意地悪令嬢、取り巻きを得る
どなたかいい感じに友達になれそうな人は居るかしら、と教室内を見渡すと、一際目を輝かせながらこちらを見ている女の子が居た。
私の背後に誰か見知った人でもいるのだろうかと振り返ってみたが、そこには誰も居ない。
「エレナ様っ」
あ、やっぱり私だったか。
「えっと、はい?」
彼女の呼びかけに恐る恐るこたえると、その目がより一層輝きを帯びる。
「わたくし、パースリーと申しますの! もしよろしかったら、わたくしとお友達になってくださらない?」
ずい、と距離を詰めてきながらそう言われてしまえば断るわけにもいくまい。一瞬なんとなく遠慮したい気もしたが。
「ええ、よろしく」
にこりと微笑んでそう答えると、別の方向からまた名前を呼ばれる。
「エレナ様、私もお友達になりたい、です! あっ、ペルセルと申します!」
増えた。
彼女達は私をエレナ様と呼び、じわりと両サイドを固めに来た。
確かこの二人、どこかの子爵令嬢だったはずだ。
入学式の際、学園長がこの学園には貴族も平民も居るので皆分け隔てなく仲良くしましょうと言っていたが、やはりそういうわけにもいかないらしい。
このクラスで一番身分が高いのは伯爵家の令嬢である私と、同じく伯爵家の子息であるレーヴェだった。
そんな中、貴族の子達は長いものに巻かれようという魂胆なのか、はたまた虎の威を借るつもりなのか、私とレーヴェの周囲に集まってきているし、その集まりの中に平民の子達は一人も入ってきていない。
しかし……こう、なんというか、エレナ様エレナ様って、これはどう見ても友達ではなく子分か取り巻きでは……?
いやまぁ、でもヒロインのライバルである意地悪令嬢にくっつく取り巻き……構図としては王道かもしれない。
レーヴェも私と同じ立場みたいなものだし、取り巻きがついたりするのだろうか、と彼をチラりと見てみれば、どうもこちらとは様子が違う。
レーヴェの周囲に集まってるのはほぼほぼ女の子ばっかりだ……! あれは取り巻きではなくファンか何かに進化しそうだな。
あれよりマシか。……あれよりマシか? 分からないけどどちらにせよ妙な苦労をしそうである。と、愛想笑いが苦笑いに変わりつつあるレーヴェを見て思ったのだった。
「皆さん、入学式お疲れ様でした。今から学園についての説明をします」
そう言いながら担任が教壇に立った。温和そうな男の先生だ。
彼は担任であり、通常座学を教えてくれるらしい。通常座学というのは語学、算術、歴史の授業。それ以外の、魔法に関する授業は専門的な先生がいるとのことだった。
そしてその魔法の授業は選択制だ。
「それでは今から配る紙に希望の部門を二つ記入してください」
配られた紙を見て俄然テンションが上がってきた。魔法だ。夢とロマンが詰まった魔法だ。
魔法の部門というのは、攻撃魔法・防御魔法・治癒魔法・占術魔法・呪文学の五種に分かれている。
学年が上がるごとにもっと専門的なものも増えるらしいが、そのことは今この手元にある紙には書かれていない。
「二つ……」
しかしこの中から二つだけしか選べないというのも残念な話である。私は出来ることなら全部習いたいというのに。
レーヴェとまったく違う部門を選んで教科書を見せてもらうとしても一つ足りない。
どうしたものか、と紙を見つめながら首を傾げる。
アクションゲームをやっていた身としては攻撃魔法への憧れがとても強い。この世界に魔物や明確な敵がいるわけではないのでアクションゲームばりにガンガン攻撃魔法を使う機会があるのかどうかは分からないけれど。
いやでももしも将来的に何か魔物が沸くとか他国と戦うとか……うーん。ないか。乙女ゲームだもんなここ。いやしかし攻撃魔法をガンガン使える乙女ゲームだってあるかもしれない。
「エレナ様はどれをお選びになるのですか?」
「え? こ」
「攻撃魔法は野蛮ですわよねぇ。やはり淑女の嗜みとして治癒魔法を?」
こ、こうげき……
「……そうね、治癒魔法と、あとは占術にしようと思っていたの」
取り巻き(仮)のパースリーさんとペルセルさんの勢いに負けて流された。攻撃魔法は野蛮なんだとかで女子人気がまるでないらしい。
そもそも攻撃魔法・防御魔法を極めた先に待つのは魔法騎士。騎士は男社会なので女子が習ってもほぼ無駄になるんだとか。くそっ! 習いたかった!
心の中で涙を流しながら、結局無難な治癒魔法と占術を選んだ。呪文学も気にはなったのだけれども。
放課後、レーヴェがファン予備軍に囲まれる前に急いで私のところに来た。
「エレナはどの部門にした?」
「治癒と占術よ。レーヴェは?」
「防御と占術」
「あら、一つ被ったわね」
攻撃にしろよ攻撃に。攻撃は最大の防御だろ! と、私の心に住む熱血漢が声を荒らげる。
「被っちゃダメだった?」
「そうではないの。違うものを選んでいたら教科書を見せてもらおうと思っていただけよ」
そう言って笑えば、勉強熱心だなと笑われた。傍から見れば勉強熱心なのだろうが、こちとら魔法を勉強だとは思っていないのだ。
レーヴェは笑いながらも防御魔法の教科書を見せてくれると言ってくれたので、今後攻撃魔法や呪文学を選んだ人と仲良くなって教科書を見せてもらうことにしよう。
「じゃあ帰ろうか、エレナ」
勇猛な女子がレーヴェに近付こうとしていたが、それを察知したらしいレーヴェが急いで歩き出した。
どうやらレーヴェは女子に群がられるのが苦手らしい。
「はい。あ、それじゃあパースリーさん、ペルセルさんさよなら。また明日ね」
取り巻き(仮)の二人に手を振れば、にこやかに手を振り返してくれた。
「エレナは馬車?」
「そう。近いのだけどね。レーヴェは?」
「馬車。うちの別邸は学園から少し離れてるから」
そう、学園は王都にあるため領地の家からではなく別邸から通っている子が多い。かくいう私も別邸から通っている。
貴族達は社交シーズンにやれ夜会だのやれお茶会だのと何かと集まりごとをやりたがるため王都に別邸を持っているのが当たり前みたいなものらしい。
ちなみに別邸を持たない平民の子や、あまり裕福ではなく王都に別邸を持てない末端貴族の子のためには学園が寮を用意している。
寮と言えども王立学園が用意したものなので部屋も食事も設備も豪華だと聞いた私は一瞬入寮しようかと思ったが、女子寮は男子禁制だ。男子禁制ということはロルスが入れないと気づいた瞬間却下した。
まぁ却下せずとも母が別邸について来る気満々だったので入寮などありえなかったのだけど。傍観者として見届けたいのなら、そりゃあついて来るよね。
「あら、ロルスだわ」
生徒用玄関につくと、そこに見慣れた背中が見えた。玄関先で待っていてくれたらしい。
「そうだエレナ、約束してたボードゲームなんだけど、明日早速遊ぶ?」
「遊ぶ! ロルスも一緒でいいかしら?」
「もちろん」
レーヴェはとても優しい少年なので私の従者であるロルスと友達のように接してくれている。
そんな優しい少年が青年になる頃、私と件のヒロインとで彼を奪い合っているのかもしれないのかと思うとなんとなく心が痛んだ。
レーヴェとは馬車の前で別れ、私はロルスと一緒に馬車に乗り込む。
「はぁ……疲れた。あ、そうだわロルス、今日はね、取り巻きを得たのよ」
「そうですか」
「パースリーさんとペルセルさんっていう女の子。取り巻き、なんてちょっと意地悪令嬢っぽいと思わない?」
「……そうですか?」
そうでもないか?
「意地悪令嬢っぽいのよ。ほら、わたしが頂点に立って取り巻き達に命令を出す、みたいな?」
そうして意地悪令嬢は自分の手を汚すことなくヒロインをいじめるのだ。完璧ではないか。
「僭越ながらお嬢様、お嬢様は命令を出すのがとても下手でいらっしゃいます」
「うそでしょ」
毎日のように私に命令されているロルスが言うのだから信憑性はあるけれども。
「えー……初日としてはなかなかの意地悪令嬢度だったと思うんだけどなぁ。ね、意地悪度何点だと思う?」
「10点です」
「……何点満点?」
「100点です」
低っ。