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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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19/89

意地悪令嬢、大幅に減点される

 

 

 

 

 

 お願い、やめて、そんな目で私を見ないで。

 あの日の、死んだ私を見るあの目を思い出してしまうから、そんな目をしないで。お願いだから。


「お嬢様!」


「……う、ん。ろる、ロルス……?」


 目を覚ますと、見覚えのない天井が視界に広がっていた。働かない頭でそれをぼんやりと眺めていたところ、視界の隅からひょこりとロルスが現れた。

 ロルスはなんとも情けない顔で私を見下ろしている。

 それを見てぼんやりと思い出した。ロルスが背中に火傷を負ったことと、私が魔力を使いきって気絶したことを。


「ロルス、背中……」


「私なんかどうだっていいのです、お嬢様、お嬢様は」


「……いや、どうだってよくないし。私は大丈夫。ちょっと、あの、あれ……魔力使いすぎただけ」


「……僭越ながらお嬢様、意地悪なご令嬢というのは全魔力を使って下僕の火傷を治したりするものでしょうか?」


「はぁ? ロルスの怪我を放置しなきゃならないなら今すぐ意地悪令嬢なんかやめてやるよ何言ってんの」


「……は、お嬢様?」


 ……あれれ、私今ちょっとエレナじゃなかったかもしれない。


「んんんー? 頭が働かない、なんだろ……このお布団いい匂いがする」


 自分の身に掛けてあった布団にもそもそと鼻を摺り寄せると、柔らかい印象の花のような香りがした。


『どこの柔軟剤使ってるんだろ』


「お嬢様? ドコノジュ、ジュウナ、お嬢様、今なんと?」


 あ、今日本語だったかもしれない。ロルスが混乱してる。

 っていうかこの世界に柔軟剤とかないわ。


「お嬢様! 今の、今の言葉は」


「なんでもない、気にしない……で、あ……う、うわあああ! 思い出したわ、わたしローレンツ様と幻影兵術の練習してたんだった!」


 魔力の枯渇というのはこんなにも頭を働かせなくするものなのかと、私は己の頭をわしわしと掻き毟る。

 そうだ、今やっと時間差で全て思い出したが幻影兵術の練習の途中で暴発したローレンツ様の魔法が私に向かってきて、それで、それを庇ってくれたロルスが背中を火傷したんだった。


「ちょ、ちょっとロルス、あなた本当に大丈夫なの? わたしの治癒魔法はちゃんと効いたのかしら? っていうかあなた今背中どうなってるの? 痛くないの? いや痛くないわけないわよね?」


 むくりと上半身を起こしながら私が矢継ぎ早に質問を飛ばしていると、私の声に気が付いたらしいローレンツ様が室内に飛び込んできた。

 彼はとても悲しげで申し訳なさそうな顔で私を見ていた。


「エレナちゃんの治癒魔法は完璧だったよ。ロルスくんの火傷はとても綺麗に治っていた。ただ、今のロルスくんの背中は、その……とても残念なことになっている」


 ロルスが答えなかったことを、ローレンツ様が答えてくれた。

 背中が残念なことって、どういうことだろう? そう思いながらロルスに視線を移すと、彼は見覚えのない上着を羽織っていた。この上着は、ローレンツ様のものだろうか。

 疑問に思いながらそっと手を伸ばしてその上着を捲って見ると、そこにあるはずのシャツがなかった。

 いや、シャツはあったがお腹側しかなく、背中だけ丸出しだったのだ。


「……そうよね、シャツに治癒魔法は効かないわよね」


 背中側は、焼けてしまったのだ。

 あーあ、と思いながらも、火が全身に回ってしまわなくてよかったと心底ほっとした。そんなことを考えていると、ローレンツ様が深々と頭を下げている。


「僕のせいで、すまない」


「うおわぁぁローレンツ様頭を上げてくださいー!」


 私とロルスは二人で合わせたようにあわあわと両手を空中で彷徨わせる。

 今ここに居る中で一番身分の高い人物が、頭を下げるだなんてそんな!


「僕が、魔法を失敗したから」


「申し訳ございませんローレンツ様、あれは私が勝手に怪我をしただけのこと。ローレンツ様に非はございません」


 顔を上げてくれたローレンツ様に向かって、今度はロルスが深々と頭を下げる。

 実際あれは完全なる事故であり、誰かに非があるわけではないけれど、この場を丸く治めるなら、自分が悪かったことにしてしまえというのがロルスの考えであろう。

 私も、おそらくローレンツ様もいまいち腑に落ちていないが、事が大きくなれば親達がどう出るかを考えると言葉が出てこない。

 私はこの一件が大事にならないように、丸く治める方法をいくつか脳裏に浮かべながら、届くところにあったロルスの手を握った。


「ローレンツ様は悪くない。わたしも悪くない……うん、そうね」


「エレナちゃん?」


「……その、面倒なことにならないでほしいから、もしも誰が悪いのかって話になったら、ローレンツ様もわたしも悪くないことにしたいのです」


「しかし、それではロルスくんが……」


「私のことなど……っ?」


 ロルスの手を握っている手に少しだけ力を込めると、ロルスはこちらを向いてくれる。


「大丈夫よ、ロルスを守る術ならあるもの」


 相手は侯爵家なのだ。最悪犯人探しのようなことが話題に上がったとしたら、こちら側ではなく侯爵家側からロルスが悪いと言われてしまったとしたら、言い逃れが難しくなるだろう。

 だからそうなる前に、こちらに非があるとして謝り倒したほうが言い訳の幅が広がる。まぁロルスを悪者に仕立て上げるのはもちろん本意ではないが、ここは言い訳の達人である私に任せてほしいとしか言えない。

 そう、ゲームばっかりやって宿題を忘れた際、あらゆる言い訳を作り出していたこの言い訳の達人に。全く威張れない達人芸だけれど。

 そんなことを考えていると、ドアの向こうから侯爵家の使用人と思われる人物から声が掛けられる。


「ローレンツ様、侯爵様がお呼びです。アルファーノ家からのお迎えも到着したようです」


 誰かが迎えに来てくれたらしい。誰だろ。


「ああ。とにかく行こう、二人とも」


 ローレンツ様の声を聞いて、私は立ち上がろうと試みる。しかしおかしい。これはどう考えてもおかしい。


「ロルス、ロルス、ちょっとこの掛け布団を捲ってみてもらえるかしら?」


「捲っ、え?」


 戸惑うロルスに、私は目を閉じつつ「いいから早く」と急かすように言えば、彼は「失礼します」と言ってからそっと掛け布団を捲る。


「ロルス、わたしの足、ちゃんとある?」


「……はい、あります」


 ロルスの言葉を信じて、己の足先を確認すれば、それはきちんと揃ってそこにあった。よかった、あった。あった、けれど。


「ないわ」


「え?」


「膝あたりから下の感覚が全然ないの」


 初めての感覚に、なんとなく笑いがこみ上げてくる。長時間正座をして痺れた感覚に似ているけれど、触ってもびりびりしない。

 本当に、感覚が何もないのだ。


「大丈夫ですか、お嬢様」


「ふふっ、すごい、感覚もないし動きもしない」


「……大丈夫ですか?」


 頭大丈夫ですか、みたいなトーンで言うのやめてほしい。


「お嬢様、私の背にお乗りください」


 ロルスはそう言ってこちらに背を向けて膝をついている。


「でもあなた、背中は火傷を」


「あなたが治癒魔法を掛けてくれたでしょう」


 静かな声ではあったものの、微かに怒気を含んでいる気がする。


「怒ってるの?」


 私はそっとロルスの首に腕を回す。それを確認したロルスはするりと立ち上がった。


「ほんの、少しだけ。火傷は治っているのに……」


 私が何度も何度も大丈夫かと問いかけるのが煩わしかったのだろうか。


「だってロルス、大丈夫とも痛くないとも言ってくれないもの」


「痛くないので大丈夫です」


「本当に?」


「本当です」


「……一度で信じてほしかったら普段からもっと素直に気持ちを教えなさいよ。あなたったら何を聞いても「はい」か「いえ」の一点張りなんだもの」


「二点張りでは」


「二点だな」


 そんな会話をぽつりぽつりと零しながら、ロルスに背負われたままローレンツ様について行く。

 ついていった先に居たのは侯爵夫妻と、私を迎えに来た母親だった。まさか母親が直々に迎えにきていたとは思わなかった。


 結局のところ、私たちが勝手にびくびくしていただけで、侯爵様からのお叱りは特になかった。

 むしろまだやんちゃ盛りの子どもなのだから、元気で、そして無事でなによりだと微笑んでいるくらいだ。

 ロルスは火傷をしてしまったわけだから無事というわけでもないのだが、ここで話を終わらせてもらうには反論しないのが利口だろう。

 まぁロルスは私の従者なのだから、後で私が存分に褒めて甘やかそう。

 なんて心に決めていると、ふと気が付いた。侯爵夫人の視線が、こちらに固定されている。

 彼女とは少し離れているし、背負われていてロルスと私の顔面が並んでいるのでどちらを見ているのかはよく分からない。


「あ、あの、このような姿で申し訳ございません」


 怒った表情はしていないようだが、もし不満があるのだとすれば、先攻謝罪で黙らせるべきかと判断した。


「あら、いいのよいいのよ。魔力の枯渇で、足が動かないのだろうなって思っていただけなの」


 私の声に、一瞬驚いたように目を瞠った彼女は、頭を振りながらそう言っている。

 どうやら不満はなかったようだ。

 しかし足が動かないことを見抜かれていたのか。


「はい、膝から下の感覚が全然なくて」


「なくなっちゃったみたいになるのよねぇ」


 ……と、微笑んでいらっしゃいますが侯爵夫人、もしかして経験者なのでしょうか? と驚いていると、今度は自分の母親から小さな笑いが零れる。


「足の指の感覚がない時が一番気持ち悪いのですよね」


 母親も経験者だったー!

 まさかのこの場に居る女子の魔力枯渇経験率100%で、なんとなく和やかな笑い話が広がり、その空気のまま私たちは帰宅することになった。それでいいのかと思いつつも、お咎めなしならなんでもいいだろうと己の中で結論付けた。


 ひとしきり謝罪を繰り返し、馬車に乗り込む。

 そしてその馬車の中で一番に響いたのは、私の正面に座っている母親の重くて長いため息だった。

 その重すぎるため息を聞いて隣に座っているロルスがぴくりと身体を揺らした。私はそんなロルスの肩に、大丈夫よという思いを込めて少しだけ寄りかかる。


「まさかこの時期にあのブランシュ家と絡むことになろうとはね……」


 母親は普段よりも幾分低い声で呟く。


「わたしも、まさかこんなことになるとは思いませんでした」


 この時期、というのはきっと花嫁候補の噂が出回り始めた時期ということだろう。


「まぁ、済んだことをどうこう言うつもりはないけれど。それにしてもエレナ、あなたその子のこと学園内でまで連れまわしているの?」


 と、母親はちらりとロルスを一瞥する。


「いえ、連れまわしているわけでは……あれ、ロルス、なんであの時裏庭に居たの?」


 確か私は少し遅くなると伝えてもらったはずだ。裏庭まで迎えに来てとは頼んでいない。


「ルトガー殿が、変な奴が来てお嬢様が裏庭に連れて行かれたと言っていたので心配になり……」


 ルトガーのせいだったのかー!


「っていうかロルス、ルトガーのことルトガー殿って呼んでたのね」


「ルトガー様と呼んだら嫌がられたので、ルトガー殿で落ち着きました」


 知らんかった。


『ゲーム内の悪役令嬢に従者なんて居ないし、ってことはどうせ近いうちに退場するんだろうからあんまり情を移さないほうがいいのに』


 私とロルスが、ルトガーは平民なんだから呼び捨てでもよくない? いえ、そういうわけには。なんて会話を交わしていたら、母親が小さな独り言を零していた。

 その独り言の全てを聞き取った私は、気付かれないように気をつけているものの動揺を止められない。

 母親がロルスを下僕のように扱えと言ったのも、極力視界に入れないようにしていたのも、情が移らないようにするため?

 ……私は近いうちにロルスを失うの?


「お嬢様?」


 ひたひたと忍び寄る恐怖のような感情をどう処理したらいいのかが分からない。

 ただ何かに縋りたかった私は、そっとロルスの腕にしがみついた。


「……足に力が入らないから、揺れると怖いわ」


 なんて、中途半端な言い訳を零しながら。


「あら、まだ足に力が入らないの?」


「今は足首から下の感覚がありません」


「そう。……はぁ、それにしてもエレナは魔力の枯渇、従者は火傷なんて、改めて考えるととんでもないわね。エレナが魔法を避けて従者が飛び出さなければ」


 母親はもう一度重いため息をつく。


「……お言葉ですがお母様。わたしはあの時幻影兵を出して、それに二種類の魔法を付与していました。咄嗟に避けるのは難しかったのです。ロルスが来てくれなければ……考えてもみてください、わたしを抱きしめるようにしていたロルスが火傷したのは背中。あの瞬間わたしが見ていたのはロルスの胸。そこにロルスが居なかったとしたら、わたしは顔面を火傷していたでしょう」


「……そうね、もっと大惨事だったわね。たらればなんか言ったって仕方なかったわ。ごめんなさいね。というかあなた、幻影兵なんて出していたの……」


 ちょっとやんちゃが過ぎるのではない? と視線で語られた。申し訳ない。ゲーマー気質が仇となった。


「ローレンツ様に助言をと頼まれたので断れず」


「うーん、次期侯爵様に頼まれたら断れないわねぇ。ということは、今回のことはどう足掻いても避けて通れなかったのかもしれないわね」


「……まぁでも、こんなやんちゃな子、花嫁には出来ないと思われたかもしれませんし」


「だといいわね……」


 私と母親はいつしか揃って遠い目をしていた。

 そうこうしているうちに、馬車が止まった。屋敷に到着したようだ。

 もう足もほぼ動くようになっていたので自分で立ち上がろうとしたのだが、ロルスが素早く私の前に座り込んだ。

 また背負ってくれようとしているのだ。

 もう歩けるから、と言うつもりだったのに、私の腕は口よりも先に動いてしまった。

 するりとロルスの首に腕を回す。するとさっきみたいにそれを確認したロルスが立ち上がる。子どもの身体とはいえ軽くはないだろうに、そんな素振りを見せないロルスはとても優しい。

 私は腕の力をぎゅっと、少しだけ強めてすぐ側にあったロルスの頬に自分の頬を押し付ける。


「ねぇロルス、ありがとう。あなたは本当に、わたしの自慢の従者だわ」


「へ?」


 ロルスにあるまじき間抜けな返事だった。


「へ? ってあなたね、なんでわたしの感謝の言葉に驚いているの?」


 私だって感謝の言葉くらい言えるのよ!?


「いえ……あ、驚いて、ではなく感謝されるようなことをした覚えがありません」


「炎に飲まれそうだったわたしを庇ってくれたんだから感謝するわよ。むしろ感謝以外にすることなんてないでしょう」


「あ、れは……、当然のことをしたまでです」


 押し付けていた頬が、じわりと熱くなってきた気がする。もしかして、ロルスは赤面していたりするのだろうか。


「百歩譲って従者が主を助けるのは当然なのかもしれないけれど、炎の中に飛び込むなんてそうそうできることではないわ。怖かったでしょう? 痛かったでしょう?」


「いえ」


 この子はまた「いえ」の一言で済まそうとしているのか、と内心呆れていると、ロルスの口がもごもごと動いている気配がする。


「その、炎に飛び込むことよりも、お嬢様が怪我をすることのほうが怖かったのです。痛みは、ありませんでした」


「火傷したんだから痛かったでしょうよ」


「それが痛くなく、いえ、痛かったのかもしれませんが、治癒魔法がとても心地よくて……」


 治癒魔法に痛みの記憶を消す効果でもあったのだろうか? 教科書にはそんなこと書いていなかったけれど。


「まぁでも、ロルスに痛い思いをさせていなかったのなら良かった」


 頬を摺り寄せ、いいこいいこと頭を撫でると、ロルスはそれが少し不服だったらしい。


「僭越ながらお嬢様、この一件でお嬢様の意地悪度は二万点減点となりましたが大丈夫なのでしょうか」


 激しすぎる減点!


「嘘でしょ、二万点も!?」


「全力の魔力で下僕を助けたこと。お叱りを受けるかもしれない際、積極的に下僕を悪者にしようとしなかったこと。下僕を気遣っていること。下僕に感謝の言葉を述べていること。下僕の頭を撫でていること。二万点の減点でも足りないくらいでは?」


 確かに、言われてみれば意地悪令嬢はきっとそんなことしない。それは分かる。だけど、どれも必要なことだったもん!


「い、いくら意地悪でもね、自分を助けてくれた人には優しくなって当然ではないかしら?」


 苦し紛れにそう言ってみるが、ロルスは自分の主張を曲げるつもりはないらしい。


「二万点減点です」


 取り返せないじゃないの二万点なんか!!





 

ブクマ、評価、感想、拍手等ありがとうございます。

わりと楽しんでいただけているようで嬉しいです。

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