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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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21/89

意地悪令嬢、知らなくてよかったことを知る

 

 

 

 

 

 世の中には、知らなくていいことというものが多々あるらしい。


 声のいい先生に罰則を言い渡された翌日のこと。

 その日はローレンツ様が言っていた例の試合の日だった。

 あの罰則が三日後に設定されていたのはどうやら試合が終わるまでは先生も忙しいからだったようだ。

 午前中は通常座学、午後は攻撃魔法を選択した生徒達のみ試合が行われる。他の生徒は観戦してもよし、帰ってもよし、というとても自由なもの。

 私たちの学年に試合参加者は居ない。なぜならそもそもまだ試合に出られるほどの魔法を習っていないから。なのでクラスメイト達は皆ぞろぞろと帰っていっている。


「エレナは、観戦に行くの?」


 と、レーヴェに問われた。


「うん」


「大変な目に遭ったのに?」


「まぁ、うん。……罰則があるとは言われたけど、観戦は禁止されなかったし、ローレンツ様の試合だけでも見たいな、って思って」


 確かに問題は起こしたが、折角アドバイスをしたのだから、ローレンツ様が戦う姿をこの目で見てみたいのだ。


「心配だから俺も一緒に行くよ」


「え、いいの?」


 皆早く帰れるからって嬉しそうなのに? と首を捻るが、レーヴェはそれを全く気にしていない。


「どうせ今日は家庭教師が来る日でもないし、早く帰ったって暇だから。あと俺は防御魔法を習っているから、もし何かあってもロルスに怪我をさせる心配はないよ?」


「じゃあ一緒に観戦しに行こう、レーヴェ!」


 遠目に観戦するだけだから何も起こらないとは思うけれど、レーヴェが一緒だと心強い。あと私が何かやらかしそうになったとしてもレーヴェなら強めに止めてくれそうだし。

 そんなわけで、私とレーヴェは道中でロルスを拾ってから試合会場へと向かうのだった。


 試合会場は観戦席付きの野外グラウンドで、ほぼ全生徒を収容出来る広さがあった。

 ぞろぞろと帰っていくクラスメイト達を見ていたので観客は少ないのだろうかと思っていたのだが、席の半分以上は埋まっているようだ。

 会場前でもらったトーナメント表を見ながら、手近にあった席にレーヴェ、私、ロルスの並びで座る。

 なんだかわくわくするわねぇ、なんて暢気な調子で試合開始を待っていると、目の前の席に座っていた女子生徒のおしゃべりが聞こえてくる。

 どうやら彼女達が楽しみにしているのはローレンツ様の試合なのだそうだ。

 ローレンツ様が当たる相手は氷の貴公子とかいう異名を持っているらしいしローレンツ様派と氷の貴公子派に分かれていたりして!? なんせここは乙女ゲームの世界なのだから、きらきらしたイケメン達が戦う姿が見られたりするのでは!?

 ……という私の期待はさくっと儚く散っていくことになる。

 なぜなら彼女達のおしゃべりから得た情報をまとめると、噂の氷の貴公子殿は氷の貴公子と呼ばれているのではなく、呼ばせているらしい。

 そして他よりも多少難しいらしい氷魔法が出来るからと威張って、天狗になっているからローレンツ様に鼻っ柱をへし折ってもらいたいしへし折られる様をこの目で見たいからわざわざ観戦しに来たとも言っている。

 要するに彼女達の口ぶりから推測すると、氷の貴公子があまりいい印象を持たれていないことは火を見るよりも明らかだというわけだ。っていうかもうこれ絶対モブじゃん。知らなきゃよかったそんな話。

 ちょっぴりがっかりしていたところで、試合開始の笛が鳴った。


「攻撃魔法ってこんなことを習うんだね」


 と、レーヴェがきらきらした瞳で幻影術兵の試合を眺めている。

 攻撃魔法を選ぶんだった、と思ったよね。私も思った。いっそ選択制じゃなく全部習わせてほしかった。

 なんてことを考えていると、私達の背後の席に誰かが座る気配を感じた。

 足音は数名分で、女の子の声がいくつか聞こえるので目の前に座っている人達のように女の子のグループがやってきたのだろう。


「ローレンツ様の試合はまだのようですわね。間に合ってよかったわ」


 と、背後に座った人の声が聞こえる。

 やはり顔も家柄もいい男はモテるのだろうな。なんてぼんやりと考えていられるのはその時だけだった。


「しっかり応援しなければなりませんね、お嬢様!」


「そうね、なんせ私はローレンツ様の花嫁候補ですもの」


 ほら、こんな発言を聞いてしまえばぼんやりとなんてしていられない。

 横目でちらりとレーヴェを見てみると、同じような仕草でこちらを見ていた彼と視線が合った。

 さらに横目でちらりとロルスを見てみると、ロルスは横目どころか完全にこっちを見ていた。無表情なので何を考えているのかは分からないけれど。


「ローレンツ様の勇姿をしっかりと目に焼き付けて、それから後で差し入れも持っていかなければなりませんわ」


「しっかりと用意してございますわお嬢様!」


 このお嬢様がどちらのお嬢様かは分からないが、彼女はどうやらブランシュ侯爵夫人の座をがっつり狙っているようだ。

 母親の言葉を聞く限り、私がローレンツ様の花嫁候補になったらそれは私の死亡フラグになるらしいし、彼女には頑張ってその座についていただきたい。


「他の花嫁候補に負けていられませんもの」


「お嬢様ならきっと誰にも負けませんわ!」


 めちゃくちゃ戦う気でいる……! っていうか推定侍女の太鼓持ちっぷりが激しすぎるのが気になって仕方ないな。ロルスは絶対にこんなこと言ってくれない。


「違う席に移動する?」


 背後の声が気になっていたらしいレーヴェが小さな声でそう言ってくれたが、私は小さく首を振ってその場に留まった。


「多分わたしの存在に気付いているわけではないでしょうし」


 完全に気付いてるなって確信したら逃げるつもりだけど。私は戦う気なんて一切ないから。幻影兵術でなら戦わないこともないけれど、女の口喧嘩みたいな戦いはやりたくない。


 そんな時、会場がわっと沸いた。

 ローレンツ様対氷の貴公子戦が始まるようだ。

 わりとあちこちからローレンツ様へ向けられた黄色い歓声が聞こえてくる。もちろん背後からも。

 やっぱり顔も家柄もいい男ってすごいんだなと改めて感心した。こんなんじゃ乙女ゲーム云々とか関係なくとも彼の花嫁候補になったら嫉妬で殺されるのではないだろうか。

 怖い怖い。

 出来ればローレンツ様ルートとやらには進みませんように。と、私は心の中で祈った。

 まぁ祈ったところでルートを選択するのはゲームの主人公であるヒロインなのだから、ただの登場人物でしかない私の意思など関係なく進んでいくのかもしれないけれど。


 試合開始の合図と共に、氷の貴公子が操る幻影兵の手から氷が出現する。

 ローレンツ様は「あいつは氷柱を出す」と言っていたが、どちらかというと氷のつぶてのようだった。

 私が思ってたのと全然違った。そんなこととは露知らず、放課後特訓した時、もっと鋭くてごつい氷柱をぽんぽん放ってしまっていた気がする。ローレンツ様には申し訳ないことをした。


「な、なんだそれ……!」


 と、どこか焦ったような氷の貴公子の声がする。

 彼はおそらくローレンツ様が火の玉を投げてくることを想定していただろうから、剣に炎を纏わせた幻影兵を見て驚いているのだ。


「今日は、勝つために来たから」


 そう言ったローレンツ様は、焦る氷の貴公子を一瞥した後、炎の剣を豪快にぶん回し始めた。


「お、わ、ちょ、うわああぁ」


 氷の貴公子が発したそのなんとも情けない声と共に、試合が終わった。

 もちろん勝者はローレンツ様だ。

 この試合だけでなく、炎の剣ぶんぶん丸と化したローレンツ様の幻影兵は完全ノーダメージで優勝ももぎ取っていった。

 その結果と、このとめどない黄色い声援を聞くに、今日でローレンツ様の株は爆上がりしたに違いない。


「はぁ、素敵でしたわローレンツ様」


 背後でも爆上がりした模様。

 ちなみに前の席に居た女の子達は皆氷の貴公子の鼻っ柱がへし折られたあたりから爆笑が止まっていなかった。楽しそうだな。


「まさかあんなにコテンパンにやられるなんて!」


「ねー! それにしても、あの人最近急に優秀になったよね。ちょっと前までは魔力量も全然だったのに」


 彼女が言うあの人とはローレンツ様のことだろう。魔力量が伸びなくて悩んでいたし。


「侯爵家の人だもん、いい家庭教師が居るんじゃない?」


「そうかもねぇ。なんか花嫁候補探し始めたって噂聞いたけど、この調子だと探さなくても勝手に寄って来そう」


「絶対寄って来るでしょ」


 確かに顔も家柄も良く、魔力量は増え、成績も優秀ときたら、競争率が上がってもおかしくないだろう。


「花嫁候補は……いいえ、花嫁は私よ」


 前の席の子達の会話を聞いていたら、背後から呪詛を吐くようなトーンでそんな言葉が降ってきた。恐ろしいったらありゃしない。


「そっと帰りましょう」


 私は小さな声でレーヴェとロルスに声を掛けて、肉食獣を警戒する草食獣の如く気配を消しながら逃げ出すのだった。

 試合会場から充分に距離をとった場所で、やっと私達は口を開くことが出来た。


「後ろに座ってた人、怖かったね」


 と、レーヴェは言う。


「怖かったわ。あんまり深く考えてなかったけれど、そりゃああの顔と家柄だもの、結婚したい子は沢山居るわよね」


 はぁ、と大きく息を吐き出す。


「エレナも、あのローレンツって人の花嫁候補だって噂があるんだってね?」


「……あ、あぁ、まぁ、そうらしいわね。そういえばそのこと知っていたのね、レーヴェ」


「ちょっと前にナタリアさんが言ってたのが、廊下まで聞こえてたから」


 そっかぁ、あの日レーヴェが来たことに気が付いたナタリアさんはその話をそっと終わらせていたはずだけど、声大きかったもんなぁ、と数日前のことに思いを馳せる。


「確かあの人、次期侯爵だし結婚すれば侯爵夫人になるんだよね。結婚相手には申し分ない人なわけだ」


「一般的にはね」


 私にとっちゃ死亡フラグも付いてくるので呪いの装備みたいなものなのだ。


「……もしも花嫁に選ばれたら、エレナは嬉しい?」


 レーヴェの唐突な質問に、私は驚いた。茶化されたのかと思ったら、彼の目が思いのほか真剣だったから。


「うーん、どうかしらね。嬉しかろうと嬉しくなかろうと拒否は出来ないわよね」


 相手は侯爵家、うちは伯爵家だから。

 しかもちょっと問題は起こしたけれど、ローレンツ様と仲が悪いわけでもないし拒否する理由さえないときた。


「他の女の子なら迷わず嬉しいって言いそうなものだけどね」


 レーヴェはふと笑い出した。さっきまでの真剣な目はどこへいってしまったのか。


「貴族の令嬢としては、喜ぶべきところだと思ってるわよ。思ってはいるけど」


「思っているけど?」


「ただのエレナとしては、良家に嫁げば自由に遊べなくなるなって、思ってるわ」


 あはは、と笑いながらそう言えば、レーヴェは小さく苦笑を零した。


「俺、ちょっと心配してるのに」


 レーヴェのその言葉に、私は首を傾げる。ちらりとロルスのほうを伺うと、彼もどこか真剣な面持ちで首を傾げている。


「さっき後ろに居たのって、確か金持ち辺境伯のご令嬢だよ」


「金持ち」


「辺境伯?」


 ロルスも私も聞き覚えのない単語に顔を顰める。

 詳しく聞いてみたところ、国境のあたりに大きめな金脈があり、その地を収めているのが金持ち辺境伯と呼ばれている人物らしい。

 金脈のおかげで金持ちなうえに国王に辺境を任されているという、そして最悪いつだって隣国に寝返ることが出来るという立場があり、周囲が下手に扱えない存在なのだそう。

 そしてその立場を鼻に掛けてなにかとやりたい放題なその辺境伯とやらが育てた娘とくれば、それはもうわがままなお姫様が出来上がっている、というわけだ。


「きっとこの国で王族の次に敵に回したくない存在だって、俺の父が言ってたんだ」


 なるほど。もしも私が本格的にローレンツ様の花嫁候補に挙がれば、そのやばい人物が自動的に敵となるわけだ。

 え、これヒロインが来てローレンツルートに入る前に私消えない? 大丈夫なやつ?

 ゲームの意地悪令嬢はどうやってこれを切り抜けたの? ちょっとお母様?


「こ、このままだとわたし、いやわたしどころかアルファーノ伯爵家ごと危険なのでは?」


「……うん、危険な可能性はあるね」


 頭が痛くなってきたな、とこめかみを揉んでいると、ロルスが口を開く。


「レーヴェ様、お嬢様を守る方法は……なにかありませんか?」


「うーん、さっきの令嬢に目を付けられる前に花嫁候補から外してもらえればいいんだろうけど」


 相手が侯爵家なので強行は出来ない。


「花嫁候補から外していただく……ブランシュ侯爵家に、私の命を差し出して」


「やめなさいロルス! 命を簡単に投げ出すみたいに……そんなこと冗談でも言わないで」


 前世じゃ軽率な行動でさくっと命を散らした私が言えたもんじゃないけれど!


「しかしお嬢様……相手は侯爵家で」


「何か考えるわよ。ロルスのその物騒な提案は絶対に採用しないから。そもそも先日問題を起こしたわけだし、それを侯爵家の皆さんもご存知なわけだし、というかわたしの結婚の話はまずお父様が乗り気ではなかったわけだし、逃げ道はあるわ、きっと」


 そう言うと、レーヴェが首を傾げながら「エレナのお父様は乗り気じゃないの?」と聞かれた。

 乗り気じゃないの。エレナが結婚なんてまだ早いと思うって動揺しながら言ってたの。それを教えると、レーヴェはくすくすと笑っていた。


「逃げ道は沢山持っていたほうがいいと思うから、俺からも一つ提案しておくけど、俺がエレナと結婚したがってるってことにするのはどうかな?」


「レーヴェが? わたしと?」


「そう。俺とエレナはもちろん俺の家とエレナの家は家族ぐるみで仲がいい。そして俺が家族に今の状況を説明すれば口裏あわせにも協力してくれると思う」


 理屈は理解した。理解したけれど。


「口裏あわせが出来るのは確かに助かるけど、レーヴェはいいの? わたしよ? おかしな噂でも立ったら、不本意ではない?」


 そもそもレーヴェだって顔も家柄もいいのだから、将来的に結婚相手に困ることはないだろうし、そんな貧乏くじひかなくたって。


「ふふ、あはは、エレナは気付いてないみたいだけど、魔力量は多いし成績もいい、由緒正しい伯爵家の可愛いお嬢様をお嫁さんにしたい人は沢山居るよ。その中の一人になるだけだからおかしな噂は立たないと思うな」


 え、今さらっと褒められた?

 っていうか客観的に見た私ってそんな感じなの?

 知らなかった。全然知らなかった。別にあんまり知らなくてもよかった。


「え、えっと、えぇ……」


「そういうわけだから今後なにかあった時、俺の名前は好きに使っていいからね」


「あ、はい」


「だから、今度は俺の好きなボードゲームで遊ぼう。それで貸し借りなし」


「あ、はい」


「ロルスももちろん遊んでもらうから」


「は、はい」


 私もロルスも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたことだろう。





 

ブクマ、評価、拍手、感想いつもありがとうございます。とても励みになっております!

たまに存在が薄くなる(気がしている)レーヴェの見せ場がやっと作れた(気がしている)

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