15年後
本日3話投稿予定 2話目
3話目は、19時頃投稿予定です。
◆15年後◆
ブオオオオオオ
低いエンジン音と路面から来る振動が、硬めのオペレーター席の下から伝わって来る。
深夜の首都高渋谷線を疾走するハイエース・バン。黒く塗られた外装に、カピバラのキャラクターが可愛い齧歯目ぶりを主張して、『お掃除のプロフェッショナル。カピバラ・清掃代行』と大書されていた。車内は改造され、何やら怪しげな機械が、静かな唸り声を上げている。
ブレザーの学生服を着て、禍々しい装飾が施された謎機器を見つめている僕、辻輝|カナン、高校1年生。178cm70kg。左目を前髪で隠しているが、けして厨二病的な理由ではない、子供の頃に受けた傷を隠している為だ。
なので僕は、極普通の健全な男子高校生である……そう、僕は健全な男子高校生なんだ。
ポニョンポニョン
さっきから僕の後頭部に、ポニョンポニョンの何かが当たっている。
「おーい、カナンくうん、集中力が途切れてるわよ、意識を集中しないと魔鏡に魂を刈り取られちゃうぞ」
「うううう、月島班長、大人しく座っていてくださいよー」
パシッ
半泣きの顔でお願いしたら、何故か頭をはたかれた。
「何言ってるの、お姉さんが優しく魔鏡の使い方を指導してあげてるんじゃない。黙って魔鏡に集中しなさい」
さっきから、オペレータ席の後ろで、180cmを超える長身に見合うサイズの大きなオッパイを僕の後頭部に押し付けて、集中力をガンガン削いでくれてるのは、うちの二班を率いる班長の月島エリカさん。高校2年生。彼女も自分の高校の制服を着ている。
「ううう、絶対にわざとだ、健全な男子高校生の後頭部で乳休めしといて、集中しないと魂刈られるとか、殺す気ですか」
「うるさい、集中しろ」
パシッ
半泣きで魔鏡を見つめる僕と、僕で遊んでる月島班長の後部には、班長の他にも3人の少女がいる。
彼女達は、車体にそって据え付けられた長椅子に座り、色々な学校の制服の上から、カイデックスポーチを幾つも取り付けたタクティカルベストと、ウエストベルトを装備していた。
月島班長だけは、タクティカルベストは、胸部分が邪魔だからって、チェストリグとウエストベルトを装備してる。
全員の装備に共通しているのは、可愛いカピバラさんの絵をペインティングしたカーボン・ヘルメットと、ヘルメットに装着したナイトビジョン、コンバットブーツ、背中のポーチに差したモトローラ製無線機と繋いだ骨伝導インカム。そして短いスカート上から見えるデューティホルスターに差した、タクティカル仕様のガバメント1911オートマチック拳銃。
僕は、オペレーション席で作戦終了まで座っている予定なので、ヘルメットは被ってないけど、皆と同じようにタクティカルベストの胸部分に、カピバラさんのワッペンを貼り付けている。
好きでこんな仕事やっている訳じゃないが、生き延びる為に武器を手に取るしか選択肢の無かった僕達は、所謂民間軍事会社に勤務するコントラクターをやっている。
「あのー、月島班長、その辺で許したげてください。カナン君やって頑張ってるんですしぃ」
おっとりした口調で喋るのは、ブレザーを着たボブカットの女子高生……田主丸穂の香さん。17歳で僕より一学年上。
時々こうして班長のイタズラから助けてくれる、とても優しい人だ。
「えー穂の香ちゃん、だってカナン君をからかうと可愛いんだもん、お姉さん、もうちょっとこうしてたいなあ」
「うえええ、やっぱりワザトだったんだあ。勘弁してくださいよもお。目から汁が吹き出しちゃいますよ」
僕の泣き言にニヤッと笑った班長の顔が、魔鏡越しに映っている。
「もお、月島班長ったら。それとカナン君やてあかんで、皆んなの命かかってるんやし、しっかりせな」
「あ、はい、ごめんなさい」
怒られてしまった。
「もうええわ、そんな事より班長、こんな最新武器よく購うてくれましたねぇ」
穂の香さんの質問で、月島班長のオッパイが僕の後頭部から離れる。
「うん、穂の香ちゃん」彼女は、後ろに振り返り、手に持った銃を見ながら答えた。
少女達の手には、箱のような変わった形をしたサブマシンガンが収まっている。
TDI クリス・ベクター。
流行りのポリマーフレームで軽量化された本体でありがら、反動の強い45口径の弾丸を使うのに、発砲時の銃口の跳ね上がりを逃がす独特の機構を備えていて、高回転のフルオートでも安定した射撃ができ、高い集弾性を誇る最新鋭の短機関銃だ。
銃口の先には、サプレッサーまで装着されている。
「これねえ、やっぱり街中で使う事を考慮すると、アサルトライフルは、駄目って事になっちゃって、サプレッサー装着しても威力の落ちないサブソニック弾の45口径が良いって事で、ベクターが採用されたみたいよ」
月島班長の説明に、穂の香さんが自分の銃を見ながら頷く。
「あー、そうですねえ、前使うてた9mm銃のサプレッサー専用サブソニック弾は、値段高い癖に火薬量少のーて、やっぱ、ダンジョンのモンスター相手には、威力足らんかったですもんねえ。私ら人間相手にするんやないもん、使えんのはあかんわ」
「そうよ、ベクターは高いのに、社長が決済通してくれたのよ」
「えええー本当ですかあー」
2人の会話に小柄な少女が割り込む。
「へー、ドケチの社長が出してくれたんだー、凄いです」
4人の中で一番小さく、ショートカットの少女が、眠そうな目をこすりながら話しかけてくる。湖四季桜11歳、小学六年生、158cmの小さな身体で喜びを表現している。
「こらっ、ドケチは余計だよ」
オペレータ席の脇に置いたモニターの映像が突然切り替わり、プラダの派手なドレスと、深夜なのにサングラスの妖艶な女性がこっちを見て怒っていた。
カピバラ・清掃代行の社長、来栖亜紀さん。年齢を聞くとPC鉄拳が飛んで来るので、皆んな知らない。
「えへへへー、社長ごめんなさーい」
「ふんっ、こっちは、政府のパーティー会場から急行したんだからね、貧乏暇なしだよ全く。お上の後始末を請け負ってるんだ、あんたらグダグダ言ってないで、しっかりお仕事するんだよ」
社長は、そのままモニターの方へ腕を伸ばすと、下の灰皿から吸いかけのタバコを取って、豪快にスパーと吸い込む。
社長は今、運転席でタバコをプカプカ吸いながらハンドルを握っていた。
その様子を苦笑しながら見てた月島班長が、桜ちゃんに向き直す。
「桜ちゃん、眠い時間だけど頑張ってね。ああそうだ、桜ちゃんが前から申請してた物も、試験機として入れてくれたみたいよ」
「ええ、本当ですかー、やったー社長大好きー」
さっきまで眠そうだった少女が、目をキラキラさせている。心なしか、ハンドルを握る社長の頬が緩んでいる気がした。
深夜に眠そうな小学生にも銃を持たせる異常事態に、車内の誰も驚いてはいない。彼女達にとってこれは日常だ。
か弱く見える僕達は皆、こんな夜を何度も繰り返していた。
危険な指令を出してくる大人達は皆、特殊な力を持つ僕達の事をこう呼ぶ。
『超越者』と。
◆◇◆
超越者の歴史は、15年前東京を襲った幽体離脱災害の影で起きた怪異から始まる。
西洋美術館前で起きた怪異の時、死亡・失踪したはずの自衛隊員12名が、失踪4時間後の早朝、地獄の門から生還した。
死亡したはずの自衛隊員は、ダンジョンに堕ちる途中、世界側の管理者と出会い、加護を賜って特殊な力を手に入れ『超越者』になる。加護の力は強力で、丸腰の自衛隊員は、モンスターがうろつくダンジョンの世界を4日間サバイブして、地獄の門から4時間後のこちら側世界へ生還した。
この後、ダンジョン探索と時を同じくして、ダンジョンと現実が重なる現象が起きるようになる。
こちらの世界がダンジョンと重なった時、研究者の言う所の『天文学的に運の悪い東京の住人』がダンジョンへ堕ちた。
だが、彼らがダンジョンに堕ちる途中、彼らの身にも『世界側の管理者』を名乗る存在が現れ、ダンジョンを生き延びる為の力『加護』を与えてくれた。
そして運良くダンジョンで生き延びた人間が、ダンジョン探索隊に救出され、ダンジョンに関わる事になる。
加護の力を得た彼らは、摂理を超えた者『超越者』と呼ばれるようになり、何度かの事故で、国に処理仕切れなくなったダンジョン関連のお仕事が、『超越者』で作られた民間軍事会社に回って来るようになった。
残念な事に、僕達を含め一度でもダンジョンに入った人間は、ダンジョンから容易に逃れられない理由がある。嫌でもダンジョンで生き延びる力が必要なんだ。
と言うわけで、僕達が働いているカピバラ・清掃代行は、天文学的に運の悪い目に遭った未成年者の保護と、生き残りを賭けた戦いを支援する会社として、超越者の能力を活かし、都内エリア山ノ手で起きるダンジョン対応・ダンジョン内探索及び、調査隊時潜行偵察任務に邁進している。