月宮班長視点
戦闘の実行部隊長の月宮班長(カピバラ6)視点です
◆カピバラ6視点◆
青山通りを駆け上がって行き、距離が目標位置から100m程近づいた所で左拳を上げると、後ろも停止する。
停止した私カピバラ6は、自分の腰付近に付けたポーチの中から、レンザティックコンパスと、スマホサイズの小型の魔鏡を取り出す。小型の魔鏡は、近距離探知に特化しているので、使用者に負担が少なくてとても良い。
集まった全員が、ナイトビジョンの緑色の視界の中で、赤外線ライトに照らされた魔鏡と方位磁石を覗き込む。携帯魔鏡に映るモンスターは、不気味なほどじっとしている。
「子カピバラより母カピバラへ、子カピバラより母カピバラへ、聞こえるか?」
私は、極小さな声で囁くように喋った。喉元に取り付けた骨伝導マイクから伝わる振動が、小さな囁き声を増幅させてくれる。
「こちら母カピバラ、カピバラ6、聞こえています」
ハイエースに残したカナン君の声が、骨伝導スピーカーを通じて聞こえてくる。
「カピバラ10へ、携帯魔鏡はちゃんと動いている問題はない、これより子カピバラは作戦に移る」
「了解。子カピバラは、作戦を開始してください」、「「了解」」
魔鏡を覗き込むと、モンスターの位置情報は正確に出ているけど、現地の障害物の情報は解らない。一度目視をしてから配置しないとダメそうだな。
少し考えて、魔鏡を指差す。
「この場所に、私とカピバラ8で偵察してくるわ。カピバラ7とカピバラ9は、ここで待機。魔鏡でモニタリングして待っててね」
「「了解」」
私と穂の香ちゃんの2人は、猫足で移動を開始した。
ネコ科の猛獣が、獲物へと足音を消して近づく、あの身のこなしだ。
ガソリンスタンドの手前で、先頭を歩く私が左拳を上げてハンドサインを送ると、後続の穂の香ちゃんも停止して自分の位置につく。隠密の加護状態でも、お互いになら見えているので、ちゃんとハンドサインも見えている。
立ち止まった私の後ろでは、穂の香ちゃんが膝立ちになって銃を構え、後方警戒をしてくれていた。
私は、建物の影からそっと顔を出し、目標を確認する。
いた!
道路の真ん中に、デスクトップPCぐらいの光るクリスタルが浮いている。ダンジョン側と、エリア山の手側とがぶつかり合った時に産まれたエネルギーの結晶だ。
私は、クリスタルからすぐに目を逸らす。長く見つめて光りの奥のモノに魅入られてしまうのを避けるためだ。
クリスタルの光に照らされて、モンスターの群れが見えている。
3m近い身長で、半透明の体を震わせているホブゴブリンを中心にして、身長は2mぐらいか、下顎から牙を飛び出させたオークと、黒い犬の身体に人間の顔をした黒妖犬が、クリスタルの下で立っているホブゴブリンを囲むようにして固まっていた。
ホブゴブリンは、シモベ化が進んでいるらしく、普段は180cmぐらいの肉体が、倍近い身長になり、半透明のブヨブヨした身体になっている。ホブゴブリンと融合したのは、サラリーマンなのか? スーツやシャツの残骸のような物をこびりつかせて立っていた。
歩道の樹木が障害物になって、反対側の歩道上にいるモンスターを狙うのが難しそうだ。
各モンスターの状況は確認した、偵察は終了、サラちゃん達のいる場所まで戻ろう。
穂の香ちゃんの肩を叩いて、サラちゃん達のいる場所まで後退して行く。
◆◇◆
「配置を確認するわね。目標は、青山通りから宮益坂通り入ってすぐの位置、ガソリンスタンドのビルの向こう側。目視した感じ、反対側の歩道上にいるモンスターを撃つには、街路樹が邪魔みたいだわ」
魔鏡を指差し、街路樹の部分を皆で共有する。
「カピバラ8は、そこの路地を通り、宮益坂通りを渡った反対側の歩道まで進んでちょうだい。そこから歩道上のモンスターを担当して」
「了解」穂の香ちゃんの短い返事が返される。
「カピバラ7は直進、交差点の植え込みの影まで移動。目標の中央を担当」
「了解」
無表情のままカピバラ7が頷く。
「カピバラ9は、ガソリンスタンドの角から攻撃。目標の東側を担当してね」
「りょうかーい」
「私は、ガソリンスタンドの中に進み、中央から西側を担当するわ。それから皆分かってるとは思うけど、クリスタルをあんま見つめないでね。魂盗られちゃうわよ」
「「了解」」
「それじゃ行くわ」
私とカピバラ7、カピバラ9の三人は、青山通りの坂を上がりガソリンスタンドまで到着する、左手のハンドサインで一端後続の2人を停止し、ビルの影からシモベ達モンスターの動きを確認する。じっとクリスタルを見つめている。まるで怪しい光りに魅入られて動きを止めているようだった。
私は、銃口をモンスターに向け、いざという時のための援護の姿勢を取り、ハンドサインで後ろの2人に配置位置を指差し、移動を促す。
2人は無事配置につき、私もガソリンスタンドの中を通るとビルの柱まで進み、配置についた。
ガソリンスタンドの柱に着いた頃、魔鏡に映る穂の香ちゃんが躊躇せず路地から飛び出し、一気に宮益坂通りを渡りきっていた。
深夜とは言え、渋谷なのに人影もなく、車も通ってないのは、ダンジョン側と現世側とが重なる幽世空間の影響だ。
幽世には、現世側を模した空間があるだけ。普通の人や走る車は存在しない。
幽世空間は、24時間だけ存在して、時間を過ぎると現世側に現実化してしまう
現れたモンスターを全て倒す事で、中央で浮かんでいたクリスタルは簡単に破壊でき、幽世は消える。そして、幽世消滅と同時に死骸や、攻撃による街への被害の痕跡も消えてしまう。
◆◇◆
ザッ
「カピバラ8、配置に付きました」
カピバラ8からの無線が入る。私はガソリンスタンドの柱の影から、クリスタルに照らされたモンスターの位置を確認した。
「全員配置に着いたわね、セイフティ・オフ」
「「「セイフティ・オフ」」」
「よし、各自最初の目標は、オーク。担当区画にいるオークの頭を吹き飛ばしてね。私は、中央のホブゴブリンをヤル。続いて黒妖犬を倒してちょうだい」
「「「了解」」」
全員の準備はできている。
「行くわよ、3,2,1、撃てっ」
ブッブブッブブブブブブ……
クリスベクターのトリガーを優しく真っ直ぐ引く。毎分1100発の凶悪な猛打が吐き出される。
少女達が放った弾丸は、祝福の効果+サプレッサーで極端に小さくなった発射音をさせ、1発目がオークの硬い頭蓋骨に亀裂を加え、二発目以降が亀裂を広げて頭蓋に侵入すると、弾丸のエネルギーが内部を破壊しながら反対側に飛び出す。
バシャッ!
湿った破裂音と一緒にオークの頭部が一斉に吹き飛び、モンスターとしての生命活動を停止する。
オークはそのまま白く結晶化した後、塩の柱になって崩れた。塩の柱からオークの核の結晶が光ながらポロポロと零れ落ちる。
私がベクターで撃ったRIP弾は、ブヨブヨのホブゴブリンの頭に侵入すると、菊の花が咲くように、針状の破片が花開き、ホブゴブリンの脳内で弾丸の運動エネルギーを全てぶち撒けた。フルオートで送り込まれてくる次弾以降が、決定的に下顎から上部を吹き飛ばす。だが、ホブゴブリンの本体は塩に戻らず、身体を保ったまま私と反対側に倒れて、間の悪い黒妖犬を1匹下敷きにした。
ブブブッ バシャッ
続けて、手前にいた黒妖犬を撃つ。血しぶきが舞い飛び、すぐに塩に変わっていく。
主を失った黒妖犬がパニックになって吠えているが、じっと動かないでくれる奴から次々と黒妖犬の頭が吹き飛び、塩の塊になる。
残りの黒妖犬が3匹になった時、カピバラ7からの無線が骨伝導インカムに伝わってくる。
「カピバラ7よりカピバラ6、ホブゴブリンの頭が再生を始めてます。それと右腕から魔力構成武器が出てきてます」
「了解」
あ、まずい。
シモベ化したモンスターは、兎に角タフになる。祝福を受けた武器で破壊しても、下手をすると、塩に変わった傷口をブヨブヨに半透明化した身体と混ぜ込んで再生をする厄介な敵。
そして魔力構成武器は、モンスターが振り回すと、30m近い距離まで火炎や氷の魔法が飛んでくる嫌な武器だ。効果範囲も広く、過去のダンジョン調査隊を警備していた超越者から何人も犠牲を出していた。ダンジョンのモンスターが繰り出す攻撃の中でも、最もたちの悪い攻撃が飛んでくる。
「カピバラ7は、ホブゴブリンの右脚を吹き飛ばして行動を制限して、私は、頭部へ撃ち込んで再生の邪魔する」
「了解」
ブブブブッブブチキッ
頭部への射撃途中で、弾切れになる。
「リローディン」
シュッチィッ
弾倉交換を周りに知らせながら、左手で素早く予備マガジンを引き抜き、ベクターのマガジンリリースボタンに指をかける。
チキッパシッ
マガジンリリースを押し込み空マガジンを落とす。
シャッキュパンッ
予備マガジンを入れ、下から叩き込む。
チィッシャコッ
ボルトキャッチを押して、初弾をチャンバーに送り込むと、発射が可能になった。
この間、約3秒。
その3秒間で、標的のホブゴブリンに劇的な変化が起きていた。
ホブゴブリンの半分崩れかけていた頭頂部が、突然再生してしまう。シモベ化がここに来て急に進んだようだ。
その目は、隠密の加護で見えないはずの私を睨んでいた。
「ギャググググググウウウウウゥゥゥウウウウウゥゥゥゥグワアアアアアアアアア」
周りの空間その物を震わすような咆哮。
魔力圧を伴った咆哮は、2班の隊員全員の隠密の加護を吹き飛ばしてしまい、姿がモンスター達に見えるようになってしまった。
ホブゴブリン級の上位種が出す咆哮は、通常の人間に麻痺効果があるが、幸いな事に、私達、超越者は、HPと呼ばれる絶対防御の加護があるので、マヒ耐性が効いていて大丈夫。
「怯むな、自分の目標に集中しろ」
攻撃を継続する。
ブッブブブブブ
ホブゴブリンの顔面に弾丸を撃ち込んで行くけど、再生速度が早いのと、右腕の魔力攻性武器を盾のようにして弾丸を弾かれだした。
ちょっとずつ当初の予定とズレてきている所に、さらにトラブルが重なる。
「あかーん、ジャムったー」
穂の香ちゃんの声だ、ベクターがジャムを起こしたみたい、排莢を促そうとチャージングハンドルをジャコジャコやってる。
シモベの咆哮でマヒには掛からなかったみたいだけど、焦りは出たのか? 射撃中にベクターのボルトストップレバーに触れてしまったのだろう、彼女のベクターは、ボルトに干渉して給弾不良を起こしている。
穂の香ちゃんが、ベクターを諦めガバメントを引き抜いて撃ち出すまでに、黒妖犬が1匹、西方向へ走り去って行った。