血に濡れたツバサ
その広大な大地には、硝煙と血の臭いが染み付いていた。
その場所に身を置くことを決め、そうやって生きてきたわたしの体からも同じ臭いが染み付いているのだろう。
最初は過敏なほど気になっていたその臭いは、何度も繰り返しているうちに気にならなくなったのだから。
だから――
「ルナ!」
仲間の鋭い声が耳に届いたのと同時に、ルナは背中に焼け付くような痛みを感じていた。
背中が引き裂かれるような痛みを感じながら、ルナはほぼ無意識のうちに目の端に捕らえた黒い影を力任せに捕まえた。
「宣告! ≪砕・鳳乱舞≫」
捕まえているのとは逆の手のひらを影―悪魔の鳩尾に叩き込むイメージで術を放ったルナは、同時に背後に倒れこんだ。
××××
微かに軋む木製の扉を開くと、少女―ルナは半ば倒れこむかのように両膝を付いた。
天使の最大の特徴でもあるその純白の翼は、右側だけが根元から引き千切られたかのように折れていた。
―折られた
ルナの翼は、折られた傷口から血が滴り落ち続け、ルナの衣服だけではなく、何もかもを真紅に染め上げていた。
かなりの激痛を伴うだろうに、ルナは指先一本も動かさず、まるで人形のように膝立ちのまま、両手を凝視していた。
「痛いよ……」
零された言葉は苦痛を告げる言葉ではあったが、それは身体に与えられたものではなく、精神に与えられた痛みを訴える言葉だった。
その証拠に、ルナは翼から流れ出る血には頓着してはいない。
「わたし……が」
震える両手で腕を抱きしめながら、ルナは涙を流していた。
「わたしが、殺した……」
『告死天使』と呼ばれる魂に“死を告げる”天使とは異なり、積極的に他者の命を奪うことを許された天使。それが、アルテナ=ペリドットだった。
彼らは『神聖騎士』と呼ばれ、天界のために血に染まることを許され、また戦場に必要とされる存在。
「ぁ……ああぁ……あ……ぁあぁぁっ!」
狂気にも似たその絶叫は、アルテナの声が嗄れるまで続いた。
それは彼女が戦えなくなるその瞬間まで、彼女自身が血に塗れることを決めたあの瞬間から。