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第四話

 

「クレア、僕は学校に行くことに決めた。僕は家を出るよ」


 キース兄様のその一言は私をひどく動揺させた。

 キース兄様は私にとって初めて出来た大切な家族だった。

 大切なものをたくさん教えてくれた人だった。

 ずっとずっと一緒にいたかった。

 それが叶わないことは知っていたけれど。

 それを私は願っていた。

 しかし、どうやらそんな私の願いは叶わないようだ。

 私はまだ5歳なのだ。

 子供ずきる私は、大人のようにはい、そうですか、とすんなり受け入れることなんてできなかった。

 受け入れたくもなかった。


「嫌だ!嫌だ!嫌だ!そんなの絶対嫌だ!私は絶対!絶対!認めないんだから!」

「クレア!!!」


 そう言って、私はキース兄様を押し退けて部屋を飛び出した。

 後ろの方で、キース兄様が叫んでる声が聞こえてきた。

 どうやら、サキがキース兄様の足止めをしていてくれたようだった。

 私は走って走って走って、勢いよく書庫の扉を閉めた。

 もう何も聞きたくなかった。


「クレア、拗ねるのはもうやめにしたらどうかにゃ」

「拗ねてない」

「拗ねてるにゃ」

「うるさい!!」

「にゃー」


 サキが心配そうに体を擦りつけていた。

 いつもは素直に聞けるサキの言葉も、何故だか今は反抗してしまう。

 自分でもよくわからないほどに、私は苛立っていた。

 キリとサキにも背を向けて、私はうずくまっていた。

 こんなのは自分らしくなかった。

 そんなのわかっていた。

 でも、感情が爆発しそうでとうしようもなかった。

 気がついたら、私の頬には涙がつたっていた。

 その時だった。

 書庫の扉が勢いよく開いたのは。


「クレア!いつまでも拗ねてんじゃねぇよ!」

「フィン兄様!?」


 なんと、フィン兄様が書庫に飛び込んできたのだ。

 フィン兄様以外の家族がこういうことをしても全然驚かないのだけれど。

 まさか、フィン兄様がするとは。

 私は驚きのあまり、固まってしまった。

 そんな私に近づくと、フィン兄様は私の頭思い切り叩いた。

 それも、かなりの力で。


「クレア!お前、キース兄様の気持ち考えたのか!?」

「…イタッ…って気持ち?」

「そうだ!あのクレア大好きなキース兄様だぞ!クレアと離れることが嫌じゃないわけないだろ!」

「そうだけど、でも…」

「でも、じゃねぇ!いつまでもうじうじしてんじゃねぇよ!お前らしくねぇ!今、お前にできることはなんだ!?キース兄様に伝えないといけないことはなんだ!?」

「何だろ…?」

「それくらい自分で考えろ!じゃあな!」


 フィン兄様はそう言い残すと、大きな音を立てて書庫の扉を閉めた。

 私の頭の中で、フィン兄様の言葉が何回も何回も響いていた。

 そして、気づいた。

 私が自分のことしか考えていなかったということに。

 キース兄様の気持ちなんて、ちょっとも考えなかったことに。

 私はなんて馬鹿なことをしていたのだろう。

 そんなことで、キース兄様と喧嘩してしまったなんて。

 そして、私は決心した。

 キース兄様が気持ちよく家を出れるように、自分に出来る精一杯のことをしようと。


「キリ、サキ、ちょっと手伝って」

「にゃ!」

「おう!」


 私はキリとサキを連れて、書庫から出た。

 キース兄様がいなかったら、きっと私は今もまだ書庫に閉じこもって、ずっと本とにらめっこしていただろう。

 ただただ無表情に、まるでロボットのように過ごしていたことだろう。

 私を人間にしてくれたキース兄様に、私が出来る精一杯の感謝を。


「キース兄様、こっち!こっち!」

「え、何!?どうしたの、クレア!?」


 キース兄様が旅立つ前日、私の部屋の前でうずくまっていたキース兄様の手をとって食堂に向かって引っ張っていった。

 重い食堂の扉を開くと、そこにはたくさんの料理、そして家族全員が揃っていた。

 私は小走りで所定の位置に着くと、大きく息を吸いこんだ。


「せーの!!!」

「「「「「キース、いってらっしゃい」」」」」


 キース兄様は目をまん丸くして、まだ状況を把握していないようだった。

 パチパチと全員で拍手をし、私たちはキース兄様を祝福した。

 ちょっと落ち着いた頃、私はキース兄様の手をとって、キース兄様を椅子に案内した。


「キース兄様?私、キース兄様のおかげで笑うことができた。キース兄様のおかげで拗ねることもできた。キース兄様がいなかったら、私、人間になれなかったと思うの。本当にありがとう!大好きだよ、キース兄様!!」

「…クレ、ア…」


 私の言葉を聞くと、キース兄様はぐっと顔を歪ませた。

 そして、私に抱きつくと、わんわんと泣き始めた。

 キース兄様のいきなりの行動に驚きながら、私は優しく背中をさすった。


「これじゃ、私がお姉さんみたいだね」

「…うぅ…僕がお兄ちゃんなんだから…う…うぅ…」


 そう言いながら、キース兄様は笑っていた。

 もう、泣いてるのか笑っているのかわからなかった。

 それにしても、キース兄様はなかなか泣きやまなかった。

 ようやく泣き止んだと思ったら、泣き疲れたのかキース兄様は私の腕の中で寝てしまっていた。


「こんなに料理とか用意したのににゃ」


 横でサキが呟いたのが聞こえた。

 それでもいいのだ。

 キース兄様がこんなに喜んでくれたんだから。

 用意された料理をみんなで食べながら、私たちはキース兄様について話していた。

 小さい頃の話とかキース兄様のいいところとか。

 どんなに話しても、話が尽きることはなかった。

 ひと段落して、部屋で静かに紅茶を飲んでいると、コンコンと部屋が叩く音がした。


「クレア、起きてる?」

「キース兄様、どうしたの?」


 どうやら、キース兄様のようだった。

 部屋に入り、私の向かいの椅子に座ると、キース兄様は深々と頭を下げた。


「クレア、ありがとう」


 そう言うと、キース兄様は自分がどうして学校に行くことになったのかを詳しく話してくれた。

 それをどうして私にだけ言えなかったのかも。

 そして、そんな自分を受け入れてくれてありがとう、と再び頭を下げてくれた。


「クレア、そこで一つお願いなんだけど…」


 本当に変態、と私は笑った。

 お別れの仕方まで、キース兄様はキース兄様らしい。

 その夜、私たちは仲良く二人で寝た。

 これが最後だと思うと、少し寂しいようなそんな気がした。

 朝起きると、隣にキース兄様の姿はなかった。

 寝ぼけたまま、ふらふらと玄関に向かうとそこにはちゃんとした格好をしたキース兄様がいた。

 その姿を見たら、また涙がこみ上げてきた。

 でも、泣かないで見送るって決めたから。

 ぎゅっと涙をこらえて、私はキース兄様に抱きついた。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 そうして、キース兄様は家を出ていった。


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