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意地悪令嬢、入学式に出る

 

 

 

 

 

「嫌だわ。ロルスが居なくて誰がわたしの身の回りの世話をするというの?」


 重い荷物は持ちたくないわ。

 時間割の管理だなんて考えたくないわ。

 授業の準備も昼食の準備も自分でなんてやりたくないわ。

 だってわたしはわがままで意地悪な由緒正しき伯爵令嬢様なのよ?



 当初学園へは一人で通う予定だったのだが、私がごねた結果ロルスも学園へ来ることになった。

 残念ながら共に通うことは出来なかったが、従者として付いて来てもらうことは可能だったのだ。

 ロルス本人が下僕は学園に通えないと言っていたので諦めていたのだが、その話をレーヴェにしてみたところ、学園には従者や侍女が待機する部屋が存在することを教えてくれた。

 そんな部屋が存在するのなら利用しない手はない、と、ごね散らかしたわけだ。


「ロルスが来てくれることになって安心したわ。従者待機部屋について教えてくださってありがとう、レーヴェ」


「どういたしまして。これで学園生活が始まっても寂しくないね」


 レーヴェはにっこりと笑った。


「あらやだ、寂しいから連れて行くわけではないのよ?」


 だって下僕はわたしの世話をするためにいるのだもの、とどんなに言い訳を並べてみても、レーヴェの顔から含みのある笑顔が消えることはなかった。別にロルスが居なくたって寂しくないもん。意地悪ジャッジが出来ないだけだもん。


「ほらほら、そんなことよりカードゲームで遊びましょ。ロルスも早くお座りなさいな」


 そうだ。こんな報告とお礼をするためだけにレーヴェを家に招いたわけではないのだ。

 本題はこのカードゲーム。日本で言うところのトランプとほぼ似たようなもので、今からやろうとしているのは所謂ババ抜きだ。


「……私もですか」


「人数合わせよ人数合わせ。二人よりも三人のほうが楽しいでしょう。レーヴェもいいでしょ? ロルスが参加しても」


「もちろん」


 こうして学園生活が始まるまでの間に、私たち三人は暇さえあればカードゲームをする仲になっていた。学園にはボードゲームが存在しているらしいので通い始めたらそれもやろうと約束している。

 レーヴェが帰っていったあと、母の様子を伺ってみれば、にこにこと上機嫌なので今はこんな感じでいいのだろう。

 乙女ゲームをやったことがない私は何が正解で何が不正解なのか全く分からないため、こうして時折母の反応を見て判断している。

 こんなことなら乙女ゲームにも手を出してみとくんだったなぁ、なんて考えても後の祭り。

 2次元のイケメンに興味がなかったわけではないのだ。ハマっていたアクションゲームにも多々イケメンキャラクターは居たわけだし。もちろん好きなイケメンキャラクターだって居た。

 ただアクションやRPG、それからパズルに時間を奪われて乙女ゲームにまで手が回らなかっただけ。

 まぁ、全く知らない状態で足を突っ込むのもスリルがあって楽しいかもしれない。……と、今はそうやって自分を納得させることしかできない。



「さぁ行きましょうか下僕」


 そんなこんなで今日は入学式だ。

 下僕を引き連れて出発しようとしたところでお母様に捕まった。


「エレナ、忘れ物はない?」


「ええ、大丈夫ですお母様」


「学園にはね、素敵な方が沢山いらっしゃるの。あなたの未来、それにこの伯爵家の今後にも関わってくるかもしれないわ。だからしっかりとした人脈を作るのよ」


「はい、お母様。それでは行ってきます」


 この家の今後ってどういうことだ? 私は今何を背負わされた? と内心ビビっていたが、どうやら何かを背負わされたわけではないらしい。何故なら母が小さな声でぽそりと『ヒロインの邪魔をするには皆とある程度仲良くなっていなければならないからね』なんて呟いていたから。もちろん日本語で。

 そんなこと呟くくらいなら攻略対象が何人居るのかも呟いてくれればいいんだけどな。呟いてくれなかったけど。だからその辺はそれっぽい奴をこの目で見極めるしかない。

 しかし昔母が物語のように語っていた話によれば、ヒロインは数年後に編入してくるらしいし今日はまだ遭遇しないのだ。

 だから今はそれとなく意地悪風を装いつつ見目麗しい男とは仲良くなっておけばいいんだろう。

 今現在、私は10歳なのですぐに誰かと恋人になれとは言われないだろうし。さすがに。


「どうぞ」


 馬車の入り口で、ロルスが手を差し出してくる。学校まではそれほど遠くないというのに、わざわざ馬車を出すらしい。


「ありがとう。下僕はわたしの隣にお座りなさい」


「はい」


 差し出された手を取って、私は馬車に乗り込んだ。隣に座るようにと、早めに指示をしなければ彼は私の足元に座りかねない。そんな事をすればお尻が死ぬほど痛いに違いない。ロルスのお尻を守るため、指示は迅速に。

 ロルスはこの数年間でとても従順な下僕に成長した。下僕としてだけでなく人としても。

 私の下僕になった当初は字の読み書きも出来なかったが、私が作った文字のお勉強セットでみっちり勉強させたので今では完璧だ。

 何故勉強させたのかと言えば、折角面白い本を入手して一緒に読もうと思ったのに字が読めないと言い出すから。文字が読めれば一緒に読んで感想を語り合えるのに、そう思ってお勉強セットを作ったのだ。

 そして体もひょろひょろのもやしのようだったのが、今では充分な肉付きを得ている。

 これは私へと過剰に出されるおやつや夜食を無理矢理与えていたのと、二人でやるストレッチに付き合わせていた副産物のようなものだ。私は太りたくない、というただその一心で。だって嫌でしょ、乙女ゲームの出演者が太めって。私は嫌だ。


「……少し緊張するわね」


「そうですか」


 この、普段はほぼほぼ無口なところだけはあまり成長しなかったところだ。

 何か報告でもない限り、私から話しかけなければずっと黙っているのだから。

 実は私のことが嫌いなんじゃないだろうかと思うこともある。まぁ下僕扱いしてるんだから嫌われていても仕方がないのだけれど。


「でも楽しみでもあるのよね」


「そうですか」


 この世界の学園がどんなものなのかが分からないので少し緊張しているわけだが、楽しみにしていることも多々ある。

 レーヴェと約束したボードゲームもそうだし、図書館で本を読むことも楽しみだ。

 それに何よりも楽しみなのは魔法の授業だ。

 この世界には魔法があって、皆大なり小なり魔力を持っている。そしてそれは自然なことであり、皆呼吸をするように魔法が使えている。

 ただし使えているけれど、それだけでは日常生活で必要最低限のことしか出来ない。

 学園に通うことで魔力を伸ばし、応用が利くようになるんだそうだ。

 よって貴族やお金持ちの平民は皆子どもを学園に通わせている、らしい。

 義務教育ではないのでお金がないと通えないのだ。ロルスのように。


「ロルスも一緒に通えたらよかったのに」


 私が一人で行きたくないとあまりにもごねるので、父は一度ロルスも通わせようとしたのだ。でもロルスはそれを断った。


「私は魔力量が人一倍少ないので」


 そう、あの時もそう言っていた。

 魔力量が少ないために使い物にならないと言われ、結局口減らしで流れ流れて私の下僕になったらしい。

 ロルス本人は仕方ないことだと言って表情さえ変えなかったが、私はちょっぴりしょんぼりした。だから下僕として扱き使うけどたまには優しくしてあげるべきだな、って。


「あーあ……。お友達、出来るかしら?」


 よくよく考えてみれば、普通に友達が居る意地悪令嬢になるのか孤高の意地悪令嬢になるのかは今日の入学式から約一週間が勝負なのではないだろうか。

 自分に友達が居ないから可愛い子をいじめている、みたいな意地悪令嬢にはなりたくないなぁ。


「僭越ながらお嬢様、お嬢様は黙っていれば可憐でいらっしゃいますので静かにしていれば友達の一人や二人すぐに出来るのではないでしょうか」


「……あなたすぐそういうこと言うわね、下僕よ。まったく、普段ろくにしゃべらないくせにこういう時だけぺらぺらとしゃべるんだから」


 黙っていればいいんでしょ黙っていれば! 友達の一人や二人や三人や四人、簡単に作ってみせるわよ!


 この入学式、私はロルスの言うとおりただただ静かに微笑みを湛えて乗り切った。

 ただよく考えたらこれのどこが意地悪令嬢なのだろう……。

 ま、まだヒロイン来てないから……まだまだ私のポテンシャルはこんなもんじゃないから……。





 

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