意地悪令嬢、夢の手がかりを得る
初めて見た王子様は、従者待機室でキレ散らかしていた。
キレ散らかすだけならまだしも、私に絡んで来たりロルスを貶したりメロンパン買い占めたりと散々だった。
だから、さぞかしわがままで面倒臭い奴なのだろうと思っていた。
いや、わがままで面倒臭い一面は確かにあったので想像通りではあったのだ。
今見えている姿が、彼のまた別の一面なのだ。
「エレナ様見ました? あの塊の中心に王子様がいらっしゃるんですって」
「チラっと見えた気がするわ」
ナタリアさんが指した方向には人だかりがある。
なんでもここにやってきた王子様に生徒達が群がってしまったらしいのだ。
まぁ有名人みたいなものである王子様が、しかも一つ下の学年の王子様がこの学年の階に姿を現したのだから、そりゃあ皆近くで見てみたくなるものだろう。
と、私は暢気にたまに見えるプラチナブロンドを眺めているわけなのだが。
プラチナブロンドといえば、あの夢の中で私に謝ってた人もプラチナブロンドだったっけな。
「何をしにいらっしゃったのでしょうね、王子様」
「……さぁ」
もしかしたら私のところに来たのかな? と思わないこともないけれど。
それにしても、人々に囲まれてもキレて一喝なんてしないんだな。初めて見たあの時の調子で「俺は見世物じゃない」とでも言えばいいのに。
まぁ無理なんだろうけど。いくら学生だからといって王族が大勢の民に暴言を吐くなんて許されないのだろう。だからあの日、わざわざ従者待機室でキレ散らかしていたのだ、きっと。
そしてそれを目撃してしまった私が嫌がらせを受けたわけだけど。いや、王族が一人の民相手に嫌がらせを働くのもどうかとは思うが、深く考えるのはやめておこう。
結局のところ我慢は出来るのだろう。頭は悪くなさそうだし。
ただ、我慢の末の八つ当たりをしてしまうあたり、まだ子どもなのだろう。
「エレナ! おい、エレナ!」
こうして大声で私を呼んでしまうあたり、配慮が足りないな。やっぱりまだ子どもだから仕方ないのだろう。……いや静かにしろよ目立つわ。
「え? エレナ様、王子様とお知り合いだったんですか?」
「……ちょっと色々あって、なんやかんやでお友達みたいな感じで」
私のその言葉を聞いたルトガーがちょっぴり呆れている。
私と王子様とその騎士との一悶着を知っているからこその呆れ顔なのだろうが、あの一件についてはしっかり謝らせることが出来たしロルスに危害を加えないと約束させたので、私としては大丈夫なのである。
ロルスに危害を加えないという約束は何よりも大きい。
そんなわけで、あれだけ大声で呼ばれてしまったので静観を決め込んでいられなくなってしまった。
私はそろりと立ち上がり、人だかりを目指して歩き出した。
私が王子様に近付くにつれ、群がっていた生徒達が自然と散っていく。
「こんにちは、王子様」
私の姿を見た王子様はきらりと瞳を輝かせたけれど、私の言葉を聞いて少し不服そうにする。
「その呼び方はやめてほしい」
「王子様、ですか」
「そうだ。名で呼んでほしい。……友人なのだから」
「と、仰られても。わたしはあなたに名乗られていないのですが」
そんな私の言葉を聞いた王子様は驚いたように目を瞠った。
「知っているだろう、俺の名くらい」
「もちろん、王子様としてのあなたのお名前でしたら知っています。新聞等でお見かけいたしますし。しかし、友人としてのお名前はまだ教えていただいていません」
「そ、そうか友人として、か。俺はスヴェンだ。スヴェン・グリーベルという名でここに通っている。ちなみに本名はもう少し長い」
なんかプチ情報まで付けられた。
「スヴェン様」
「スヴェンでいい。そもそもエレナは先輩なのだから畏まった喋り方はしなくていい」
私が先輩だという自覚があるのならお前はもう少し畏まれよ、と思わなくもないけれど、とりあえず笑って頷いておいた。
「それで、スヴェンは何をしにここに?」
「あぁ、エレナに見せたいものがあってな。その、放課後図書館に行かないか?」
「今日は……」
今日はレーヴェと遊ぶ予定はないけれど、先日レーヴェをビビらせたあの魔女のゲームの新作が出るらしいから買いに行きたいと思っていたところだ。
出来れば早くゲームを入手したいところなのだが。
「服に興味があると言っていただろう。だから、王族の服飾の歴史が書かれた本を借りてきたんだ」
「王族の?」
「王城内にある図書館に置いてある資料だ。エレナが見ていた服飾の歴史書よりも煌びやかで面白いのではないかと思ってな」
王城内にある図書館に置いてある資料、という言葉で、優先順位が確定した。
「見たい」
「分かった。じゃあ、図書館側のカフェで」
「分かったわ。ありがとう、スヴェン」
私がお礼を述べると、スヴェンは照れくさそうに鼻の頭あたりをいじりながらその場を去っていった。
ちょっぴりうきうき気分で自分の席に戻ると、即座にルトガーが寄ってきた。
「エレナ、お前大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。手懐けたから」
「手懐けたって」
「あの子、友達がほしかったみたいなのよね。……だから、それを逆手にとってあの日の、ロルスを貶した日のことを謝らせた。ロルスに危害を加えないって約束させた」
言質が取りたかったのだ。言質を取るために、交換条件を提示した。
そして私は我が身を差し出した。ただそれだけだ。
「エレナ……、お前は本当にロルスが大切なんだな」
「うん」
間髪を入れずに頷けば、ルトガーは呆れたように笑ったあと、大きめなわざとらしいため息をついた。
「まぁ、エレナがそれでいいなら別に文句はないけどな。でもな、相手は王族だろう?」
「そうね。王族。だから細心の注意は払うわ。極力近付きすぎないようにもするつもり。だけど、今日の放課後は行かなくちゃ」
「放課後?」
「王城内にある図書館に置いてある王族の服飾の歴史書を見せてくれるんですって」
「ほう。……ふむ。……ふーん?」
ルトガーは顎に手を当て、両目を閉じて考え込む仕草を見せる。そしてその顔には興味深いな、という文字が浮かんで見えるようだった。
「気に?」
「なる」
やっぱり。
というわけで、放課後、私は図書館に来ていた。
スヴェンは友人を欲しがっているわけだし、何食わぬ顔で私の隣に居たら新しい友人判定を貰えるのではないかという期待を胸に秘めたルトガーを連れて。
「エレナ!」
図書館の入り口で待っていると、スヴェンが騎士二人を伴ってやってきた。
私の名を呼んだ後、隣に居たルトガーに気が付いてそのルトガーの顔を訝しげに覗き込む。
「お前は、あぁ、エレナの友人の平民か!」
「はい」
「そう、わたしの友人のルトガー」
私やレーヴェ相手でも砕けた喋り方しかしないルトガーが「はい」と返事をしているのを聞いてとりあえず間に入ることにした。
「エレナの友人……。俺もエレナの友人だ」
「はい」
「エレナの友人である俺とエレナの友人であるお前、ふむ。立場はほぼ同じだ」
「うん?」
スヴェンがよく分からないことを言い出しながらなんだかもごもごしている。これはきっと、ルトガーとも友達になろうとしているに違いない。
「スヴェン、さっき言っていた本、ルトガーも一緒に見ていいかしら?」
「もちろんだ! その、俺もお前、ルトガーに聞きたいことがあるんだが」
「俺に答えられることなら、答え、ます」
ルトガーは無理に敬語を使おうとして若干失敗しているが、スヴェンは特に気にしていないようだ。
「畏まる必要はない。エレナを相手に話しているときと同じでいい」
「分かった」
ルトガーだって平民とはいえ先輩なのだからお前がもう少し敬うべきなんだぞというツッコミも、ルトガーもルトガーで一瞬にして砕けすぎだろうというツッコミも、全ては飲み込むべきなのだと判断して盛大に飲み込んだ。
そんなわけで、出来るだけ人の視線から逃れたいというスヴェンの言葉で、今回も図書館側のカフェにある個室へとやってきた。
スヴェンのお供の騎士達は個室前で門番のように待機するらしい。そんな彼らにロルスが来たら入れてやってくれと頼んで、私は椅子に腰を下ろした。
「ルトガーに一つ相談があるのだが」
「なんだ?」
「その……俺も平民の友人が欲しいんだ。しかし平民からはなんとなく避けられていてな。ルトガーは、エレナと友人なんだろう?」
「そうだな。エレナとも、他の伯爵家の子息とか、あと子爵家だの男爵家だのの令嬢とかも友人だな」
「ど、どうやって……」
「最初に友人になったのはエレナだ。エレナの側に居たら他の奴とも自然と友人になった。というか、そもそも俺自身があまり俺の身分について深く考えていないからな。身分についてあれこれ考えてるのは貴族のほうだ」
言われてみればそうなのかもしれない。
私が平民であるルトガーと友人になったことで周囲の貴族達もなんとなく平民と仲良くなっていったが、平民を受け入れられない貴族は確かに居たのだ。
「そう……か」
「エレナが居なければ、俺は他の貴族と仲良くなっていた気がしない。なんせ俺達平民が貴族の機嫌を損ねたら、消されかねないからな」
と言いつつ私を呼び捨てにしてパースリーさん達の機嫌を損ねているルトガーをよく見るのだが、あれはいいのだろうか。
「わたしも、ルトガーが居なければ他の平民の皆と仲良くなれていたかは分からないわ。ルトガーと仲良くなって、あの伯爵令嬢は平民とも仲良くするんだなって印象がついてからは他の皆も怖がらなくなってくれたみたい」
「怖がられる、か。そうか。しかし一人でも平民の友人が出来れば……」
「それが突破口になって徐々に皆と仲良くなれる可能性はある。で、丁度いい平民がここに居るわね」
私とスヴェンの視線がルトガーに向くと、ルトガーは一瞬きょとんとして、すぐに「俺か」と気付いたようだった。
「まぁ、俺で良ければ」
「本当か!? お、俺はスヴェンだ。その、よろしく」
「あぁ、よろしく」
こうしてルトガーとスヴェンはお友達になった。
「まぁ王城内にある図書館の本を見せてもらうんだから友人になるくらいお安い御用なんじゃないかしら」
私がそう言うと、ルトガーはへらりと笑っている。
「なんだ、ルトガーも服飾の歴史が見たかったのか?」
「服飾はともかく歴史に関する本が見たいんだ。王族のものならなおさらな」
ルトガーはテーブルの上に出された本から視線を外さずに言う。
「歴史が好きなのか」
「歴史も好きだし呪文学で色々と調べているからな」
そんなルトガーとスヴェンの会話を聞きながら、私は表紙を捲った。
この本も新しいものから始まり、読み進めるごとに歴史を遡っていく作りになっている。服飾の歴史書はどれも遡るものなのかもしれない。
「さすがは王族の衣装。派手ね」
「そうだな。なぁエレナ、とりあえず六代目あたりを見てみないか?」
とりあえず、というか六代目国王の衣装が気になって仕方がないだけではなかろうか。
しかしまぁ私も気になるので、今は一旦あの夢の件を置いておいて呪文学側の頭に切り替えよう。
「六代目国王の衣装は……、この辺かしら」
ぱらぱらと捲って辿り着いたページには、防具でがちがちに固められた衣装が載っていた。
布地よりも硬い金属や革のほうが確実に多い。
「身を防具で固め、周囲を六方の魔法騎士で固め、六代目国王は一体何から身を守るつもりだったのかしらね……」
四方八方から命を狙われていたのでは、と勘繰りたくなる情報ばかり出てくるな、六代目国王。
「謎は深まるばかりだな」
ルトガーはなんとなくうきうきしたような声色でそう言った。
そして、なんとなくページを捲ると、そこにはなんとなく見覚えのある衣装と髪飾りがあった。
「五代目……王妃……」
この古めかしい衣装と髪飾り。そして今目の前に居るプラチナブロンドの王族。
いや、でも、しかし。
「……ねえスヴェン、そのスヴェンの髪色とこの髪飾り、よく似合いそうよね」
そう声を掛けると、スヴェンはきょとんとする。
「俺は女物の髪飾りなんかしない。しかしまぁ、この髪色は王族にとってはよくある色だから、このときの王妃もこの色だったかもしれないしそれにあわせて作られた髪飾りかもしれない」
もしかして、夢で見たのは五代目王妃だったかもしれない、ということだろうか。
いや、でも、そうだとして、何故その人が私に謝っていたのかが分からない。
「ちょっと待ってろ」
私が内心で混乱していると、ルトガーが立ち上がってどこかへ行ってしまった。
「ルトガーはいいやつだな」
「え? あぁ、そうね。だけど、ちょっとだけスヴェンのことを警戒していたわ」
「な、なぜだ!?」
「なぜって、わたしの従者を貶したときも、あなたが騎士を使って罠を張ってわたしを拉致したときも隣に居たもの」
「それは……」
スヴェンが目に見えてしゅんとした。しかし事実なのだから仕方ないだろう。
「俺、必死だったんだ」
「必死?」
「友人が欲しかった。なのに周囲は俺を見世物のように、物珍しそうに眺めるだけで……。エレナに八つ当たりしてしまった」
八つ当たりの自覚はあったんだ。
「なんでそこまで友人にこだわりが?」
「幼い頃、俺にとって友人というものは物語の中にだけ存在するものだった。周囲には大人ばかりだったし、会話をするのは家庭教師だけだった時期が長かったからな」
親は? と思ったけれど、そういやこいつの親は王様と王妃様だったわ。
「学園に入学すれば、その物語の中にしか存在しなかった友人というものが、自分にも出来るのだと思っていた」
なるほど、期待値がめちゃくちゃ高かったわけだ。
「そうだったの。まぁでも友人なんて血眼で狩りにいくようなものじゃないから、気長に作っていけばいいんじゃないかしら」
「血眼」
「ルトガーが言うように、恐れはあると思うの。わたしだってスヴェンを怒らせたら、と思うと少し怖いわ。生まれ持った身分だから仕方ないことなんだけど」
「そう、だな。身分を捨てるわけにはいかない……」
「でもね、スヴェンが楽しそうにしてたら、周囲も少しずつ近付いてきてくれるんじゃないかなって思うの。ほら、楽しそうに箱を覗いてる人が居たら、そこにどんな楽しそうなものがあるのかなって気になるじゃない?」
「ほう。なんとなく分かる気がする」
「だから、出来るだけ楽しそうにして待ってみるのもいいんじゃないかしら?」
そう提案すると、スヴェンは明るい表情で頷いていた。
「スヴェンさえ良ければ、今度一緒にゲームでもしない? わたしの幼馴染と、従者とで放課後遊ぶことがあるんだけど」
「いいのか?」
「ええ、もちろん。今日、このあと買いに行くつもりのとっても楽しいゲームがあるから」
と、例の魔女の館に誘っていたところで、ルトガーが戻ってきた。
手には少し大きめの本を持っているようだ。
「おかえりルトガー。その本は?」
「美術の本だ。これに五代目王妃の肖像画が載ってるから」
「え、もしかして王妃全員の肖像画が」
ルトガーはぱらぱらとページを捲りながら「いやさすがに全員はない」と笑っている。
「俺も美術には詳しくないし理由は知らないが、五代目王妃はここに載ってる」
該当ページを開いたルトガーが、ずい、と私の前にその本を寄せてきた。
そして、そこにはあの夢で見た美女が居た。
「こ、れ……」
「五代目王妃はとても美しかったし、悲劇の王妃として物語にもなっているからな」
そんなスヴェンの声が遠く聞こえた。
人の声よりも、自分の心音のほうが大きい。
「悲劇の王妃?」
「あぁ。五代目王妃は戦時中、流れ弾で散っているんだ」
「初耳だ! その物語ってのはこの図書館にもあるのか!?」
「え? どうだろうな。王城内の図書館にはあったけど。借りてきてやろうか?」
「頼む!」
その日、私はゲームを買いに行くことが出来なかった。
楽しみにしていたけれど、私の頭がそれどころじゃなかったのだ。
王子を完全に手懐けた!
拍手へのコメントありがとうございます。いただいた全コメントを毎日のようににんまりしながら眺めております。
お返事が遅くて申し訳ないのですが絶対に書きますので気長に待っていていただけたらと思います。




