シモベ2
余人の入り込めないはずの幽世で、突然、車のヘッドライトが俺達を照らす。
5ドアのSUVだ。普通車より大きく威圧感がある車が3台俺たちのいる作戦現場に突っ込んできた。
青山通りから来た3台のSUVは。猛スピードでこちらに近づき、10mほど手前で急停車した。
「子カピバラより母カピバラ、子カピバラより母カピバラ、カピバラ0聞こえてます? こちらカピバラ6、トラブル発生、正体不明の車両が3台幽世空間に入ってきました。至急、連絡をください……」
「チッ」
さっきから無線でエリカが喚いてる。
社長からの返事は無いけど、舌打ちの音が一瞬無線に入ってた。
うちで舌打ちするような人間は、社長ぐらしかいない。多分聞こえてるはず……だけどそんな暇有れば、この車から降りてくる奴らを蜂の巣にする指示してくれよ、まったく。
だいたい何で、幽世に部外者が入り込んで来た時点で、魔鏡がキャッチできてないんだ? モニタリングしてる奴は何やって……あ。
まあいい、過ぎた事は忘れよう。それより、会社として対人戦は許可されていないだろうが、俺の知ったこっちゃない、邪魔するなら皆殺しにしてやる。
SUVのドアが開くと、バラバラと各車両から4人ずつ濃紺の集団がおりてくる。
装備から推測すると、警察系の民間軍事会社のようだけど、何だありゃ、MP5のトリガーに指をかけたまま、銃口をふらふらと自分の味方に向けて歩いてきてる。ど素人なのか?
銃を持たされて舞い上がるのにも程があるだろ。
確か、警察内で不祥事を起こした連中が、懲罰隊で押し込まれてるって聞いてたけど、本職のSATとかから訓練受けてないのか? うちは、子供相手に泣くほどやらされたぞ。
「くそっ」
他所の心配なんかしてる余裕はない、大体うちは警察系と仲が悪いから、これからトラブルになる予感しかない、さっさと皆殺しにすれば話しが早いのに。
集団の中央、唯一背広を着た眼鏡の男が、前に出てくる。
見覚えが有るなと思ったらやっぱりそうだった。警察庁系の民間軍事会社……確か『D-警備保証』を統括してる越谷って奴だ。初めて見た時から、神経質そうな顔が気に入らなかった。何故か顔を見るたび、毎回撃ち殺してやりたい衝動が湧き上がる。
去年ぐらいに俺が出てた時、以前からダンジョンで作戦中に余計な横槍入れて来てたので、ちょっとダンジョン内で暗殺してやろうと付け回したら、うちの隊の全員に止められ、大騒ぎになった事がある。
「ちっ」
越谷代表が魔剣を握っている俺の顔を横目で見て、舌打ちをした。こいつも俺の事を嫌っているらしい。気があうな。
「そこのシモベは、まだ間に合ったようですね、我々はそのシモベに用があります……おい」
越谷が、後ろに立っていたメタボ体型の部隊長っぽい男に顎で指示を出した。
「動くなっ、武器を捨てておとなしく手を上げろ、お前ら全員銃刀法違反で現行犯逮捕だ」
柔道の有段者だろうか? 耳をカリフラワーにしたメタボ体型の部隊長が、ご丁寧に、グロック19拳銃を構えてこっちを脅してるようだが、銃の構え方が変だ、銃を持った右手の下に左手を添えたティーカップスタイル、しかも首を斜めに傾げてる。
オートマチック拳銃で意味の無い構え方しやがって、動かない的当て遊びでもやるつもりか? ど素人が古い映画でも見て真似たのか知らないが、舐めた真似しやがって。
「ふざけんなこの野郎、俺たちに銃を向けるってのは、超越者相手に殺し合う覚悟持ってんだろうな」
大声で怒鳴り返したら慌てて銃を降ろしてる。ざまーみろ。
「カピバラ10、話しをややこしくしないで」
いつの間にか隣にエリカが立っていた。
「カピバラ6、やっちまおうぜ、ここで皆殺しにすれば、幽世消滅と一緒に死体も消えるんだ、証拠は残らない」
「ちょっ、何言ってるの、カピバラ10駄目よ」
「せや、カピバラ10、落ち着こう、喧嘩したらあかん」
「カピバラ10きゅん、怖いよお」
「兄様がヤルのなら、殺るわ」
二班の中で俺の皆殺し案に乗ってくれたのは、1人だけのようだった。
俺は足幅を大きめに取り、腰を入れ、大太刀を背中側に回して、いつでも一薙ぎにできるように構えている。
俺たちの会話で、D-警備保障の奴ら明らかに鼻白んでいる。
「カピバラ10、お願いだから物騒な真似は辞めてちょうだい、そっちも銃を下ろして」
エリカが、俺とD-警備保障との間に割って入って、青い顔をしている越谷に話しかける。
「失礼ですが警察庁警備局外事ダンジョン課の越谷代表ですよね、お名前は存じ上げておりす。こちらは、防衛省の中央即応集団に属する外郭団体のPMCです。上からの司令でミッション中ですが、どういった理由でうちの獲物を横取りなさるつもりでしょうか?」
エリカも少々苛立ってるようだ、言葉に棘がある。
「言葉の通りだ、お前らが自衛隊に属してるのかどうは知らないが、違法な銃を持って都内をうろつくのを警察が許した覚えはないぞ。明らかに銃刀法違反だ」
「それは、国の方針の問題ですよね。私達に言わないで国に言って下さいよ」
「うるさい、さっきの脅迫罪も追加d……」
……
エリカがやってる時間稼ぎの話し合いが面倒になってきたので、下のシモベを確認する、もう腕の半分が再生している、頭も首部分までが再生してた。邪魔が入ってなければ、とっくにシモベを始末したつでにクリスタルも破壊して、家に帰る車に揺られてるはずなのに面倒だ。
イライラしながら顔を上げてD-警備保障の奴らを観察していたら、ある事に気が付いた、背広の男の後ろで並んだヤツらの大半は、サブマシンガンのMP5を握ってるが、残りは、銃を持たず変な姿で立っている。
違和感……
普通に立っているだけなのに、違和感がする立ち方をした人間が4人程混ざっていた。
特に越谷代表の斜め後ろに立っている長身の男が気になる。夜間なのにサングラスをして立ってる。
見えてるのか?
男の反対側にいる部隊長は、銃を持ってるけど全然警戒感が沸かない、だけど長身の男が纏っている雰囲気は要注意だ、もし戦闘になったら真っ先にこいつの首を落としておかないとやばい。毛穴が逆立っている。
長身の男は俺の視線に気がついたようだった、サングラスの奥から異質な視線を感じる。上等だ、ガンを飛ばしてくるなら受けてやる。
俺が睨み返していたら、後ろから、車のライトが近づいてきた。社長の乗ったハイエースが到着した。
ガチャッ コッコツッ、バンッ
後ろで、ハイエースのドアを開けて、社長がおりてくる音がする。
カツッカツッカツッ……
社長が気だるそうな空気を出して隣に立って、開口一番。
「あー、あんたら警察の癖に、シモベなんか飼ってるの? ゴミ溜めの臭いがプンプンするわ」
ザワッ
一瞬で場の空気が変わった。
D-警備保障の越谷代表の表情が慌てている。
「なな、何を言ってるんだ、そんな訳なかろうが」
「はあ? アンタの後ろの奴、それとそっち、そこにも……っと四匹もいるじゃない」
社長は、俺が違和感を感じた奴をひと目で言い当ていた。
奴ら、社長に言い当てられて隠す気が無くなったのか、シモベと名指しされた奴らの身体に変化が起きる。
背中から角のような物を出すやつ、左手に巨大な爪が生えてるやつ、獣のような姿に変わっていくやつ、さっき俺にガン飛ばしてきた長身の奴の両腕から、無数の触手が伸びている。
うちのカピバラ分隊のメンバーも驚いた顔をしていた。
班長が俺の前に居なければ、速攻で魔剣を振り回していたのに、邪魔なままだ。
場の空気を読んだ触手を生やした長身の男が、俺が殺意を実行する前に口を開いた。
「ま、待て、そそちらは、勘違いをしている。わ我々は殺し合いをしに来たわけではない。です」
変身した影響か? 口調が変な喋り方になっている。以前読んだシモベのレポートで、変身を完了したシモベは、元の人間のように喋る事ができると有ったはずだが、本性の方を現したら違うみたいだな。
越谷が一歩前に出てくる。
「そうだ、貴様らは勘違いをしている。ここに居る彼らは、警察庁の説得に応じて正式に隊に採用されている人材だ。そこで倒れているシモベも言葉が通じるし、ちゃんとした日本国の国民だ。我々は、彼を保護する義務がある」
「最近何だかコソコソやってると思ったら、成る程ね。シモベを取り込んでいたんだ。超越者からの警察庁への協力者が出ないからって、馬鹿な真似を」
社長が頭を振りながら越谷代表を睨んでいた。
「だだから、ま、待て…ください、こっこ越谷代表の言う事は、ほ本当です。わっ我々は、も元々にに人間だった。そそこに倒れているシシシモベも、わ私と同じようにり理性があるに人間です、わ我々にも、じ人権がある。か、彼を保護したい」
長身の男は、触手化した腕を上げて戦う意志は無い事を示しながら、自分が人間である事を力説している。
触手の吸盤に生えた牙が開いたり閉じたりして気持ち悪い。
長身の男の言葉で、全員の視線は自然と、俺の下に倒れているシモベへ集まった。
……
俺は、長身の男が喋り終わるのを待って、下で倒れているシモベの核へと魔剣を振り下ろす。
ゾンッ
俺が振り下ろした魔力構成武器は、足元で倒れていたシモベの核を破壊し、軽く発光した肉体は、すぐに塩の塊になって崩れた。