布団の中へ身体を隠すように潜り込んだ。
(とっさに布団に潜り込んじゃったけど、どうしよう……)
布団の中で丸まり、息を殺してじっと石のように固まっていると、足音が近付いてきて誰かが寄ってきたのが感じられた。
「神子……」
突然声を掛けられた菜穂は、反射的にビクッと布団の中で震える。ギシッとベッドのスプリングが軋み傍に座る気配を感じた途端、布団越しにポンポンとちょうど頭を優しく撫でられ、菜穂は驚きのあまり動けないでいた。
(え? 何? 何がどうなってるの!?)
菜穂は固まったままパニックに陥っていた。
布団越しに全身を撫で回されたかと思うと、今後は抱き締められていたからである。上質の肌触りのよい布団は薄地の羽毛布団に近く、分厚い布団ではないため、適度な強さでぎゅっと抱き締められているのを感じてしまう。
「やはり、お前の気は心地よいな……」
「えっ?」
ちょうど背後からすっぽりと包まれたように布団ごと抱き締められている菜穂は、かけられた声に首を傾げた。
(この心地よいバリトンボイス……どっかで聞いたような……?)
聞き覚えのある声に、菜穂は何か大切な事を忘れているような気がして、思い出そうと必死に考える。
「ずっとこのままでいてもいいのだが、お前の顔が見られないのが少々癪だな。神子、いつまでこうやって隠れている気だ? 早くその可愛らしい顔を私に見せておくれ」
その甘みを滲ませた台詞が耳元で囁かれているように感じて、菜穂の肌がぞわっと粟立った。
「ひっ……!?」
菜穂がどうしようかと焦りまごまごと迷っていると、困ったような溜息が耳に入る。
「……まったく、神子は恥ずかしがり屋なのか? 初対面で私の唇を奪った大胆さはどこにいったのだ? まぁ、いい……。いつまでも出てこないなら、力尽くで見てやるだけだ」
信じられない内容が耳に入ってきた菜穂は愕然としてピシッと固まった。
(へっ? 今、何て言った……? 誰が誰の唇を奪ったって!?)
その瞬間、素早く布団が剥ぎ取られた。菜穂は急に寒さを感じて反射的にぶるっと震える。
「神子、こちらを向け!」
それは、絶対的な逆らえない王者の声であった。
だが、菜穂の頭の中はキスの事でいっぱいだったため何も耳に入らず、固まったままの状態である。
(唇+唇=チュウ? 唇×唇=ディープキス? 奪う、唇? 私からキスした? うそっ!?)
「ありえなーい!」
叫んだのと同時に菜穂はぐいっと身体を動かされたのを感じた。ハッと我に返って正面を見ると、そこには射抜くように自分をまっすぐに見下ろしている青い瞳の絶対的な王者がいた。
「やっとその黒い瞳に私を映してくれたな、神子……。何度も私の言葉を無視するとはいい度胸だ。覚悟はできているのだろう?」
菜穂は目の前で壮絶な笑みを浮かべる男に、何やらゾクリと寒気を感じるのであった。