探知
本日3話投稿予定 3話目
僕はオペレータ席で、後ろの少女達が喋っているのをぼんやりと聞いている。
彼女達のやり取りに意識が行っていた時だった。
ゾワッ!
「ヒィグッ」
突然の悪寒、思わず溢れる悲鳴。
直接内蔵を撫でられたような感覚に、身体が前のめりに折れそうになるのを必死で堪える。
……ゥゥゥゥウオオオオオォンンンンウオオオヒュィィィイイイイイイイイィィイイイヤウエルルルウルルルルイエエエエェェェエエエエエエエエエエエエエエエエ……
目の前の魔鏡から悲鳴の様な音階が鳴り、耳から入った音階は一度視覚に変換され、網膜を通して像が浮かぶ。
「ぐっくううう、現れました、ダンジョン化現象……幽世が開いてます……魔鏡歌を解読します」
僕の仕事の出番だ。喉元まで上がってきていた酸っぱい物を強引に飲み込み、萎えそうになっていた気力を振り絞ると、魔鏡に集中する。
魔鏡から響く歌が、脳内で視覚に変換されると、図形記号が浮かび魔法陣を形成する。続いて視覚から入った魔法陣が日本語に翻訳してくれる。
膨大に流れ込む情報の濁流に溺れそうになりながら、目的の情報を拾い出した。
「ふううう、見つけた」
脂汗をダラダラ流しながら、目標位置を運転席と繋がったカーナビに入力するのと平行して、僕の脳を介した日本語情報が、魔鏡表面に表示されていく。
「目標まで約15分。脅威数ホブゴブリン1、オーク3、黒妖犬8を確認。脅威色……濃いです、脅威レベル第5階層と推測。魔鏡観測では、事前の予言局の通報通りの位置に穴が開いてます。影響範囲は……半径90、100、拡大中……150m……間も無く止まります。止まった、影響範囲約半径220。幽世の現実化まで約24時間」
「了解」
月島班長が答える。
「皆聞いた、天文台予言局からの予言と一致するわ、奥の院の星読み達は、頑張ったのね」
「珍しいですねえ」
月島班長の言葉に、他のメンバーがニヤリごと頷く。
ビョキュギュギガガ!
さっきの魔鏡歌と違う耳触りなノイズが魔鏡から入り、内容が脳に届いた。
「班長、司令室から銃の使用許可出ました」
うちの魔鏡は、座間の防衛省陸上自衛隊中央即応集団に属する、ダンジョン対策課上野公園司令室と繋がっている。自由度が高いはずの民間軍事会社でも、末端の判断だけでは、勝手に発砲できない。とても世知辛い世の中だ。
「了解、はい、許可出たわよ」
ガシャッ
月島班長が、中央に置いていた鉄製の箱の鍵を開け、取り出したベクターの30連マガジンと、ガバメントの増量10発マガジンを次々少女達に手渡していき、魔鏡を観測している僕にも、後ろからガバメントのマガジンを5本手渡される。
弾倉を受け取った少女達は、弾倉に弾が入っているのをチェックして、お腹周りのマガジンポーチに仕舞っていく。
「マズルコントロール、マガジン装着、装填」
チャッパンッチャチャキジャジャキッンチャッ
月島班長に続いて少女達も唱和、クリスベクターのチャンバーに弾丸を装填していく。
「安全装置確認、セイフティ・オン。武装の最終チェック。チャンバー内装填確認」
「「セイフティ・オン……チャンバー内装填確認」」
少女達が続いて唱和する。
この間、銃を握っていても、右人差し指を伸ばしレシーバー部分を抑えている。誰一人、引き金に人差し指をかけたり銃口を仲間に向ける様な迂闊者はいない。彼女達は、弾丸で殺せるのは敵だけで無いのを自覚してるからだ。
「それから……ホロサイトの電源っと。皆、セイフクの方は大丈夫?」
「「「はいっ」」」
少女達が答える。
僕もセイフクに魔力を流し、淀み無く流れるのを感じて、正常に動く事を確認する。
「一班は、1時間前、汐留の現場に向かって戦闘中だから、増援は期待できない」
「「「はいっ」」」
「という訳で、いざと言うときは、カナン君、バックアップで出て来られるよう、装備を確認しておいてね」
「は、はい」
僕も渋々ながら返事を返し、ブレザーの腰付近のホルスターに差したガバメントハンドガンを触る。
「それじゃ、銃に祝福をかけておくわよ。祝福」
「「「祝福」」」
超越者の加護である『祝福』を受けた武器は、武器のたてる音を静かにする力と、モンスターを傷付けた部位を塩に変え、モンスターの自動治癒を阻害する力が有る。
ダンジョンの深い階層に居るモンスターになると、アサルトライフルの5.56mm弾で攻撃しても、表皮装甲に跳ね返さえるか、自動的に傷口が塞がってしまう。
もっと強力な爆発物なら倒せるのだが、カールグスタフ無反動砲を第一回探索隊の時に使用して、落盤事故を起こしてから砲弾の類は禁止されている。
強いモンスター相手では、装甲が剥がれるまでしつこく撃ち弱点の核への攻撃を加えるか、自動治癒を阻害する祝福された武器で、生命活動を止めるかの二択だ。
僕も、自分の腰の拳銃を触っていた時、魔鏡から流れる情報に変化が起きた。
「目標、魔力圧に変化……ホブゴブリンにシモベ化が起きてます。シモベの発生確認」
少女達に緊張感が走る。
シモベ化は、ダンジョンに堕ちた超越者同様、天文学的に運の悪い都民がダンジョンと重なった時に、モンスターと融合して起きる現象だ。
幽世が現実化して、モンスターの影響が現実側で固定化すると、シモベ化も完成する。シモベ化が完成したモンスターは、人の姿と知恵を取り込んだ厄介な存在になる。
すでに人の姿に変わったシモベは、東京の街に紛れ混んでいると考えられていて、後始末を巡り、警察系のPMCと揉めている。
「なる程、どうやらうちの班が当たりのようね、上位種のホブゴブリンがシモベ化してるなら、ちょっと大変そうね……じゃあ社長、RIP弾使っても良いですか?」
班長の声に、モニターに映る社長の表情が、あからさまに嫌そうに歪む。
「はあ? チッ、シモベがいるならしょうがないわね。あんたら、高いんだから無駄遣いすんじゃないわよ」
「「はーい」」
全員の返事が帰ってくる。
RIP弾、弾頭部分が縦に割られブロック化された弾丸だ。この弾丸は、対象物の体内に入るとばらばらに分裂して、弾丸の運動エネルギーを余さず対象物内にぶちまけ、内臓をズタズタに引き裂く。少々お値段が高いのが玉に瑕。
社長は、やっぱりドケチである。
少女達が、底部分に赤色のビニールテープを巻いたマガジンを手渡され、中身を確認している。
「それから、サラちゃん、ホブゴブリンがシモベ化してるなら、魔力構成武器を使ってる可能性が高いわ、いざとなったら魔剣を出してもらうので、そのつもりで居てね」
「了解」
小さく返事をしたのは、僕の双子の妹、辻輝サラだ。黒い瞳と黒く長い髪。本当に僕と血がつながってるのか謎なほど美女だ。
彼女は、口数が少なく誰とも目を合わさずに座っている、ぶっきらぼうな返事も、皆んな慣れてるので誰も気にして無い。
「さて、シモベ化した個体がいるなら、今の内に隠密の加護を使うわよ」
「「「はいっ」」」
全員が答える。
… …… ……
彼女達が低く何かを呟くと、車体後部から少女達の姿が消えた。
振り返ると、誰もいなくなった。だが、何かがそこで作業をしている気配が残っている。
分かっていても、この感じには慣れないな。
魔鏡へ集中する。間もなく到着だ。
すぐに運転席の社長が、指サインを出して来る。
「結界まで60秒、層極の術式展開してます」
魔鏡の横に置いた黒い石版に魔力を通すと、表面に燐光が浮かぶ。石版の表面に刻まれた、生贄を捧げる不気味な生物のレリーフがゆっくりと動き出す。
ザザッ
僕のモトローラに月島班長の声が入る。
「了解、全員衝撃に備えて」「「はいっ」」
グュキュキュュュュイイイイイ
車体から不気味な音が聞こえだす。
「結界間も無く、10秒……3・2・1 今」
バシュッ
一瞬、光の波が広がり、ハイエースを包んだ。車内では、ヌルい液体に飛び込んだような感覚が全身の皮膚を襲う。
すぐに違和感は薄れ、平常の感覚に戻っていく。
現地に到着、見た目は普通の渋谷の裏路地。ハイエースは道路上に停車し、急いで僕は外に飛び出すと、後部ハッチを開いた。
ヒュヒュ……
風が僕の両脇を通り、何かが飛び出していく。
僕は黙って後ろを振り返ると、人間の力ではあり得ない速度と歩幅で足跡が移動して行くのが見えた。
素早くハイエースに戻ると、魔鏡の前に座ってモニタリングを行う。
少女達だけで行かせたけど、あまり心配はしていない。彼女達の着るセイフクの力を考えれば、僅か4人でも心配はいらないはず。
過酷なクエストを生き延びるため、我々世界の管理者は、『天文学的に運の悪い東京の住人』の中でも特に、未成年者に対して特別な恩寵を与えてくれた。
『聖服』だ。
未成年者、特に学制服を着ている小中高校生に対して、『聖服』の恩寵を与え、学制服を着ていると、特典加護の『隠密』の効果で、足音も姿をも消し、敵モンスターから見つからない効果を得られるようにしてくれた。
僕は、モトローラ製無線機をモニター席の上に置く。
作戦の開始からは、無線で彼女達を名前で呼べない、コードネームで呼ぶ。
カピバラ6、カピバラ7、カピバラ8、カピバラ9。そして僕がカピバラ10だ。