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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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意地悪令嬢、解放される

 

 

 

 

 

 その日は突然やってきた。

 それは我が家で行うお茶会開催日の前の晩のこと。

 私がお誘いしたお茶会なので石占いを披露するのもいいかもしれない、なんて思いながら石が入った革袋を手に取った。

 ふと革袋に手を突っ込むと、指先にほんのりとしたあたたかさを感じる。石しか入っていないはずの革袋の中がなぜあたたかいのかという疑問を感じながら、熱の発生源だと思われる石を一つ革袋から取り出した。


「アイオライト」


 熱を持っていた石は、遠足の日にあの神殿の地下で拾ったアイオライトだった。

 それを見た瞬間、思い出したのは例の千年の呪いの一件だ。

 呪いを浴びた場所で拾った宝石だったからというのもあるけれど、似ているのだ。このアイオライトから感じる光が、あの日の光に。

 呪いを解く日は近いのかもしれない、そう思うと不安で仕方がなかった。

 どうしようもない、漠然とした不安をどうにか逃すため、私は縋るような思いでルビー様に貰ったルビーを握りしめていた。


「うわっ」


 アイオライトから感じていた熱が上がったと思った次の瞬間、光が強くなった。

 すぐに直視出来る光ではなくなって、思わず目を閉じる。

 そして次に目を開けると、正面に見知らぬ大きな扉があった。薄暗くて、湿っぽい空気が漂っているので、おそらく扉の向こうはあの神殿の地下だろう。今の今まで自分の部屋に居たはずなのだが。

 瞬間移動をしてしまったのか、いつものように明晰夢なのかの判断はまだ付かなかった。


「大丈夫ですか、レディ」


「ひえっ、あ、ルビー様!」


 私がルビーを握りしめてしまったからだろうか、いつの間にか隣にルビー様が居た。


「さあ、行きましょう」


「え、どこに?」


「解くのですよ。千年の呪いを」


「えぇ……やっぱりぃ……」


 予感通りというか、用意されていたイベントが発生した感じというか。だってこれRPGとかだったらイベントムービーが流れ始めるやつじゃん。そんでボス戦が始まるやつじゃん……。

 大丈夫かなぁ、もうちょっとレベリングしてくればよかったー! とかならないかなぁ。


「不安そうな顔をしないでくださいレディ。あなたなら大丈夫ですよ」


 そう言って優しく微笑んでくれたルビー様の麗しいこと麗しいこと。

 これだけ心強い味方が居るのだ、きっと大丈夫だろう。

 大地の神だろうがなんだろうがかかってきやがれ!

 私はそんな気持ちで、目の前の扉を押し開けた。

 扉の向こうには、やはり薄暗い空間が広がっていた。

 部屋の一番奥には光を放つ何かがあるのと、逆光になっていてよく見えないけれど、人影がある気がする。


「えーと、失礼します」


 小さく呟き、部屋の中へと足を踏み入れる。

 すると、人影が動いた。


「近寄るな!」


 姿こそよく見えないけれど、聞こえた声はとても穏やかとは言えない、明らかな怒声だ。

 驚いた私は怯んで足を止めたけれど、ルビー様に背中を押されたので、また歩き出す。


「来るなと言っているだろう!」


 明らかな怒声ではあるけれど、なぜだかどこか悲し気だった。

 不思議なことに、私の心から徐々に恐れが消えて、今では心配という気持ちだけが残っている。


「ごめんなさいね、近寄らせてもらうわ」


 そう断りを入れて、急いで声の主のほうへと駆け寄る。

 顔が見えるところまで一気に近寄るつもりだったのだが、それは出来なかった。

 ぼんやりと見えるようになってから気が付いたのだが、声の主は剣を持っているらしい。

 しかもその剣の切っ先がこちらを向いている。

 このまま突っ込んだら話をする前に刺さってしまうわ。危ない危ない。


「ねぇルビー様、松明に火を灯してもいいかしら?」


「それなら私が」


「何を勝手な、やめろ!」


「あなたとお話がしたいのよ」


「なんだと?」


 そんな会話を交わしながら、私とルビー様は淡々と壁の松明に火を灯していく。

 部屋がなんとなく明るくなり、やっと室内の全体図が見えた。

 扉から見て真正面、部屋の最奥にはキラキラと輝く宝石の壁があった。

 そしてその壁の手前には花に埋もれた寝台のようなものがあり、人が横たわっている。

 さらにその寝台の前に、先ほどの声の主が立っているわけだが。


「……ちょっと失礼してもいいかしら?」


「だ、だめだ、誰だお前は……」


「わたしはエレナ・アルファーノ。その……多分今そこに横たわってる子の生まれ変わりですね」


 花のせいで見えづらいけれど、あの寝台に横たわっているのは例の女学生だ。

 そしてそれを必死で守っているのは、護衛の騎士だろう。


「いやでも生まれ変わってるはずなのに、なぜ」


「執念だけで姿を保っている残留思念というものです」


「残留思念」


 ルビー様の言葉をオウム返しで呟いてみたもののちょっとよく分からない。


「魂を持たない霊体、とでも言えばいいのでしょうか」


 幽霊じゃん。マジかよ。


「魂はとっくに転生しているのに、取り残されてしまった亡霊です」


「そんな、前世のわたし、幽霊になっちゃってるの……」


 私がそう呟くと、ルビー様はくすりと笑う。


「それは違います。執念が強すぎる亡霊は騎士のほうです。あちらは亡霊が作り出した幻影のようですね」


 ルビー様の言葉を聞いた護衛の騎士は、悲し気な様子で私たちから視線を逸らした。

 その顔を見た私は、涙が出そうになっていた。


「ごめんね、わたしなんかに関わっちゃったせいで、こんなに長いことつらい思いをさせて」


 そんな私の言葉に、彼は悲し気に眉根を寄せて、力なく首を横に振った。


「……つらい思いをしたのは彼女だ。彼女はきっと、この世界やこの世界の人間を恨んでいる」


「そんなことないよ。わたし、その子が書いた日記を読んだけれど、恨む気持ちなんて一つも書かれてなかったもの。あなたが居てくれたから」


「俺、が」


 そう呟いた彼のほほが、うっすらと赤く染まる。

 日記読んでるときも思ってたけど、こいつら多分両想いなのにお互い片想いだと思ってるよね?

 そんなに気付かないもんかね?


「生きてる間もずっと守ってくれてて、さらに死んだあとも守ってくれてたなんて知ったらきっと喜ぶわ」


「彼女を守るのが俺の仕事だから」


 仕事だったのだろうけれども死後千年も守り続けるのは仕事の範疇を超えていると思う。無粋だと思うから言わないけれど。


「記憶はないけれど、彼女の生まれ変わりとして言わせてもらうわ。本当にありがとう」


 彼はもう一度、ふるりと首を横に振った。


「……で、その千年の呪いとやらを解かなければならないんだけども?」


 何をすればいいのだろうか、と護衛の騎士とルビー様の顔を交互に見る。

 二人とも呆然としている気がするのだが大丈夫だろうか。騎士はともかくルビー様は貴重な戦力なのでしっかりしていただきたい。


「確か呪いを解く鍵は六つの魂とか言われてた気がするんですが、あれってどういう意味なのでしょうね?」


 と、首を傾げた私の顔を見たルビー様が、我に返ったようにこくこくと頷く。


「あれは六つの迷える魂を救いなさいという意味だったのですよ。元は国王に掛けられるはずの呪いでしたので」


 要は慈善活動で罪滅ぼしをしろってことだったのかもしれない。


「残念ながら救った記憶がないのですが」


「何を言っているのですかレディ。あなたはもうすでに六つ以上の迷える魂を救っております」


 何を言っているのですか、はこちらの台詞だが?


「一切身に覚えがないです」


「無意識で人を救える、それでこそあなたですね」


 わーいめっちゃ褒められてるー! いや喜んでる場合じゃないわ。


「いや本当に冗談じゃなく」


「身近なところで言えば、あなたの幼馴染であるレーヴェやブランシュ侯爵家のご子息であるローレンツ。あなたの友人であるスヴェン王子やナタリア、フローラも救われています」


 レーヴェは一緒にゲームしてただけだな。

 ローレンツ様はまぁ確かに悩んでたから相談には乗った。ナタリアさんの相談にも乗ったことあったな。

 フローラは、どうだろう。神と崇め奉ったことならあるけれど。


「それから、あなたの従者ロルスも」


「ロルス……」


「もっとも、彼の魂はあなたに寄り添い続けることで救われているのです」


「寄り添い続ける……?」


 私が首を傾げると、ルビー様はふと護衛の騎士に視線を向けた。


「執念だけで千年も亡霊をやっていますからね」


「……やっぱり、ロルスはあの護衛の騎士の生まれ変わり、なの?」


 にこりと笑ったルビー様の麗しい笑顔は、きっと肯定の笑顔だ。


「ということは、もしかして、わたしは彼の魂の持ち主に繰り返し繰り返し悲しい思いをさせているのでは?」


 あの本を読んだときに思ったのだ。

 私が死ぬたびに毎度毎度悲しむやつが身近に居るな、って。あれが全部同じ魂の持ち主だったとしたら。


「あなたに寄り添えるのなら、その悲しみは受け入れなければならないから。それがこの魂の選んだ道です」


 否定も訂正もないってことは、やっぱり全部同じ魂だったのか。前世のゲームマニアも。

 いやどんだけ私のこと好きなの。……千年も執念を持ち続けるくらい好きなのか。マジか。応えられるかな……。


「わ、分かりました、とにかくその呪いを解く鍵である六つの魂の部分は大丈夫ってことですよね」


「はい。残すは魂に打ち付けられた呪いの杭を抜けば、呪いは解けます」


「呪いの杭?」


 なにそれ、と首を捻ると、ルビー様の視線が動く。


「あれです」


 あれ、という言葉が示したのは、目の前に広がっていた宝石の壁だった。


「あれって、壁ですか」


「あの美しく輝くアメジストのような宝石が、あなたの魂を具現化したものです。その真ん中に刺さっているのが杭です」


 そう言われてからよく見ると、壁の中央に青く鋭い宝石が突き刺さっていた。


「あれ、抜けます?」


 ぐっさりと刺さっているのだが。


「触れるだけで消滅するでしょう」


 触れるだけでいいのなら、と一歩踏み出すと、ふいに手首を掴まれた。

 何事かと思いながら振り返れば、悲しげな顔をした護衛の騎士と目が合った。捨てられた犬のような顔をしている。


「呪いが解けたら、この魂は……」


「あぁ……」


 彼が言わんとしていることが、なんとなく分かった。

 呪いがあったからこそ、何度転生をしてもずっと一緒に居られたんじゃないかって思ったんだろう。

 呪いが解けたら、来世では出会えないかもしれない、なんて。今、私もそう思ったから。


「もう少し自分の執念を顧みたらどうだろうか」


 ふとルビー様が呟いた。


「執念を?」


「千年も守り続ける執念があるのなら、来世だろうとそのまた来世だろうと探し出す執念くらい軽いものでしょう」


 ルビー様の言葉に、私も護衛の騎士も「確かに」と呟かざるを得なかった。


「うん。悲しい思いを繰り返させるのはもうたくさんよ。この呪いを解いて、これからは一緒に幸せを繰り返しましょう」


「ああ、そうだな」


 護衛の騎士の笑顔と、ルビー様の笑顔を確認してから、私は思い切って杭と言われた青く鋭い宝石に触れたのだった。



「それでこそ、我々が惹かれ続けてやまない魂の持ち主です、レディ」





 

なんか小難しい回はこれにて終了です。お付き合いくださりありがとうございました。

次回、皆様お待ちかねであろう母回が来ます。お楽しみに。

評価、ブクマ、感想や拍手いつもありがとうございます。そしていつも読んでくださってありがとうございます。

終わりが見えてまいりました。もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

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