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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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意地悪令嬢、詰みを悟る

 

 

 

 

 

 恐ろしいことが起きている。

 フローラが私からレーヴェを奪おうとしているという噂が蔓延ったせいで、彼女の評判がどんどん落ちていっている。

 そのせいで私は意地悪令嬢ではなく悲劇のヒロインのようなポジションに立ってしまっている気がする。

 問題はこれでいいのかどうかが一切分からないというところだ。

 悲劇のヒロインは放置しておけばレベルが上がって意地悪令嬢に進化するのだろうか。

 それとも何かしらのアクションを起こして意地悪令嬢への転換スイッチを入れなければならないのだろうか。

 そもそも私の意地悪が下手くそだということにも問題があるのだろう。自覚はある。

 でも逃げていく相手に意地悪という武器を当てるのがなかなか難しいのだ。なんせ私は追うことよりも逃げることのほうが得意なのだから。


 学園へ向かう馬車の中で、あれこれ考えながら思い悩んでいると、ロルスの視線がこちらに向く気配を感じた。


「お嬢様」


「ん?」


「また悪夢について考えているのですか?」


 ロルスは私が昨日自分が見た夢について思い出そうとして己の頭を殴るという自傷行為に走った件にものすごく驚いたらしい。

 そのせいであれからずっと私の心配をしている。


「今は現実について考えているだけよ」


「現実というと、五代目国王の死因などですか?」


「死因」


 私たちの会話を聞いていたお兄様がすかさず口を挟んできた。

 年頃の娘が国王の死因について考えてるって、結構変なお話だものね。


「……まぁ、死因についてももっと知りたいところだけれど、今は別のことを考えていたわ」


「別のことでしたか」


「そう。若い頃の六代目国王の肖像画を見たとき、なぜだか分からないけれど嫌な感じがしたの」


 私がそう呟くと、ロルスもお兄様も不思議そうに首を傾げた。

 意地悪令嬢としての振舞い方を考えていただなんて言えるはずもないので、咄嗟に昨日感じたことを口にした。


「肖像画を見ただけで嫌な感じがしたの?」


 お兄様の問いに、素直に頷いて見せた。


「ただ漠然と、嫌な感じがしたんです」


「嫌な奴に見えたのかな? それともあの手の顔が苦手とか?」


 肖像画自体は穏やかな表情をしていたので嫌な奴には見えなかったし、歴代の王族は大体美形揃いなので苦手な顔ではない。まぁ好きなタイプの美形でもないけれど。


「嫌な奴……顔……いや、どちらも違う……嫌悪感と得体の知れない恐怖……」


 そうぶつぶつとこぼしていると、心配が頂点に達したらしいロルスが口を開いた。


「お嬢様、あまりいい感情ではないようですし、考え込まないほうがいいかと」


「まぁ、うん、そうね」


 いずれまた考えることになる気がするけれど、ロルスを心配させるのは本意ではないし今考えるのはやめておこう。


「ロルスくんは心配性だね」


「申し訳ございません。しかし昨日お嬢様はこのことを考えながらご自分の頭を叩き始めましたので」


「え、エレナそんなことしてたの!?」


「叩いたら何か思い出すかなぁと思いまして」


「やめて!」


 めちゃくちゃ怒られました。


 そんなことがあった日のお昼休み。

 昼食を済ませた私はロルスを伴って図書館へきていた。

 ロルスがあまりにも心配するので一緒に楽し気な冒険物語でも読みましょうか、なんて話になったので。

 いつもは下僕が一緒に物語を読むなど、とかなんとか言うロルスも、私の意識を逸らすためなら付き合ってくれるらしい。

 一緒にならちょっとくらいホラーっぽいお話も読めるかなぁなんて企みながら図書館に足を踏み入れると、そこには見知った後ろ姿があった。

 図書館の片隅に一人きりで黙々と机に向かっているフローラだった。

 ヒロインである彼女が一人きりならば、意地悪令嬢として接触しない手はないだろう。

 そう思った私は好機とばかりに彼女の背後に忍び寄る。

 彼女は私の存在に気が付いただけで逃げていくのだから、私が背後からそっと近づけば猛烈に驚くだろう。

 かつて私が生きていた日本という世界では、確か人を驚かすことも暴行罪になったはずだから、私が今からやろうとしていることは度が過ぎるほどの意地悪だ、きっと。

 そっとロルスのほうを見て、自分の口元に人差し指を立てる。


「ちょっとだけ近づいてみましょう。静かにね」


 そう言うと、ロルスは一度首を傾げたものの、静かについてきてくれる。

 そーっとそーっと近付いて彼女の背後から、彼女が見ている本を覗く。

 そこには花の品種改良という本がいくつか積まれていた。どうやら彼女は本を見ながらその内容をノートに書き写しているらしい。


「花の品種改良……その本は面白いの?」


 小さな声で話しかけると、彼女は顔を上げることも手を止めることもなく「はい」と答えた。

 どうやら私だということに気が付いていないらしい。


「ご自分で品種改良するの?」


「いえ、華占いのために花についてあれこれ調べていたら楽しくなっちゃっただけで実際に改良まではしません」


 これだけ会話が成立しているのに私だと気付かないだなんて、彼女はどれほど集中しているのだろうか。

 このままだともう仲良しになる程度まで会話が出来てしまうのではないだろうか。それはそれで面白いけれども。


「華占いに使えそう?」


「花言葉が複雑になるので直接は使えないかもしれないんですけど、華占いの見た目を豪華にするために色んな花を知るのも大切だと先生に習いまして」


「そう」


 石占いの場合は見た目を豪華にするためキラキラした魔法陣を描いたりするのだが、華占いはまた違った手法で派手さを出すのだなぁ。

 っていうかこの子マジで気付かないな。驚かすために近付いたのに、私のほうが驚いている。

 これは無理やりにでも気付かせなければという焦りを感じ、彼女の手元を見るように、もう少しだけ近付いた。

 すると今まで彼女の頭で隠れていたノートの中身が見える。そこには本を見て書き写したであろう文章と、とても可愛らしい絵が描かれていた。


「……あなた、絵がとても上手なのね」


「父が絵本作家でして、絵は昔から描いていましたし仕事にも」


「わたし……わたし、その可愛い絵に見覚えがあるわ」


 その時、フローラがやっと顔を上げた。そしてそのままこちらを見て、私もノートから彼女の顔に視線を移したので視線が見事に絡み合う。


「ひ、ひぇっ」


 フローラは私と目が合った瞬間、変な声を発しながら立ち上がり脱兎のごとく逃げだした。とても早かった。きっと私が咄嗟に放った「待って」という言葉は彼女の耳には届かなかったことだろう。


「お、お嬢様?」


「ロルス、ロルス見て、これ、この絵」


 あまりの驚きに足が言うことを聞かなくなりそうだったので、私はロルスの胴体にしがみ付きながら彼女の残したノートを指さす。


「可愛らしい絵ですね」


「どこかで見たことあるでしょう?」


「言われてみれば、どこかで……」


「これ、あの魔女のゲームと同じ絵だわ」


「あの魔女はこんなに可愛らしくないですが」


「確かに。……じゃなくて、あの魔女のゲームの作家様が作っていた他のゲームを思い出してよ」


「他のゲーム。……あぁ、そういえばとても似ている気がします。けれど同じかどうかは」


「同じよ! これは絶対にあの作家様の絵だわ……大好きなんだもの、見間違えるはずないじゃない」


 だとしたら、だとしたらどういうことなんだろう?

 このノートを残していったのはフローラで、この絵を描いていたのもフローラで、あのゲームに使われていた絵を描いていたのも……?


「こ、これはどういうことなのかしらロルス」


「お嬢様が間違いないとおっしゃるのならば、あのゲームの絵を描いたのはあの方なのではないでしょうか」


「あの作家様がゲームを作らなくなったのは……」


「この学園に編入したため作る時間がなくなったのでは?」


 混乱が頂点に達した私は、いつの間にやらいい具合に成長していたロルスの胸板に顔面を押し付けた。頭上から「どうなさったのですかお嬢様」というロルスの声が降ってくる。


「ダメだわ。これはダメだわロルス」


 私、多分詰んだわ。

 私たちの推理が正しかったとして、彼女が本当にあのゲームの作家様だったとしたら、私は今後神にも等しい人物に意地悪をしなければならないということなのだ。

 無理。無理に決まっている。神だぞ? 恐れ多いしまず罰が当たる。

 NPCとしての矜持と神を敬う気持ちを天秤にかけたら、当然のように神を敬う気持ちが大きすぎてドカンと地面にめり込むレベルだ。無理無理無理。NPC続行とか無理。不可能。

 もうすでに今までやってきたことを謝罪したい気分だもの。

 つい、好奇心に負けて意地悪令嬢を目指すことにしたものの、これは無理だ。諦めざるを得ない。傍観を楽しみにしていた母には申し訳ないけれども。

 でもやっぱり母より神だ。神は偉大なり。


「……お嬢様、そろそろお昼休みが終わりそうです」


 ロルスに抱き着いて胸板に顔を埋めていたらそこそこの時間がたっていたようだ。


「教室に戻らなくちゃ……」


「この忘れ物はどういたしましょう?」


 ロルスの言った忘れ物というのは、フローラが残していったノートだ。


「……持って行ってあげなさい」


「え?」


「わたしは恐れ多くてどんな顔したらいいか分からないもの。ロルスが持って行ってあげなさいよ」


「しかし、私は下僕ゆえ教室には」


「下僕なんだからわたしの言うことを聞くべきだと思うの」


「僭越ながらお嬢様、こう都合のいいときだけ下僕扱いするのはいかがなものかと」


 口答えの多い下僕ですこと! でも今の私にはもう意地悪出来る相手がロルスしかいなくなってるのよ!


 ノートを持って渋々教室まで来てくれたロルスの左腕に張り付きながら、私は考える。

 フローラが本当にあの作家様なのかを確認する術はあるだろうかと。


「お嬢様、大丈夫ですか」


「実質大丈夫じゃないわね」


 ロルスが教室内を覗き込むと、それに気が付いたらしいレーヴェが出てきてくれた。


「珍しいね、ロルスが教室までくるなんて」


「忘れ物を届けに来たのです」


 そう言って、ロルスは例のノートをレーヴェに渡した。


「んくっ……、うん、わかった。俺が渡しておくよ」


「ちょっと待ってレーヴェ、あなた今笑いを堪えなかった?」


「いや全然」


 全然と言いながら、口元が完全に笑ってしまっているのだが。


「絶対笑ってるじゃないの!」


「いや笑ってない笑ってない。あ、そうだエレナ、今日の放課後は遊べる?」


「え? 遊べるけど」


「じゃあ娯楽室で一緒にゲームをしよう」


 あからさまに話題を逸らされたが、ゲームで遊ぶことに反論はないので素直に頷いたのだった。





 

完全に詰んだ(今更)

評価、ブクマ、拍手等ありがとうございます。そしていつも読んでくださってありがとうございます。


あけましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いいたします。

今年の目標は、今年中にこのお話を完結させることです!

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