プロローグ
「まだ召喚できないのか!」
扉を乱暴に開けてやってきた長身の人物はいらいらとした様子で怒鳴った。怒鳴りながらもこの声にはどことなく焦りが混じっている。
「はっ……陛下。それが、今一歩という所でまたしても逃げられてしまいまして……」
「また、逃げられただと!? それだけ、強大な魔力の持ち主という事か?」
「おそらくは……。ですが、次こそは必ず、神子様を召喚してみせます」
怒鳴られた者は申し訳なさそうに頭を下げながら返答し、薄暗い部屋の中心の床に描かれている魔法陣らしき物をじっと見つめた。淡い虹色の魔方陣が、ゆらゆらと微かに揺らめく。
「頼むぞ、シリウス。お前だけが頼りなのだ……。このままではアルテミスが……」
幾分荒ぶる気持ちが落ち着いてきたのか、悲痛な面持ちで辛そうに語るその男もふと視線を魔法陣に移した。静かに佇んでいる魔方陣はまだ何も答えない。
「分かっております。この命に代えましても、必ず王女様を救ってみせます」
ぎゅっと両手を握り締め、真剣に言葉を紡ぐ男は、魔法陣から目を離すと陛下と呼んだその相手に恭しく礼をした。
二人の男の前で魔法陣は淡い光を放ち、今切実に望まれておる神子が訪れるのをただ静かに待っていた。
これは、地球とは異なる遠き異世界のとある国での出来事。
この召喚により、異世界に呼ばれる事になるであろう者は、まだこの時は何も知らなかった。
己の未来が大きく変化する事を……。
そしてその変化は召喚を行った国にも大きく訪れる事を……。
未来を知る物は、長い間静かに佇んでいたその魔法陣だけであったのかも知れない。