さよならをもう一度
「気味が悪い」と母は言った。
「目障りだ」と父は言った。
「その色は災いのもとだ」と国の宰相は言った。
「国へ降りかかる災いはお前が原因だ」と国の教皇が言った。
「貴様を追放する」そう、国の王は言った。
「綺麗な色をしているわ」
あの人は、そう言ってくれた。
///-///
「おはよう彩瞳」「おはよう」「おはよー」「おはよ……あ! それ俺の分!」「早い者勝ちだよ」「なんだとこの」「静かにしなさい!」……。
「おはよう、みんな」
起床し、着替えを済ませて向かったそこは戦場だった。
大きなテーブルを10人程度で囲み、並べられた朝食の取り合いという名の戦闘を行っていた。
それに苦笑しつつテーブルにつき、そろそろ取っ組み合いになりそうな二人に声をかける。
「晃、人の分を取るんじゃない。俊、僕の分を上げるから静かにね」
「はーい」
「わかった」
おとなしく席に座り直して朝食を進める二人。
……これは乗せられたのかもしれない。
「いただきます」
まぁいい、早いところ食べてしまおう。
「――それじゃ皆行ってらっしゃい」
「いってきます」「行ってきまーす」「行ってきます」……。
「行ってきます」
院の前で見送られ、僕を含めた数人が出発する。
自分の登校前にこの子らを学校まで送るのが僕の日課だ。
「それじゃ皆今日も頑張れ」
「はーい!」
学校にたどり着き、見送られながら自分も学校へと向かう。
「彩瞳兄ちゃん約束忘れんなよ!」
「はいはい、行ってきます」
帰ったら一緒に遊ぶという約束の念押しに苦笑しつつ、手を振りながらその場を去る。
そしてちょうどあの子らが見えなくなったときだった。
「……っ!」
足元に魔法陣が現れたのは。
///-///
「――よくぞ来た!」
開口一番、国王はそういった。
魔法陣が発する光に包まれ、次の瞬間にはもう城の中にいた。
中央に玉座がある広めの空間、謁見の間だ。
少し上にいる国王から見下ろされ、左右にいる複数の人間から見られるこの感覚は、どこか懐かしい。
「我が名はエウロ・クラウド・シュピーツ。我がシュピーツ王国の国王である」
跪けと命じられ、おとなしく従えば、尊大に構え王は話し始める。
「貴様を呼んだのはほかでもない。我が国が滅亡の危機にあるためだ」
国王が話した内容を要約するとこうだ。
・シュピーツ王国は現在、隣国に攻められている。
・隣国に奪われ、食糧なども厳しい状況である。
・この状況を打破するために、召喚の魔法を使用し、力ある者を呼ぶことにした。
そしてその召喚の魔法で呼ばれたのが僕とのこと。
まぁなんというか……。
「国王様」
「なんだ」
敬う態度を取りながら、国王に話しかける。
「無礼を承知で、申し上げたいことがあります」
「ほう? ……許す。申してみよ」
「では……」
まず、王の隣にいた宰相に、
「ユリウスさん。痩せましたね。やはり仕事が苦しいので?」
「……は?」
次に、宰相の逆側にいる教皇に、
「アゼルさん。あなたは逆に太りましたね。まだお布施をちょろまか……懐に納めているので?」
「なにを……」
最後に、唖然としている国王を見て、
「王様。順序が逆でしょう?」
「なにが……」
「隣国の話ですよ」
立ち上がって続ける。
「隣国が攻めてきて食糧難になったんじゃない。食糧難になったから、こっちから隣国を攻めたんでしょう?」
「なぜそれを……!」
やっぱりか。
あのころからもう麦なんかの収穫が少なかったからな。
それに隣国には向こうから攻めてくる理由もないはずだ。
「き、貴様。何者だ! 他国の間者か!」
「……まだわかりませんか?」
まぁ無理もないか。
むしろ覚えている方が驚きだ。
「僕の名前は楠 彩瞳です……が、以前は別の名前でした」
「……」
まだわからない様子の彼らに、一つヒントを与えよう。
「この国では、黒はまだ災厄の、忌み嫌われる色ですか?」
自分の髪の毛を弄りながら伝える。
「っ! 貴様、まさか!」
漸く察しがついた様子の国王。
「あの時の小僧か! あの! 災厄の原因の!」
「クルスですよ。クルス・ブラク」
人を悪の権化みたいに言うのはやめてもらいたい。
あれはあなたたちの身勝手な考えなのだから。
僕の名前を聞き、宰相と教皇も察しがついた様子。
「そう、僕はそこの教皇に災厄の象徴とされ、国王、貴方から追放され、宰相から追放の魔法を受けた。あの時の黒髪の小僧ですよ」
忘れたくても忘れられない。
10年前、僕がまだ幼かったころ国に飢饉が訪れた。
その被害は甚大なもので、作物は枯れ、食糧がどんどんなくなっていった。
そんな時、教皇が言った。
「この国には災厄のもとがいる」と。
それが僕だった。
この国では黒という色は忌み嫌われるものだ。
そして、僕は黒髪黒目をもって生まれた。
そのため家族からも疎まれ、孤独に暮らしていた。
そんな時、いきなり王城へ連れていかれ、ちょうどこの部屋で、今と同じような状況で、こういわれたのだ。
「この飢饉の原因は貴様だ。よって貴様を追放する」と。
そして、魔法の使い手である宰相によって、追放の魔法が発動された。
その魔法の効果は、その名の通り、対象をこの場から消し去ること。
これを受けた者がどこへ行くかは、受けた者にしかわからない。
……そして僕は、異世界に飛ばされた。
「――そうか貴様、あの時のガキか!」
教皇の怒声によって、現実に戻された。
ひとまず回想終了。
「やはり貴様は災厄の象徴だ!」
国王が激昂し、近衛兵を呼ぶ。
すぐに兵士たちは現れ、剣を抜いて僕を囲む。
「死ね! 死んでしまえ!」
その声とともに、兵士たちは襲い掛かってくる。
「強化:筋力、敏捷」
短くそう唱える。
体を薄い光が包み、力が湧くような感覚とともに、兵たちの動きがスローになる。
スローになったというより、僕が早くなっただけだが。
剣を避け、兵士の一人をけり飛ばす。
それだけで蹴りの当たった部分の鎧は砕け、後ろへ吹き飛んでいく。
同じような流れでほかの兵士も片付ける。
「な……なっ!?」
唖然としている3人を冷ややかに眺める。
しかしだらしがない。
6人で囲んで一人を倒せないとは……これは滅亡の危機を迎えるのもわかる。
「く、来るな化け物!」
怯えた様子で国王がそう言ってくる。
……まぁいいか。
そのまま僕は踵を返し、謁見の間から去った。
そして近くの窓から飛び出し、綺麗に着地。
城から脱出し城下町へと向かう。
城下町にたどり着き、寂れてはいるが変わっていない街並みを進む。
やがて一つの家の前にたどり着いた。
「居てくれるといいけど……」
つぶやきながらドアノブに手をかける。
するとピリッとした感覚とともに、手がはじかれた。
「っと……そうだったそうだった。開錠:『先生と呼べ』」
キーワードをつぶやく。
するとドアがほんのり発光し、ガチャリという音がした。
ドアを開け、中に入る。
「……変わってないな」
昔のままのその内装に、懐かしさを感じながら奥へと進む。
途中で人の気配を感じ、キッチンの方へ向かった。
「こんにちわ」
「……っ!」
キッチンで料理をしていた少女に声をかける。
「だ……だれですか?」
怯えながら、少女は問いかけてくる。
「ごめん、驚かせちゃったね。怪しい者じゃないんだ」
どういったものか少し悩んでいると、近づいてくる人の気配が。
「フィリスどうした。客か?」
振り向けば、そこには一人の女性がいた。
寝起きのようで、枕を抱いている。
彼女は僕の姿を見つけ、訝し気に覗き込んだ後、目を見開き固まった。
「こんにちわ、お久しぶりです先生」
「……」
そう呼び掛けても彼女は固まったまま。
どうしようか考えているうちに、一つの妙案が思い浮かんだ。
「先生、少し老k――」
ヒュン、ドゴッ。
そんな音とともに、僕の顔のそばを何かが通り過ぎた。
ゆっくりと振り返ってみれば、壁に女性が持っていた枕がめり込んでいた。
「ふ……なに?」
もう一度彼女の顔を見てみれば、笑っていた。
なるほど目の笑っていない笑顔というのはこういうものをいうのだろう。
「ふ……ふつくしくなられましたね」
「……それはどうもありがとうバカ弟子」
彼女はしばらく僕を睨め付けていたが、やがてそういった。
「まぁ、積もる話もあるだろう。フィリス、茶を入れてくれ。二人分な」
「は、はい!」
少女にそう伝え、ついて来いとでもいうように踵を返して奥へと進んでいく。
それについていけば、一つの部屋に案内された。
備え付けられていたソファに腰かけ、彼女と向かい合う。
「それで? 10年たって今更何をしに来たんだ? どうやら相当腕を上げているようだが。国に仕返しでもするのか?」
「それは先ほど済ませてきましたよ、マグゼ先生」
冗談めかしてそう言ってくる彼女、マグゼ先生にこちらも冗談めかしていう。
「今日は、先生に追放してもらおうと考えてきたんですよ」
「……なるほど、魔力が0に等しい世界……ねぇ」
僕が経験してきたことを軽く伝えた後、先生はそう言った。
追放の魔法を受けた後、僕は地球という世界へ飛ばされた。
そこに魔力はほとんど存在せず、魔法ではなく科学というものが発展した世界だった。
僕のいた世界の人間にとっては魔力とは生命力に等しい存在。
普段は周りに存在している魔力を吸収しているのだが、地球ではそれが出来なかった。
結果として、魔力操作の能力が桁違いになるほど上達することになり、近衛兵を一瞬で倒せるほどになったということだ。
「では私もそこへ行けばさらに強く……」
「やめておいた方がいいですよ」
そんなことを言い出す先生に、苦笑しながら伝える。
「常に魔力不足になっている状況です、慣れないうちは相当つらいですよ」
「そんなもの、すぐに……」
「それになにより……『言葉が通じません』」
「? 今何といった?」
先ほどまでの言葉をやめ、日本語と呼ばれる向こうの世界の言葉でしゃべる。
案の定全く先生には伝わらなかった。
「言葉が通じないんじゃどうしようもありません。僕はまだ子供でしたが、先生ほどの姿でそれは厳しいものがあるでしょう?」
「そ、そうだな……」
少し落ち込んでいる様子の先生に、また苦笑しながら伝える。
「それに、あの子はどうするんです?」
「あぁ……フィリスか」
「先生のことだからまた僕みたいに一人ぼっちの子を連れてきてるんでしょ?」
「それだけ聞くと人さらいみたいだな」
案外間違いではない。
いきなり現れて、魔法や武術の稽古をつけてやるなんて言ってくる人は人さらいと同じようなものだろう。
「先生が消えたらまたあの子は一人になるんじゃないですか?」
「……まぁ、そうだな」
「じゃあこの話は終了ですね。それじゃ、僕に追放の魔法をお願いします」
「あぁ……それはいいんだが」
「? なんです?」
変に歯切れの悪い先生に、不審に思い尋ねる。
「お前はそれでいいのか?」
「あぁ……」
そういうことか。
「始めのころは僕も帰りたいって思ってましたよ。でも、今はそうは思いません」
飛ばされた僕を迎えてくれたのは、楠院と呼ばれる孤児院の皆だ。
言葉の伝わらない僕に親身になって対応してくれ、温かく迎え入れてくれた。
最初はこっちの世界に帰りたいと思っていたのに、いつの間にか、向こうが僕の帰る場所となっていた。
「だから、帰ります」
「……そうか」
それに約束もありますしね、と先生に伝えれば、温かい表情で笑ってくれた。
それから間もなく、師匠は追放の魔法を発動した。
魔法陣が発する光に包まれながら、考える。
散々帰りたいと思っていた。
もう帰れないと思っていた。
次から次へと浮かんでくる思い。
あの時は自分の意思ではなかった。
拒否する間もなく飛ばされた。
でも今度は自分の意志で行く。
ならば、必要な言葉は一つだけ。
「さよなら」