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ダンジョン

 ハイエースは、静かに上野の街を進み、上野公園入り口に作られた政府の施設へ滑り込んだ。


 この施設は、15年前の幽体離脱災害で、唯一建物被害のあった上野公園付近の土地を再開発して作られた施設だ。

 国立西洋美術館の敷地の一角へ張り出すように建てられた施設は、彫刻家オーギュスト・ロダンのモニュメント『地獄の門』の周りを取り込み、そびえている。

 建物内には、ダンジョン探索に関わる各省庁向けに区画が割り当てられていて、ハイエースは、地下駐車場を下り、1つのフロアまるまる陸上自衛隊の区画へ入ると、整備班に車両を引き渡すため誘導に従った。以前は、他の省庁のブースもあったけど、撤退した役所が多くて、現在スペース的にかなりの余裕があり、倉庫代わりになっている。



 ガララララアー

「皆、着いたわよ、さっさと起きてちょうだい。すぐにダンジョンに入るわよ」


 月島班長の声で起きた(ぼく)は、顔の上に妹の顔が有るのに気がついた。

 彼女の手が、僕の額に乗せられ、温かいモノが流れ込んで来るのを感じる。


(アニ)様、少しじっとして、MP(魔力)の消耗が激しかったのでポーション飲ませた。まだ目眩がするかもしれない」


 妹の言葉に何が有ったのかを思い出す。


「あ……ああ、またやったのか」


 (ぼく)は、自分の中で観ていた(オレ)がやらかした失態を思い出して、自己嫌悪が止め処なく湧いてくる。


「大丈夫兄様、私達誰も傷ついて無い。シモベは取り逃がしたけど、その内2人でやつらの巣を殲滅に行こう。私達で殺れば確実」


「……」


 こいつは、普段無口な癖に、時々真顔で好戦的な事さらっと言って僕を困らせる。


「……ごめんよ、サラ。(ボク)には無理」


「兄様なぜだ、私本気」


 ハッと、真顔になったサラが(ボク)を咎めるように見つめてくるが、突然、誰かの手が伸び、僕とサラの首根っこを掴んで引っ張られて中断する。


「あー、兄妹2人でお楽しみの所すみませんが、仕事してくれる? さっさと済ませて、ダンジョン(あっち)お風呂(浄化の泉)入って宿舎で寝たいのよ。OK?」


「わわわ、すいません班長」「すぐやる」


 サラは、少し不満そうだったけど、僕を膝から下ろして、車内の装備片付けるの手伝っている。僕もオペレーター席の祭壇部を基礎部分から外し、厳重に封印された禁呪庫へ仕舞い込んだ。


 今日の戦闘で少し無理をしたせいか、急激にMP(魔力)が減った時に汚染を被ったようだ。ポーションでMPとHPの回復をしたはずなのに、まだ内蔵へのダメージが続いているし、油断をすると過剰な自己嫌悪に飲まれそうになる。汚染耐性はある方だけどダンジョン(あっち)の浄化の泉で汚染を落とした方が楽だ。

 このままほっといたら、朝まで悪夢に(うな)されるのが決定になるので、早く行きたいんだけどなあ。

 辛いけど給料分は働かないと……



◆地獄の門◆


 自分達の装備を整備班に引き渡した後、新たな装備を乗せたジムニーを改造したATV(全地形万能車仕様)2両で、『地獄の門』を潜ると、幽世(かくりよ)に入った時と同じ水面を通る時のような違和感が皮膚を覆い、すぐに消えた。

 違和感が消えると、石作りのドーム建築内部『門の間』に車両が入っている。他下層行きの門が並ぶ部屋を車両は通り、外に出るとうんざりするほど見慣れた光景が前に拡がった。


 中央付近には、闇の濃い部分が陰影を作り、渦を巻いて中央の巨木の周りを覆い隠している。

 壁際のこの場所から続く街の防衛線にそって、魔石を魔法陣で発光させた投光器の明かりが続いていた。僕達のジムニー改が居るこの場所は、まだ壁の発光のお陰で薄明るいが、中央に向かって闇が深くなっている。

 今ダンジョンは、深夜だった。


 光る壁と天井に覆われたダンジョンにも、昼夜は存在する。夜が近づくと、中央に空いた巨大な穴の中から闇が渦を巻いて湧き出し、渦を巻いた闇は何本もの夜闇の柱を作り、1km近い高さの天井を伝って1階層全体に夜を供給し始める。夜闇も朝が来れば自然と大穴に戻っていき、ダンジョンに光りが戻る。


 夜闇に関して、下層に潜っている時に夜になるとモンスターに影響が起きるけど、1階層では、この街を作った先住民の遺跡によってフィルターがかけられているらしく、瘴気の類は、一切入ってこないので汚染の心配はないが、夜闇に紛れてモンスターが街に忍び込む事があるので、警備は厳重にされている。



 僕は、頭を一度振ると、ジムニーのハンドルを握り直し、門の神殿横に作られたバリケードだらけの宿泊施設に入った。



◆ダンジョン◆


 15年前のあの日、最初にダンジョンから生還した自衛隊員からの報告によって、ダンジョン内の様子が伝えられる。


 人影のない街並み。建物の中には、火が着いたままの釜戸。人が寝ていたような形が残った毛布。酒場らしき建物には、食べかけの鳥料理らしき食材と、倒れた酒盃から溢れたワインらしき酒。

 生活の痕跡を残したまま、無人の街が拡がっていた。


 日本政府は、即座にダンジョン内へ探索隊を送り込む。

 持ち主がいない宝飾品、呪術具のような歪な像の類、使い方の解らない機械のような物、治療所らしき看板の建物から出た小瓶に入った謎の液体。等々、手付かずのお宝の山が取り放題だった。

 第一次ダンジョン探索隊によって持ち帰ったアイテムから、謎金属を触媒に新素材の開発、四肢欠損すら治す医療技術、若返りの泉、近未来予知すら可能にした技術等が発見される。


 日本政府は狂喜し、各省庁は、競うようにダンジョン利権に群がった。



 ダンジョン探索を開始した頃の探索隊は、近代兵器の威力と、超越者の超人的な能力に助けられ、ファンタジー・ロールプレイング・ゲームの冒険者的なノリで、上野の地獄の門を潜っていた。

 家庭用ゲーム機世代の若い探索隊員達は、RPGゲームと同じようにダンジョン世界を言い表すようになり、お役所的表現もいつの間にか、RPGゲーム用語が定着するありさま。

 モンスターによる危険は有ったが、近代兵器と超越者の能力による防御は鉄壁だった。楽勝のはずだった。


 だが、ダンジョンは、探索隊の冒険者ゴッコを許してはくれなかった。



◆◇◆


 第三次探索隊計画の頃には、国会議員・東京都知事等の視察団も含めた大規模な探索計画が立てられ、探索準備をしていた時、突如、探索隊隊員の頭の中に『世界の管理者』からのお告げが降ってくる。

『これより1時間後、クエストを開始する。備えよ』

 何の前触れもなく、全てのダンジョン経験者の頭に鳴り響いた声は、関係者をパニックに陥れた。

 そしてきっちり一時間後、一度でもダンジョンに降りた人間全員が、1階層『門の間』に立ち尽くしていた、門の間の中央にある『地獄の門』は閉じられていた。


 呆然と立ち尽くしていたダンジョン経験者達に、また頭の中へお告げが降る。『薬草を5本集めよ』

 薬学関係で探索に加わっていた1人の研究者がすぐに5本の薬草を集めると、クエスト終了のお告げと共に薬草が消え、『地獄の門』が開く。


 呆気にとられていた探索隊が、地獄の門から戻ろうとした時、また全員の頭に声が響いた。

『クエスト達成者に報酬を与える。解放か、新しい加護か、どちらかを選べ』

 少し考えた研究者が解放を選ぶと、彼は、二度とダンジョンに立ち入れなくなり、以後の強制クエストから解放された。



 地獄の門から帰る途中、探索隊員の1人が、『地獄の門』に刻まれている有名な碑文を呟いた。


「汝等ここに入るもの、一切の望みを棄てよ」


 ダンジョンの関係者達は、ようやく気がついた。ダンジョンに安易に関わってはいけないのだと。


◆◇◆


 クエスト発生の結果、以後の探索隊計画に大きな影響を与える事になる。

 米国も例外では無かった。

 日本政府に圧力をかけて、ダンジョン探索に参加していたが、クエスト発生以後、全ての計画がキャンセルされ、新規に自国民を送り込むのが禁止される。

 結果、アメリカはダンジョンから手を引いた。



 その後ダンジョン探索に踏み止まった日本政府と東京都は、大多数のクエストを単独でこなしていく。通常クエストは、小規模で簡単な物だったが、時々生死を賭ける大規模クエストも発生し、多くの犠牲者を出す。それでも彼らは人を送り続けた。

 だがそれも、9年前起きた大規模クエスト『メギド攻略戦』で終了する。メギド攻略戦で、探索隊の8割が死亡し、日本政府と、東京都としての探索は、規模を大幅に縮小してしまう。



 かくして、国策ダンジョン事業の穴を産める存在として、各省庁の統括する民間軍事会社が活躍することになった。


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