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気付いてはいけなかった話。

作者: あお

 幼い頃、小学生くらいだっただろうか? 祖母に言われたことがある。


「もし見えてはいけないものが見えてしまったとき、絶対に気付いていないふりをしなさい。そうじゃないととり憑かれてしまうよ。」


 確かにそう、教えられた。


 だけど私はおばけや幽霊、そんなものを欠片も信じていなかった。


 だからその事をすっかり忘れてしまっていたのだ…



 高校生の頃の話だ。お盆休みのこと、私たちは母の実家へ遊びに行った。

 母の実家は山奥にある田舎で、普段あまり車に乗らない父の運転で行ったせいだろうか、ついた頃には私はすっかり酔ってしまった。

 なので皆がお寺へ墓参りに行くなか、私は一人で留守番することになった。



「…暇だなぁ……」


 祖母の家にはWi-Fiもなく電波も悪い。さして面白い番組もなかったので私はテレビをきり、居間でごろりと寝転がっていた。


 クーラーもなかった。でも窓を開け放しておくと時折山から吹く風が涼しく、扇風機ひとつで十分すごしやすく感じられた。


 聞こえてくるのは、首を振る扇風機、カナカナと鳴く蝉の合唱、時折揺れる風鈴の音。

 何故だかとても穏やかで静かな時間に感じられた。

 だから私は鼻腔をくすぐる蚊取り線香の匂いを感じつつ、いつの間にかうつらうつらと眠りについてしまった。


 ザーッという夕立の音に眼を覚ますと、日は山の端に呑まれ辺りがだいぶ暗くなっていた。母の実家のある田舎は山が近く、都会よりもずっと早く日が沈む。

 携帯を見ると母からラインが来ていた。父の車のバッテリーが上がってしまったので遅くなるとのことだった。

 私は『わかった』とだけ返信すると、窓を閉め部屋の電気をつけてすっかりぬるくなっていた麦茶を新しく汲み直しにキッチンに行き、そしてまた居間に戻ってきた。


 窓を閉めたせいか、夕立のせいか、居間は少し蒸し暑く感じられた。


 理由は無い。ただなんとなくふと庭を見ただけだ。


 そこには髪の長い女性が静かに佇んでいた。


 ビクンッと体が強ばり、麦茶の中の氷がカランと音をたてた。


 …なに…… なにをしているの?


 なにもしていない。女性はただじぃ~っと庭に立っているだけである。


 …いったい、いつから……?


 先程窓を閉めた時は女性はいなかった。キッチンに行っていたのだってほんの1、2分の間だ。


「…あの……?」


 無意識に、私は声をかけてしまった。


 でもその声はか細く、窓越しでしかも夕立の雨音に書き消されて、女性には絶対に届きはしないもののはずだった。


 ぐりんっ


 女性の首がねじ切れそうな勢いでこちらを向き、


 にたぁ


 と、雨に濡れて貼り付く髪の毛の下、唯一見える口が笑みの形に変わった。


 しまったっ!


 冷静に、少し考えればわかることだ。雨の中、傘も指さずにじっと佇んでいる女性などおかしいに決まっている。

 ことここに来て、私はようやくその女性が気付いてはいけないものだと悟った。


 窓の向こう、女性は、一歩、また一歩、とこちらへ近づいてきた。


 どうしよう?どうする?どうしたらいい??


 冷や汗がどっと吹き出て、蒸し暑さを感じていたはずの居間は鳥肌が立つほど寒く感じられた。


 逃げなきゃ…!!


 女性はどんどん近づいてくる。それでも体は金縛りにあったように動けず、乾いて粘り気を感じる口だけがカタカタ震えた。


 逃げなきゃ!逃げなきゃ!!逃げなきゃ!!!


 それでも体は動かず、女性との距離はずんずん縮まる。


 ぴたっ


 突然、窓まではまだ少し距離のある位置で女性が止まった。


 …?


 わけがわからない。でも、女性は止まった。窓の向こう、雨の降る庭で、びしょ濡れになりながら、足を止め、にたぁと笑ってこちらを見ている。


 …あっ!


 私は気付いてしまった。


 本当に気付いてはいけないことに気付いてしまった。


 外は薄暗く、電気をつけた部屋は明るい。窓にはぼんやり部屋の中が写り込んでいた。

 そんな窓に写った部屋、庭にいるはずの女性が立っている場所は…


 ちょうど私の真後ろ……


 ぴちょんっ


 いるはずのない場所から水の滴る音が聞こえて、


「…気付いた?」


 女性の声が生暖かい息と共に、私のうなじにかけられた。


 がしゃっと音をたてて、手から滑り落ちたコップが割れた。でも私はそんなことは気にせず目についタオルケットを頭から被り地面に丸まった。


「あはっ気付いた、気付いちゃった、気付いてしまった。あはっあははっあははははははははっ」


 気付いてません気付いてません気付いてません気付いてません…


 私は耳を押さえて女性の不快な笑い声が響く中、念仏のように唱える。


「あはっ駄目だよ、嘘は駄目。君は気付いた、気付いちゃった。あははははははははっ」


 気付いてません気付いてません気付いてません気付いてません…


 女性の笑い声がぴたりとやんだ。


「気付いたんだろ!気付いてんだろ!!無視をするな!こっちを見ろ!!!」


 女性は突然怒りだし、すごい力でタオルケットを捲ろうとしてくる。


 やめて、やめてください。助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて…………


 ガラガラガラ


「ただいま。」


「ちっ!!」


 玄関の戸が開き家族が帰ってくると女性は舌打ちひとつして気配が消えた。




 居間は水浸しになっていたが祖母はなにも言わずに私に塩をぶっかけた。翌日にはお寺へ連れていってくれてお祓いをして、私はそれ以降、あの女性を見ることはない。


 ただ覚えていてほしい。


 もし、見てはいけないものが見えてしまったときは絶対に気付いてはいけない。気付いてしまったとしても気付いていないふりをしないといけない。


 私は今でも、鏡や夜の窓を直視することができない。

つまり、タオルケット最強!!

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