黙って守ろうとしたのは、幼馴染
レーヴェ視点です。
思えば、俺の両親は見栄っ張りだった。
今考えてみれば見栄っ張りでない貴族などなかなか居ないので、それは普通のことだったのかもしれない。
だがその普通のことが、幼い俺にとって酷く苦痛であった。
二人は何故だか自分の息子は出来がいいのだと思い込んでいる節があり、さらによその子どもは出来が悪いのだと思い込んでいる節もあった。
そしてその思い込みを拗らせ、自分の息子がよその子どもと遊ぶことを嫌がった。折角出来のいい息子が、出来の悪い子どもに毒されてしまうかもしれないと言って。
子どもと遊ぶことを許さなかった両親は、俺を十歳以上も年上の人たちとの集まりに放り込むようになる。
もちろん俺は年上の人たちと馴染めない上に、その人たちに子ども扱いされ、両親が見ていないところでは嫌がらせも受けていた。
お前みたいな子どもが居たら楽しくないだの、何故ここに居るんだだの、邪魔になるだのと。
そんな中、両親がたった一人だけ遊ぶことを許してくれた子どもがエレナだった。
親同士の仲が良かったから。そしてそれだけでなく彼女がとても聡明だったから。纏う雰囲気が子どものそれでなく、言葉の端々からはそこはかとない気品が漂っていたのだ。
ま、それは大人が側に居るときだけだったけれど。子どもだけになった途端豹変したように子どもらしくなっていたから。
しかしそれが使い分け出来ていたのだから、やはり聡明なのだろう。
そんな彼女との出会いは、俺にとって救いだった。彼女は俺の救世主だったのだ。
初めて恐怖を抱かずに他人と接することが出来た俺だったが、ふと不安に襲われてエレナに尋ねたことがある。
「俺と遊んでて、本当に楽しい?」
するとエレナは、にこりと笑いながら言うのだ。
「あら、これが楽しくない顔に見える?」
と。
彼女のその笑顔と言葉にどれだけ救われたことか。
両親にとやかく言われず遊べる時間さえあれば、年上の人たちからの嫌がらせだって気にならなくなったし、そもそもその人たちと会う時間ごと減っていった。
学園に入ってからも同じクラスで、変わらず共に居てくれた。
そんな大切な大切な幼馴染の身に危険が迫っているとしたら、助けないだなんて選択肢は存在し得ないのだ。
「あの、レーヴェ様、ちょっといいですか?」
ある日の朝のこと。俺はナタリアさんに声を掛けられた。
彼女は出会った当初、エレナと一悶着あったようだったがいつの間にか友達になっていて、俺もたまに話すようにはなっていた。
しかし彼女からこうして話しかけてくるのは珍しい。
「いいけど、どうかした?」
「ここではちょっと……あっちに人があまり来ないところがあるので来てもらってもいいですか?」
教室で話せないこととは一体、と思いつつも、俺は彼女について行くことにする。
そして人があまり来ない場所とやらに辿り着いた途端、彼女は血相を変えながら口を開いた。
「エレナ様が危険なんです!」
「エレナが?」
詳しく聞いてみると、どうやらエレナが面倒な人に目を付けられたという話だった。
その面倒な人というのは、ローレンツって人の試合を見に行ったときに居た、あの金持ち辺境伯の娘だとのこと。
なんでも、例の『ローレンツ様の花嫁候補』がその人とエレナに絞られそうなので、その前にエレナを消したいらしい。
あの試合の日、金持ち辺境伯の娘に関わると面倒だろうなと思ってはいたが、見事なまでに予想通りだった。
「その……、私が一人でなんとか出来れば良かったのですが、相手が悪すぎて……」
「いや、相談してくれてありがとう。エレナは俺が助けるから、手伝ってもらってもいいかな?」
俺がそう問うと、彼女はほっと胸をなでおろしながら頷いてくれた。
エレナの身を守ることで、やっと恩返しが出来る。そう、思った。
「私が集めた情報は全てレーヴェ様に渡しますね。でも、相手が相手ですし、穏便に済ませたいですよね。エレナ様の身ももちろん、私達に何かあればエレナ様に勘付かれてしまいますし」
「うん」
「私、エレナ様に悲しい思いをさせたくないんです」
「俺も。エレナには屈託なく笑っててもらいたい」
「わかりますぅ!」
しかしエレナに勘付かれないよう穏便に済ませるとすると、もっと協力者が必要だ。
「協力者を集めよう」
「協力者、ですか」
「絶対に俺達と同じことを考える人物が一人居るでしょ」
「ロルスさん!」
「ご名答」
ロルスは絶対に協力してくれるし、なんならこの件を教えなければあとで怒られるかもしれない。
エレナと俺とロルスが完全に別行動をする時間は、エレナが治癒魔法、俺が防御魔法の授業を受けている時間だけだ。
その他はエレナと俺が教室に居るか、全員一緒に居るか、エレナとロルスが一緒に居る。ロルスだけを引き剥がすのは至難の業だといえるだろう。
エレナが治癒魔法の教室に向かったあと、俺は仮病を使って授業を抜け出しロルスの元に向かうことになった。
そしてやってきた防御魔法の時間。俺は難なく授業を抜け出して従者待機室に来ていた。
そっとロルスに声を掛けて廊下に呼び出すと、なにやらロルスも俺を待っていたようだった。
「私もレーヴェ様に相談したいことがあったのです」
ナタリアさんがロルスに声を掛けている様子はなかったので別件だろうかと思ったが、そうでもないらしい。
「これは……」
ロルスにそっと見せられたのは、ローレンツって人からロルスに宛てられた手紙だった。
今朝、ロルスとエレナが別れたところで、ローレンツって人からそっと渡されたそうだ。
ロルスが読んでもいいというので目を通してみると「自分のせいでエレナちゃんに迷惑がかかるかもしれないので協力してほしい」と書かれていた。
そして、どうやらローレンツって人もエレナに気付かれないようにこの一件を処理したいらしい。
「考えることは皆一緒だな」
「え?」
「この一件は、ナタリアさんも知っていたんだ。で、俺達もエレナに勘付かれないうちにどうにかしようとしてる。だからこの時間にここに来たんだ。ロルスにも協力してもらおうと思って」
「もちろん協力します。むしろ、こちらからお願いします」
ロルスが深々と頭を下げた。
その時、明らかに俺達ではない足音が聞こえてきた。
しまったと思って身を隠そうとしたが間に合わなかった。
「今は授業中だろう。何故ここに生徒が居る」
仮病を使って授業を抜け出したのだから咎められるのは当然だ。しかしあまりにも突然だったので言い訳も思いつかなければ声さえ出ない。
しかしどうにか言い逃れなければ、もしも怒られたとして、それがエレナに見つかれば何故怒られていたのかを聞かれるかもしれない。それはまずい。
「ん?」
俺がぐるぐるといろんなことを考えていると、俺達を見つけた先生が俺の手にあった手紙を奪い取っていた。
「はぁ、なるほど」
手紙を読んだ先生が何故か納得したようにそう呟いた。
「気付かれずに処理ね。ローレンツとエレナの従者……と、君は?」
呟きから間を置かずに、先生は俺を見ながら首を傾げていた。
「え?」
「君は、エレナの、何? あと名前」
「俺はエレナの幼馴染で、レーヴェです」
「ふーん」
納得したような声を出しながらも、先生は相変わらず首を傾げたままだ。
この先生が一体何を考えているのかは分からないが、元々少ない計画のための時間が削られるので邪魔をしないで欲しい。
「俺とローレンツとエレナの従者とレーヴェ、気付かれずに処理をするには頭数が足りないな。他に取り込めそうな奴は……ブルーノ先生がエレナを呼び出したあの時に居た、ルトガーだったか」
あれ、邪魔どころか勝手に計画を進めようとしている……? どういうことだ? っていうか誰だこの先生。
と、俺が混乱していると、隣に居たロルスが口を開く。
「先生も、協力してくださるのでしょうか?」
「生徒同士の喧嘩なら手出ししないが、これは相手が相手だからな。家と家の揉め事に発展する前に潰しておきたいと思っている。こういう問題が起きたときの女は何をするか分からない」
「……実体験、ですか?」
不意に口を衝いて出てしまった。
先生の眉間に刻まれた皺があまりにも深かったから。
「想像に任せる。で、まずエレナに気付かれずに協力者全員が集まって会議をするのは可能か? まぁわざわざ授業を蹴ってここに居るのを見る限り難しいようだが」
そう聞かれたので、先生にも現状を説明した。
ナタリアさんという協力者がもう一人居ることや、エレナと俺そしてエレナとロルスは大体一緒に居ること、協力してくれるかどうかはまだ分からないがルトガーは比較的自由に動けることなどを。
「では放課後、ロルスがエレナを早く帰るよう誘導し、俺達は会議をしよう。会議の内容は翌日俺がロルスに伝えれば問題ないな?」
「そうしてもらえると助かります」
そうして、この日からエレナに勘付かれずに問題を処理する計画が始まった。
しかしめちゃくちゃ協力してくれるけどこの先生誰なんだ。
エレナを助けて恩返しをするつもりだったのだが、俺は役に立てるのだろうかと不安になってきた。
「例の金持ち辺境伯の娘の取り巻きを一人取り込めましたので、私とパースリーさんとペルセルさんで誘導が可能です!」
そう言ったのはナタリアさんだ。取り巻きを一人取り込むって、一体何をしたんだこの子。
俺がきょとんとしていると、ふとルトガーが口を開いた。
「いじめを失敗させたところで怒りが溜まるだけだ。怒りを溜め込んだ奴は何をしでかすか分からないし、いじめを成功させたと思い込ませたいな」
さすがは呪文学関連で本を沢山読んでいるルトガーだ。発想が違う。と、とりあえず感心していると、今度はローレンツさんが挙手をする。
「それでは俺とエリゼオ先生とでエレナちゃんの幻影を作って、いじめを成功させているつもりにさせてはどうでしょう?」
「二人分の魔力があれば可能だろうな」
そう言って頷いたのは誰だか分からなかったあの先生だ。彼はエリゼオ先生といって攻撃魔法の先生らしい。初めて知った。
しかしこのままでは俺の出番がなくなってしまう。俺も何かしなければ。
「ええと、えーっと、じゃあ俺はその幻影エレナの言動監修を……」
捻り出したが、これ必要か?
「お願いするよ。それで、あの子に幻影エレナちゃんをいじめさせて気が済んだであろう頃合いを見て、俺の花嫁候補はあの子だと発表する」
というローレンツさんの言葉で、会議室はしんと静まり返った。
ローレンツさんは、あの金持ち辺境伯の娘と婚約する、そう言ったのだから。
「え……、ローレンツ様、あの方と婚約なさるのですか?」
沈黙を破ったのはナタリアさんだった。
この場に居た皆が思ったであろう疑問だ。
「そのつもりだよ。その先のことは、またその時考えるけど……」
「エレナでは……駄目なんですか?」
こんなこと言うつもりはなかったのに、気付いたら口から言葉が滑り落ちていた。
エレナを選んで欲しいとは一切思わないが、選ばれるのが意地汚い金持ち辺境伯の娘だということが少しだけ気に食わない。
「駄目ではないよ。むしろあんなに頭が良くて優しい子は他に居ないし、出来ればエレナちゃんに花嫁候補になってほしいくらいだ。だけどエレナちゃんに迷惑は掛けたくないから。彼女は俺の恩人だからね」
俺の恩人であるエレナは、彼の恩人でもあるらしい。
「次期侯爵との婚約が、迷惑?」
そう言って首を捻っているのはルトガーだ。
「こうやってエレナちゃんが女の子から目の敵にされている時点で既に迷惑をかけている。まぁ、エレナちゃん以外の子に迷惑をかけていいと思っているわけではないけど、あの子は人をいじめようとしているわけだから、少し痛い目を見てもらおうかなって。そもそもあの子がこうして誰かをいじめるのはこれが初めてじゃないし」
困ったように笑うローレンツさんの肩を、エリゼオ先生がぽんぽんと叩いている。労うようなその行動に、ローレンツさんの苦労が透けて見えた気がした。あとついでにエリゼオ先生の苦労も。やっぱり実体験なんだろうな、先生。
「でも、ローレンツ様の花嫁になりたくて他の子をいじめている子が、結局ローレンツ様の花嫁になってしまっては美味しすぎる気が……」
「それについては、まだ詳しい話が出来ないんだけどいずれ分かる。俺の両親も、花嫁候補にあの子を選ぶつもりでいる」
何か深い理由があるようだった。
侯爵家全体の判断であるというのなら、それでいいのだろう。
そうして、翌日から幻影エレナを使った計画が始まった。
ナタリアさんたち女子軍が金持ち辺境伯の娘とその取り巻きを誘導し、ローレンツさんとエリゼオ先生が出した幻影エレナを動かして彼女にいじめさせる。
目撃者が居たせいで、エレナがいじめられているという噂が立ってしまったがそれは仕方ないだろう。
エレナの耳に届いてしまったようで、ナタリアさんに相談しているようだったが心を鬼にして知らぬ存ぜぬを貫き通した。
俺は本物エレナの寂しそうな顔を見てしまったり、幻影エレナをいじめて満足そうな顔をしているあの女を見てしまったりしてどんどん怒りが溜まっていく。
エレナと遊びたいのを我慢してるっていうのに、何故わがままなお前は満足そうな顔をしているのかと。
どさくさに紛れて一発ぶん殴りたいが、それをしてしまえば計画が台無しだ。我慢しなくては。
「先生、幻影エレナちゃんの拳に炎を纏わせてもいいですか」
「駄目だ。耐えろ。手首とか噛んで」
ローレンツさんの問いに答えた先生の手首には綺麗な歯型が付いていた。先生も耐えてるんだな。俺も手首噛んどこう。
数日間幻影エレナをいじめさせたところで、ローレンツさんが花嫁候補の決定を彼女に告げていた。
これで満足したらしい金持ち辺境伯の娘は、こちらが放った幻影エレナをいじめなくなった。
これで、収束だ。
俺も、もちろん協力してくれた皆も安堵した。
エレナを無傷で守れたのだから。
「先生、協力してくださってありがとうございました」
「ああ。俺が協力したことは他言無用で頼む」
「もちろんです」
先生の協力どころかこの一件は皆だけの秘密となるだろう。エレナに話すわけにはいかないのだから。
「それではレーヴェ様、この後のことはよろしくお願いしますね!」
と、ナタリアさんは言う。
「この後?」
「エレナ様と遊ぶのでしょう? いじめの件で傷つけることはありませんでしたけど、レーヴェ様と遊べないエレナ様はとても寂しそうでしたから」
寂しいと、思ってくれたんだろうか。
エレナには俺が居なくたってロルスが居るのに。少しだけ不安になりながら、その日の放課後早速エレナに声を掛けた。
「エレナ、しばらく暇になったんだけど、今日遊べないかな?」
そうやって誘うと、嬉しそうな顔をしてくれた。待っていたと、言ってくれているような顔を。
「ロルスが飛び上がるほど驚いたゲームがあるのだけど、どうかしら? 良かったらナタリアさんも」
「え、ロルスさんが飛び上がるほど……!? 私は遠慮しておきます!」
近くに居たナタリアさんも誘っていたが、思いっきり逃げられていた。
「あのロルスが飛び上がる……」
飛び上がるどころか表情を変えることすら珍しいあのロルスが、と考え込んでいたら、エレナに左腕を掴まれた。
「あ、レーヴェは逃がさないから。一週間、わたしを寂しくさせた罰は受けてもらうわよ」
「あ、さ、寂、ごめんねエレナ……!」
ごめんね、寂しいと思わせて。寂しいと思ってくれたことに少しだけ喜んでしまって、ごめんね。
「あら? レーヴェ、手首怪我してるの?」
しまった、あの時の噛み痕が残ったままだった。
「うん、なんか、いつの間にか怪我してたみたい」
「治すわ」
エレナはいとも簡単に噛み痕を治してくれた。治癒魔法ってすごいんだな。なんて感心しながらエレナの家へと向かうのだった。
「ギャアアアア!」
エレナの家に招かれて遊んだゲームは、本当に本当に飛び上がるほど恐ろしいゲームだった。
魔女に誘拐されたという設定で進めていくゲームなのだが、失敗すると魔女が飛び出してきて恐ろしい顔でげひゃひゃひゃひゃと笑うのだ。
これは確かにロルスも飛び上がる……。
「そんなに怖がってくれるなんて、作った人も喜んでくれるでしょうね!」
エレナはめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「エレナ、さっきわざと間違えたよね……」
「あら、そうだったかしら?」
とぼけているようだが、明らかにエレナはわざと間違えて魔女を召喚した。絶対に。
「今度こそ脱出するから……」
「そう。頑張ってね。あ、そうだわ。レーヴェって、ローレンツ様とお知り合い?」
「え?」
『げひゃひゃひゃひゃ!!!』
「うわあああっ! し、知り合い! あ、いや」
「そう、知り合いなの。そのローレンツ様の花嫁候補の件でね、いじめられていたらしいのよね、わたし」
「へ、へぇそうなんだ……あ、ちょ、エレナそれ間違う、魔女出る」
「噂が出回っていたはずなのに、レーヴェはちっとも心配してくれなかったわね」
「え、違う、そんなこと、皆心配して」
『げひゃひゃひゃひゃ!!!』
「あああああっ!」
「ねぇレーヴェ、皆ってだぁれ? レーヴェの言う皆を教えて?」
「え……いや、あ、待って魔女、あ、ロルスとかナタリアさんとかパースリーさんとかペルセルさんとかあとルトガーとかローレンツさんもエリゼオ先生も」
「……そう。皆心配してくれてたのね。ありがとう」
『げひゃひゃひゃひゃーーー!!!』
「なんでぇぇぇぇぇ!」
俺はその日からしばらく魔女に追いかけられる夢を見続けた。
立派な魔女恐怖症の出来上がりだ。
かわいそうなレーヴェ。
拍手、コメント、そして一言コメントありがとうございます!
来週中にお返事いたします!




