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理想と現実と期待

作者: 砂糖鈴
掲載日:2016/05/22

最後のバッターが三振した。

春の選抜をかけた挑戦はこの瞬間に終わった。

そして俺はこの試合で等々出番は無かった。背番号10番をつけベンチを温め続けた。

控え投手である俺は試合の展開から出番があると考え、初めのうちは真剣に肩を作っていたが、4回に5点を取られても声がかからなかった時点で、無駄に肩を消耗させる必要は無いと考え、軽く体を動かしながら試合を見守った。

過去に春の選抜に1度、夏の甲子園にも1度出場しているが、現在では古豪と呼ばれ、ベスト8に残れるかどうかのチームであったが、今年は準決勝まで進出しただけ大健闘だろう。

まあ、それも県内屈指の強打者であり、なおかつ捕手として守備の要であり、プロからも注目されていた夜明耕介(ヨアケコウスケ)の活躍があってこそだが、その夜明を準々決勝に怪我で失った事で、準決勝は大敗で終わった。

スコアとしては8対0、コールドで終わった。


所沢南高校は埼玉県の公立高校の1つだ。古豪と呼ばれ、それなりに優秀な選手は集まる。私立のセレクションから漏れ、強豪校でベンチを温めるくらいなら試合に出れる環境を求めてくる選手が多数だ。

その為、どうしても劣等感は強く、能力的にも強豪校と呼ばれる学校に集まる選手よりかは1つランクが下がってしまう、その上、環境や練習時間も限られている。

その状況では中々結果が出ない年が続いている。

甲子園に出た年はどちらも規格外の選手が入ってきた年だったが、2年前にそれに匹敵する生徒が入ってきた。それも2人も同時に入ってきた。

1人は夜明耕介。中学の軟式出身だが県内でも騒がれ、強豪校からも声をいくつも掛けられていた逸材でもあった。身長こそ170センチ代半ばと物足りなさを感じるが、それを補う運動能力と高い洞察力でチームを勝利に導ける選手だった。実際に2年後にはベスト4まで導く活躍をした。

もう1人が小野寺真司(オノデラシンジ)、リトル時代から怪物と呼ばれ、夜明以上に騒がれていて、県内だけでなく、全国区の怪物だった。シニア時代に伸び悩みこそしたが、それでも結果を残してきた。体格的に小学生時代は小学生離れしていたが、そこから伸び悩んだ、それが良い方向に向いたのか非常にフォームが固まっていて、安定感がある選手だった。

この2人は1年の夏から背番号をもらい、代打やリリーフが中心ではあったが、活躍した。


しかし、期待通りにはいかなかった。

夜明は順調に成長し、2年の春から4番で正捕手の座をつかみ、チームの中心人物として活躍するも、小野寺は成長が全くなく、技術も伸びが少なく、何より精神面が未熟なまま変わらなかった。

理想ばかり追い求め、現実が見えていない。以前は周囲より優れた体格を武器に直球で力押しができていたが、思っていた以上に体格が伸びず、周りの筋力面で追いついてきた高校では自慢の直球だけでは通用せず、打ち返される日々が続いた。

コントロールを磨き、一時は通用するかと思いきや、肘を痛めてからはどうしても全力で投げる事ができず、打たれてしまい、試合を作れずいた。

3年生になった今では全国区の注目選手とチームの3番手投手という立ち位置になるほどに差が広がっていた。


大会の翌日は夏に向けて皆が野望に満ちている。

新1年生も入り、チームの競争はさらに激しくなり、3年生にとっては最後のチャンスでもある。

グラウンドには練習開始前にも関わらずほとんどの人間が汗を流している。

その中でも、小野寺は練習終盤ではないかと思うほど、汗をかいている。グラウンドの周りを何周も走っている

「集合!」

監督が声をかけると各々練習していた部員が監督を囲むような形で集まる。

「昨日は負けてしまったが、まだ本命の夏が残っている。そこに向けてチームを作り直す事になるから、レギュラー陣も含めて一から組みなおす」

1軍枠は20名、その中で部員数は現状で約60名、そこに1年生が加わると100名前後になる予定だ。

その中からの競争になる為、背番号が大きかった人間程、焦りは生まれるし、背番号をもらえなかった人間ほど、期待が大きくなる。

「今年は本気で甲子園を狙える年だと俺は思っている。秋大会ではベスト4まで勝ち進み、私立を相手にしても勝てる事を証明できた。ここに後一歩力を加えれば必ず勝ち進める」

監督は熱く語るが、その話題に関しては部員達は少し冷めている。試合に出たいが、勝てるとは誰も思っていない。

チームの中心、私立校を相手に勝機を見いだせたのは、チャンスで回せば得点が期待でき、最悪1人でも点を取る力がある夜明がいたからこそだ。

だからこそ、守備に時間をさき、1点を守り抜く試合ができたのだ。

その守備でも捕手としてチームの中心にいた。現にいなくなった準決勝は試合にならなかった。

そんな思いでいる皆は監督の横に立っていた夜明を見た。松葉杖をついていて、膝には固定具がついている状態だ。夏に間に合うとは思えない。

視線に気づいたのか、監督が話し終えると、夜明が半歩前に出た。

「俺は気づいているかもしれないけど、夏には守備にもつけないし、全力で走る事も難しい。けれど許されるのであれば、打つことはできる。代打で1打席なら誰よりも結果を出す自信はある。必ず戻ってくるからチームとしてもう1度頑張ろう」

夜明の演説への反応は喜ぶ者、枠の無駄遣いだと妬む者など様々だった。


俺は今の話を聞いて、いや事前にこの事を知らされた時から馬鹿だなとしか思わなかった。

お互い、この学校に来る人間としては中学時代の実績は別格の実績を持った者同士であったので仲は悪くなかった。

中学時代から良く知っていた。お互い上を目指していたし、プロを目指せる唯一の同士だと思っていた。

それが、こんな高校レベルで燃え尽きようとしているとは思いもしなかった。じっくり怪我を治せば、高校からのプロ入りは難しくても大学や社会人からは可能性があっただろう。

確かに甲子園は俺たちの夢でもあったけど、通過点の為に燃え尽きようとしているあいつをみて、見下していた。


チームは新しい形を作ろうとしていた。とにかく今まで以上にロースコアで勝つ事が求められる。

7回までを同点で終え、チャンスで夜明に回して、確実に1点を取り、それを逃げ切るチームを作る事が唯一甲子園への道となる。それは皆分かっていたし、監督も夜明も覚悟していた。

チームの練習比率は変わった。守備練習が多くなった、夜明のような1人で点を取れる選手がいなくなった事で、走塁もより重要視されてきた。


しかし結果は出なかった。練習試合でも負けが続き、春の大会でも組み合わせの不幸はあったものの2回戦で姿を消すことになった。

ロースコアに持ちこむ事ができず、7回にエースが連打を浴びて、7回時点で5対1、さらに9回に1死1塁で迎えたチャンスで代打に夜明が出るも、敬遠され、その後のチャンスを物にできず5対1で負けた。

1年生を含めた新チームは希望の見えないスタートを切ることになった。


そもそもこのチームは投手力も決して強くない。県内のレベルを考えると中の上。平均的な能力しかない。

エースは青木 勝利(アオキカツトシ)、右投げで球速はマックスで132キロ。

平均すると120キロ代前半の平均的な投手で変化球もカーブとスライダー。コントロールとキレもそこまで良くはない。

どちらかと言うとスペックは高くないが、非常に粘り強く投げ続ける事で失点を最小限に増やし、味方の好守を産むタイプだ。

2番手は橋本 賢治(ハシモトケンジ)。右投げで球速はマックスでも128キロ。変化球はスライダーがメイン。特徴はサイドから投げている事と、3人の中では一番コントロールが良い事くらいだろう。

3番手は俺だが、スペック的には一番高いが、一番試合が作れないと言われている。

俺から言わせてもらえば、高校の段階で小細工をして抑えるくらいなら、打たれた方がマシだ。今は肘の調子が回復段階だが、治ればまた全力で投げる事ができる。

そうすればまだ自分は通用すると信じている。

俺は昨年の夏には140キロを記録して、平均球速も130キロ半ばを安定して出せる。何より左でコントロールが良いというのが最大の売りだった。

怪我をして思い切り腕を振れなくなってからは長いイニングを投げるとスピードはでてもコントロールがつかなくなっている。

それでも練習をしていれば、いつかは戻るし、その頃には筋力も増やしてさらに上のレベルを目指している。

甲子園を最終目標にしている2人とは見ている世界が違う。

始めは公立の古豪を復活させ、私立を倒していく。夜明と2人ならそれもできると思っていたが、お互い怪我を抱えた状況じゃ無理をする必要もない。

自分の商品価値は大学で上げればいい。今は無理をする所じゃない。


結果が出ず、少しずつ諦めた者が出てきた。

普段だったら練習する人間がいる時間だったが、誰も見当たらない。

練習後のランニングを終えて1人ダウンを兼ねて部室に向かって歩いていた所、夜明に声をかけられた。

「お疲れ」

「ああ、そっちはこんな時間までいて大丈夫なのか?」

「今日は全体練習の時間に病院に行っていたから、ウエイトをやってたからな」

「ああ、そういえば見えなかったな」

「相変わらず周りに関心がないな」

2人でベンチに腰をかけた。

「そっちはどうだ?」

「まあ、痛みはないけど、元の感覚にはまだ戻っていないという所かな」

「そうか」

「まあ、大学で取り戻してやるさ。お前はこんな所で無茶をしていいのか」

「俺はここで終わりだよ」

「やっぱりか・・・」

「俺は元々プロよりもこの高校で甲子園に出る事の方が夢だったからな」

俺は意外な言葉を聞き、驚いた。思わず夜明の顔を凝視してしまった。

夜明は小さく笑みを浮かべている。

「そんなに意外か?入学した頃はよく話しただろ。俺はこの高校を甲子園に連れていく為に入学したって」

「そういう話はしていたけど、てっきり通過点としての目標だと思っていたよ」

「俺にとっては通過点すら通れないゴールはないよ。目指した所に辿り着けない以上ゴールに辿り着けない。通れないのは仕方ない。でも諦めたら、次の目標なんて目指せない」

「そういう所は子どもだな」

俺は少し小馬鹿にしたように笑った。

夜明も笑っている。

「そりゃそうだ。俺達はガキだろ」

「まあ、それもそうか。俺も調子が戻れば頑張るよ」

「戻るのか?俺はお前の球を受けていたが、去年の方がはるかに良かったぞ。しかもその時点で通用していない」

「何が言いたい?」

「現実から逃げるなよ。俺達は昔みたいに特別な存在じゃないんだ。出来る事をやって道を作っていくしかないだろう」

夜明はそういうと席を立ち、部室に入っていった。

「現実か・・・」

それはよく分かっている。心の中で強がったって自分がもう特別な人間でない事に気づいている。

確かに小学生の頃は騒がれたよ。将来のプロ候補と呼ばれたし、全国大会にも出場した。

中学に上がってシニアの大会でも自分より凄い人間は少なかった。球速は130キロを記録した時は全国的にも騒がれたし、専門誌に載った事もあった。

高校は全国から声がかかったし、名門校と呼ばれる高校も数多かった。

それでも自分の中では既に気づいていた。身長が止まり、周りと目線が追い付かれて、追い抜かれてきた。

自分よりも早い球を投げる人が出てきた。

自分は左だから、コントロールは俺の方が良いと自分の中で言い訳をしながらも投げ続けた。

皮肉にも天狗になって無双できていた少年時代よりも通用しなくなってきてからの方が練習量は圧倒的に多い。

今では夜明が離脱した事もあり、部内でも一番の練習量だと自他共に認めている。正直俺みたいなのが浮いていないのは練習量で一目置かれていて、なおかつ潜在能力は高い物がまだみられるからだろう。

何度も言うが夜明を除けばこの高校で自分よりもカタログスペック的に上どころか比較対象すらいない状況だ。

それでも結果は出せない。先発すれば中盤で捕まり、リリーフで出ても何故か打たれてしまう。

結果を一番出していない選手である事は自覚している。それでも文句を言われないのは練習量のおかげだろう。

いまや結果を出す為の練習でなく、量をこなすだけの練習になっている事は自覚している。

見栄の為だろう。自分は他と違うんだ、これだけやっているから何時か戻る事が出来る。

そう信じている、いや思い込もうとしているだけなんだ。


その後の練習試合でも同じような結果が続いた。

徐々にモチベーションが落ちているのが目に見えている。

それでも、チームとして結果が出ていない中でも、練習を続けられるのは、勝ち筋が見えてきたからだろう。

エースの青木を中心に中盤まではロースコアに持ち込み、終盤に勝ち越す所まではうまくいている。

後の課題は終盤のイニングをどう凌ぐかだ。

青木の成長だけでは不確かで、2番手の橋本も1,2イニングをかわすのが精いっぱいだ。

その中で、1年生の小林 辰樹(コバヤシタツキ)が結果を出し始めてきた。

俺と同じシニア出身で、よく懐いてきてた印象しかなかった。

当時はそれ程でもなかったが、3年生になって一気に身長を含めて伸びていたようだ。右と左の違いはあるが、力のある速球を散らして打ち取る、昔の俺と同じスタイルだ。

フォームから何まで似ている、違いは俺よりも背が5センチ以上高い分、角度がある。

入学してきた時に、俺に憧れていたって過去系で嫌味を言われてしまったが、本当に憧れていたのかもしれない。

だからこそ、あのスタイルでは強豪校に通用しない事も見ていて気づいてしまった。

あれで通用するなら俺も通用している。

初見だからこそ、打ち損ねがでているが、角度やタイミングを研究されてきたら、通用しない。

もちろん俺にはない、身長があるが、俺にも左の優位性がある。

その程度の差はあっさり埋めていくのが、強豪校の強さだと気づいている。

だからこそ、俺たちも勝つ為には常に進歩を続けないといけないんだ。


6月に入り、県外の甲子園常連校で、今年の選抜でベスト8に入った高校との練習試合が決まった。

久しぶりの本物の強豪校との練習試合で、期待と不安があるが、ここで結果が出せないと、県を勝ち抜くことなんてできない。

試合は来週の日曜日、明日に決まっていた隣の県で春の大会でベスト4に入った高校との試合もあり、この2試合が最後の試金石になるだろう。

練習にも熱が入り、春の大会前以上に活気に満ちていた。

練習後も普段よりも残っている人間が多い印象だ。

俺はランニングに出る為に、シューズを履き替えに部室に戻ろうとした所で声をかけられた。

「お疲れ様です」

後ろを振り向くと小林がいた。

「お疲れ、お前はあがっとけよ、明日は出番があるから」

「ちょっと走っときたいので、一緒にいいっすか?」

「いいけど、ペースは遅いぞ。今日はダウンの意味合いが強いからな」

「なおさら、ちょうど良いんで、一緒に走ります」

高校の裏にある土手が1周で2キロと丁度いい場所だったので、今日はそこを走る予定だった。

「じゃあ、先に土手で待ってるわ」

「わかりました。準備してすぐ行きますね」

俺は準備体操をして待っていると小林がすぐにきた。

「お待たせっす」

「じゃあ1周10分くらいのペースで6周回るから」

2人で走り始めた。

特に話す訳でもなく、1時間弱くらい予定通り走り終えた。

「俺はダウンに入るけど、どうする?」

最後に完全なダウンに移る為に歩きに切り替えた。

小林も同じく、徒歩に切り替える。

「俺もあがります」

「そうか」

2人で並んで歩き始める。

「明日、俺は通用すると思います?」

小林が話しかけてきた。

「・・・・・・・」

正直な話、先発で長いイニングなら通用しないと思うが、短いイニングなら、どうなるか分からなかった。

「俺は短いイニングなら先輩よりかは通用すると思っているんですよね」

「かもな」

「何でかわかります?」

「今はお前のほうが良い球投げているからな、俺は怪我をした終わった選手だよ」

「変わりましたね、昔は格好良かったのに、今じゃ達観したふりして、捻くれているだけっすね」

「・・・・・・」

「俺は、明日投げると言われているので、ダウンして上がります」

「お疲れ、明日は頑張れよ」

小林は頭を軽く下げて、部室に戻った。

俺は柔軟をする為に、グラウンドに戻ってきた。

先ほどの話から考えると、監督は明日投げる人間には声をかけているようだ。

俺も以前は必要な時は声を掛けられていたが、明日は必要ない様だ。

とうとう、3番手も失って、背番号を失う事になるかもしれない。

少なくとも投手としては必要が無くなる可能性が高い事を理解した。

習慣から念入りに柔軟をしている。怪我をしてからは30分以上、時間を費やしている。

「お疲れ」

後ろから声をかけられた。重なる日は重なるなと思い、振り向いた。

「お疲れ、まだ残っていたのか」

橋本がいた。姿が見えないから帰っているものだと思っていた。

「明日は相手が相手だからな、映像が多かったから青木と夜明の3人でチェックしてた」

「やっぱり明日は3人でどこまで投げられるかが、テーマか?」

「まあ・・・・・・そうだな」

「気を使わないでいいぞ、俺は結果が出てないのは知っているから」

「お前、何で・・・・・・」

橋本が少し、怒っているのが分かる。

何に怒っているのか、俺が危機感を持っていない事か、期待してもらってるのかは分からないが、今日はよく失望される日だ。

「俺は、もう上がるよ」

立ち上がり、部室に戻る。橋本はこっちを見て何か言いたそうだったが、何も声は聞こえなかった。


翌日の試合では、予想に反して善戦していた。

6回の時点では2対1と1点のビハインドながら食いついている。

7回には橋本が登場し、1点を失うものの、1回を無事乗り切った。

その裏の攻撃で、相手のエースが制球を乱し、2アウトながら1,2塁のチャンスを迎えた。

打者は橋本であったが、ここで夜明を代打に送った。

相手も、投手を替えてきたが、甘く入った球を見逃さず、外野の間を抜く長打を放った。

ランナー二人が返って、試合は振り出しに戻り、夜明は2塁まで激走した。

その後、代走を送られ、夜明は退いた。

俺はベンチで飲み物を用意して、迎えた。

「お疲れ」

「上手く打てたよ。ここで動揺してもう1点くらい入ると勝ちが見えるんだけどな」

そんな話をしていたら、続く打者の当たりで外野と内野の間に上手く打球がポテンと落ちて、打者が返ってきた。

この試合で始めてリードした。

ベンチは大歓声が上がっている。その横で、小林は必死に肩を作っている。

俺は声を掛けられていなかったが、キャッチボールだけはしておこうとグラブを持った。

「お前は今日はいいぞ」

監督に声をかけられた。

「分かりました。何かあった時の為に、急には投げれないので、一応作っときます」

完全に見捨てられているとは思いながらも、少しの悔しさと、ベンチで一緒に素直に喜べない状況から抜け出した。

ブルペンから試合を眺めていると、小林は8回を2人まではスムーズに打ち取るも、2アウトから連打を浴びた。

奇しくも2アウト1,2塁と同じ形になった。

そして4番打者を迎え、甘く入った球を同じく、外野の間に抜けられてしまった。

試合は再び、1点リードされた展開になった。

その後は2つの四球を出して満塁のピンチを迎える。

俺はベンチに戻った。もしかしたらここを抑えれば逆転のチャンスはある。そして小林では抑えられないのは誰の目にも見えていた。

可能性があるとしたら俺だけらだろう。久しぶりに必要とされているのではないかと勝手に期待をしていた。

しかし、声をかけられる事が無かった。

結果としてその後、連打を浴びて点差は15対4まで開いてしまい9回の表、最後の攻撃は四球で1人出塁するも返せず、負けてしまった。

試合後、小林はうなだれていたが、夜明が声をかけて上手く対応していた。

ベンチ外では監督の采配に陰口を叩く人間も多かった。

結果として小林は通用しなかったし、俺を出していれば勝っていたと言ってくれた奴も多かった。

しまいには俺を先発させるしか強豪校には勝てないという的外れな意見も多かった。

嬉しい意見ではあって、以前なら共感してしまったが、今では究極的に的外れだと断言できてしまう。

何故なら、試合を見て分かってしまった。俺が何で使われなかったのか、小林の方が期待されたのか。

それは姿勢だ。あいつは最後まで諦めなかった。どれだけ打たれても自分を信じて自分からマウンドを降りなかった。

何とかして抑えようと工夫をしていた。それが伝わるから、次に繋げる為にチャンスを与えている。

俺は理想ばっかりを追って、胸元に直球を投げ続けていた。中途半端にコントロールが良く、中途半端に球が速いものだから打たれているのに気付いているのに。

確かに昔はそれで空振りを取れて、気持ち良かった。

ただ、それだけを追っていた。それが出来ないと次のステージに行けないと勝手に思い込んでしまっていた。

それが出来なくなっても、自分の需要はまだある。

俺の能力なら他の方法で抑えられると信じてくれていた。だから先発でもリリーフでも使ってもらえていた。

どれだけ裏切ってもギリギリまで使ってもらえていた。

ただ、とうとう見限られてしまった。


翌日、俺は変わらず淡々と練習をしているが、凄くもどかしい。

入学して初めてチームの為になりたいと思った。凄い悔しい。周りが自分に出来る事を全力で取り組んでいる中、自分だけが浮いている気分だ。

俺には慕ってくれる後輩もいる、練習をしていれば、アドバイスを求められ、嬉しくなり応えてきた。

でも、結果で応えないと駄目なんだ。練習量で満足しているような奴が上にいけるわけがない。

恰好悪くても、不格好でも、周りから惨めに思われても、結果を出さないと次のステージには進めない。


目に見える結果を出すためにチームを改めて見ると、自分の役割が後ろにしかないことに実感した。

自分の状態を考えると、そこで結果を出すしかない。

現在のチームの投手事情は周りに劣っていてもエースは青木だ。何よりチームから信頼をされている。どんなにピンチになっても打者に立ち向かう姿勢はチームに勇気を与えている。

俺には出来ないことだ。ただ、青木では6回までしか持たないのは、誰もが気づいている事だ。

練習試合を含めても6回までなら最少失点でまとめていても、それ以上長いイニングを投げようとして失点するのが、恒例のパターンになっている。

しかし、2番手の橋本も1,2回をごまかすのがやっとの状態、そして俺が出てはランナーを出し、失点を重ねている状況だ。

典型的な100球肩の青木と、元々能力的に苦しい中、工夫を重ねて抑えている橋本。

この2人に負担をかけている中、俺だけは自分の結果が出ない事に不貞腐れ、先発を外れた時は試験だといって、自分の投げたいように投げ、相手を見ていない状況だった。

残りの2,3回を俺が完全に抑えれば、チームはまだ戦える。

今、俺がするべき事は、昔のように相手を圧倒する投球に戻るのでなく、不格好でも相手を抑える投球をする事だ。

その為には、橋本のように変わらないといけない。


橋本賢治は特徴のない投手だった。

正直にいうと県大会を勝ち上がろうとする高校レベルで投げる資格がない投手であった。

少年時代には藤川球児に憧れ、直球を磨いた。

投手を続けていくにつれ、上のレベルには常において行かれている事に気づいていた。

小野寺が高校で当たった壁に小学生の頃からぶつかっていた。

それでも投手でありたかった。

藤川選手のようにはなれないけど、投手として野球を続けたかった。

工夫を続け、投げ方を変え、変化球やコントロールを磨き、ギリギリで生き残ってきた。

高校では小野寺を見た際に真っ先に投げ方を変えた。

今までフォームこそ何度も変えてきたが、オーバースローの投げ方だけは拘ってきた。

それが速球派にいつかなる為の最後のプライドだった。

それでも小野寺の球を見た瞬間に同じチームにこんな奴がいたら、自分は全く別のタイプでないといけないと真っ先にサイドスローに切り替えた。

何を捨てても投手としてチームに貢献できる道を考え、2年後に向けて地道に自分を作っていった。


それでも130キロにも満たない球速に、これといった変化球もなく、コントロールが良い訳でもない。

抑えられるのは相手をよく見ている。

苦手なコースに投げる、タイミングを上手くずらす、自分にある道具を最大限に使う事で打者と戦うタイプだ。

1球1球に時間をかけて、間ですら武器にしている。

以前は一番嫌いなタイプだった。

目の前の勝利の為に自分に蓋をしていると心の中で馬鹿にしていた。

けれど違う。自分の課題が一番見えているのが、橋本なんだ。

常に自分の足りない所を直視し続けないと戦えない、そして相手も能力を上げてくる。

そこに対して常に研究を続けないといけない。

俺のように自分とだけ戦っていたつもりになっていた人間とは大きく違う。


短い期間で変えられるもの、それは配球だ。

フォームは今更変えられない、体も作り変えている時間は無い。

それでも配球を変える事で、抑えられる可能性は上がる。

特に短いイニングならデータの多い俺が裏を突く事でチャンスは増えるはずだ。

自分の持っている物だけでは戦えない、橋本や夜明に相談する事にした。


練習試合の翌日は練習がお通夜のようだった。

一部の人間を除いて声が出し切れず、期待も低い、週末の練習試合に対するモチベーションが落ちていた。

全体練習は試合翌日という事もあり、普段より早く終わったが、先週と違い、皆帰ってしまっていた。

俺は普段であれば、ランニングに行く所だが、今日は真っ先に橋本を探した。

都合よく橋本は夜明と一緒にいた。

姿を見つけると俺は急いで近づいた。

「橋本、ちょっと時間あるか?よければ夜明も一緒だと助かるけど」

2人は驚き振り向いた。

「どうした?珍しいな。少しなら俺はいいけど、賢治は?」

「俺も大丈夫だけど、どうした?」

「今更な話で悪いんだけど、配球について相談がある」

2人は顔を見合わせた。

「悪い、それなら他を当たってくれ、監督から今回の投手はもう決めているって言われている。チームの為にならない話に時間を今は作れない」

橋本はそういうと監督室に向かっていった。

夜明は立ち止まり、橋本を見送ると切り出した。

「本当にどうした?ここで投げる意味でも見つけたか?」

「ああ。でも1人でやっていては時間が足りない。補える可能性があるのはお前ら2人しかいなかった」

「やっとか。でも結果が出るとは限らないぞ。俺と組んでた時だって、そんなに圧倒的に抑えてはいなかっただろう」

「分かっている。だから先発は青木に託す。2人が投げた後を埋めれれば十分だ。2,3イニングならお前の指示に従えば抑えられる可能性があるだろう」

「使ってくれるか分からないぞ。橋本の言っていた事は事実だ。お前はもう戦力として見てもらえない」

「分かっている。それでも、出来る事をしてチャンスを待たないと、今まで待ってて貰った恩を返す方法が思いつかない」

「分かった。今日はこれからミーティングだから、その後でいいか?どうせ走るのだろう?」

「ああ」


アドバイスを受けた内容は配給というよりも姿勢の話が多かった。

具体的には2つあり、1つは球数を増やす事だった。簡単に言うとボール球を意図的に投げるという事だ。

怪我後の俺は身体と理想、その2つが重なりストライクゾーンに投げる意識が強すぎた。

そして決め球はインハイ。そして決め球はコントロールが良い為、決まった所にいく確率が高い。これだけ分かりやすければ、多少速くても、余程調子が良い時でないと、それなりに強い高校は対応してくる。

決め球は別として、もう少しボール球を増やす事で手を出しづらくする必要がある。

そしてデータとして裏をかける為、あわよくばボール球に手を出してくれる可能性が出てくる。

もう1つが、全力投球の再開だ。怪我後、一時期打たれてから全力で直球を投げる事を避けていた。

それは痛みでなく、心のどこかで最後の言い訳にしたかったからだ。

打たれても全力を出していない、怪我が完治すれば大丈夫と思い込み続けたかったからだ。

それは恥ずかしい話、皆に見抜かれていた。

本当に心配している人が多かったと言われた時は心底、恥ずかしかった。

壊れているのでなく、ただの言い訳だったからだ。それでチームに負けをつけていた事は許される事ではないだろう。


活気が戻らないまま、週末を迎える事になった。

今回の相手は俺が入学してからも最大の相手かもしれない。

直近の選抜でベスト8に残ったチームで、弱いわけがない。

どちらかといえば投手型のバランスの良いチームである。

青木が打ち崩されてしまうかもしれないし、終盤につくったチャンスで夜明を打ち取られてしまうかもしれない、もしくはチャンス自体を作れないかもしれない。

そんなレベルの相手だが、埼玉を勝ち抜くにはこのクラスに勝てる可能性を残さなければいけない。

それだけ、この試合には大きい意味合いがある。

この試合次第では、俺たちの代は大会を迎えず、終戦になってしまうかもしれない。


エースの青木も緊張しているのか、いつもより声が出ていない。

彼が気迫を持って向かっていくから、チームが戦えていた。そのエースすら飲み込む威圧感が相手にはあった。

試合が始まると一方的な展開が続いてしまった。

4回を持たず青木が打ち崩されてしまった。

2番手の橋本は一時は消火に成功するも、イニングをまたぐと対応されてしまった。

5回の途中から小林が登板するも点差は広がっていくばかりだった。

これだけ打って、点差が広がっても手を緩めないのは、さすが強豪校。

同じ年齢とは思えない程、油断をしていない。

コールドの設定していない練習試合だが、打ち切る方向で話は進むだろう。

それでも、チャンスをつかむ為に準備はしていた。

嫌味と取られるかもしれない、露骨だと馬鹿にされるかもしれない。

それでも、行動に移して、言葉に出さないと伝わらないんだ。

小林が5回を乗り切り、こちらの攻撃に移った。

そのタイミングで一度ベンチに戻る。

まだ、試合は続けられるようだ。

俺は監督の前に向かった。

皆が以外な表情で見守っている。

「監督、俺を使ってもらえないですか」

監督はこちらを強く睨むように見据えた。

しばらく沈黙が続く、その間も打者が簡単に打ち取られていく。

2アウトになったタイミングで、ようやく腰を上げた。

「敗戦処理くらいはこなしてこい」

最後のチャンスを掴む事ができた。

ここでは変化の片鱗を見せるなんて甘いものではなく、結果を出さないと次には進めない。

3人が通用しなかった打者だ。今の俺に簡単に抑えられるレベルではない。

それはよく分かっている。


6回の守備が始まる。

打ち合わせで、初球は全力投球で向かう、相手は代わった投手で4番手だと考えている。

そこでコースを突く、今までの誰よりも速い速球がくれば、多少の警戒はしてもらえる。

そこから球を散らしていく。

作戦は上手くはまり、6回は3者凡退で乗り切った。

その後も、ランナーを出すも、粘り強く投げ抜き、9回に1点を失うも4回を1失点で乗り切った。

チームとしても、その後、追加点が入らない事に焦った相手からうまく3点を奪い、結果21対3だったが、粘り強く戦えれば、チャンスがある事を再確認できた。


翌日に予選を戦うメンバーが発表された。

前回結果を出したから選ばれるとは限らない。

俺は以前から波がある選手だという自覚はしている。

偶々調子が良い日だったと思われているかもしれないし、実際に調子が良かった。

ただ、出来る事はやりきった。後は結果を受け入れるだけだ。

順当なメンバーだったが、普段俺が背負っている18番の所で小林が呼ばれた。

19番でも呼ばれず、最後の1枠になってしまった。

「20番・・・・小野寺」

監督が最後に名前を呼んだ。何とか滑り込む事ができた。

そして背番号が下がっているという事は本当にギリギリだった事を、再確認した。

それでも番号を貰えた事にほっとしたし、これで満足してはいけないと改めて実感している。

ここからが、期待を受けていた分を返すチャンスだ。


大会は思っていたよりも順調に勝ち進んだ。

強豪と言われるチームとは組み合わせ上ベスト8まで避けられているとは言え、以前よりも戦力が落ちている中、勝ち進み、決勝まで勝ち進めた。

俺もそれ程難しい場面ではないとはいえ、3試合に出場して6回を無失点と安定した結果を出している。

ベスト8、4と厳しい展開では使ってもらえなかったが、チームとして結果が出ている以上文句は無い。

準決勝は強豪校がこけてくれ、ダークホース同士の対戦になったが、向こうのエースの不調もあり、接戦にすらならなかった。

しかし、次の、決勝の相手は春に大敗した高校だ。

簡単に勝てない事は分かっている。

それでも勝たないといけない相手だ。自分にとってもチームにとってもここを乗り越える事が次のステージへの必須条件だと分かっている。

先発はいつものように青木だ。

青木は本当に安定している。

大会前の試合以外で大きく崩れた姿を見たことがない。

何故、あれだけ安定しているのか、本当に精神的に強い。

バックを信頼しているからこそ、崩れないのだと思う。

球を動かし、何とかゴロを打たせようと工夫している。

金属バットでムービング系はそれほど効果がないと言われているが、それでも低めに集め、動かす事で少しでも打ち取る可能性を上げている。

野球は確立のスポーツだ。エラーを含めて考え、このスタイルを確立して、それを割り切り、実行している。

そしてそんな男だから、エラーにも動じず、ピンチでも堂々と投げるから味方の信頼を受けられるのだろう。

信頼してくれる人間には信頼で返したいと思ってしまうのが普通だろう。

だからエース何だ。今の俺ではまだできない。

俺は別の方法でチームに勢いを与えたい。


試合は序盤は予想外の展開で始まった。

1回の表、こちらの攻撃で相手の投手が全く制球が定まらなかった。

四球を連発し、無死満塁のチャンスが訪れる。

そこから押し出し、犠飛で2点を先行する事に成功する。

1死1,2塁で併殺打を打って、相手を助けてしまったが、先制点を取れたのは大きい。

終盤まで2点までだったら取られる余裕ができた。


青木も非常に調子が良く、球数をかけず5回まで打者を出しながらも、いつものように粘り強く凌いで無失点に抑えている。

このペースだったら7回までは投げきれそうだ。

俺も肩を作っているが、今日も必要ないかもしれない。

それでも何かあった際にはマウンドへ迎える準備を橋本とともにしている。

「今日は勝てるかもしれないな」

珍しく、橋本が緩んだ発言をしている。

「ああ、お前を出すのが8回まで我慢できれば、最少失点で切り抜けれそうだしな」

「俺の出番は1回限定さ、4,5番と8,9番は左が並んでいるから、そこを避けるように使うだろう」

「そうだな、そこを小林が切り抜ければ、チャンスはあるな」

「そこはお前だろ、しっかりしてくれよ。」

俺は黙って、橋本を見つめた。

「あの直談判した日は、俺は嬉しかった。やっと俺たちのヒーローが返ってきたって」

「ヒーロー?」

「ああ、俺達の世代で、お前と夜明と同じ高校でやれるって喜ばなかった奴はいない」

俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「それは悪かったな、期待を大きく裏切ってしまって」

「ああ、悪いよ。だから期待を良い意味で裏切ってくれた前回はものすごく嬉しかった。やっと返ってきたんだ。昔みたいに甲子園を目指せる小さな光が戻ってきたって思えたんだ」

「悪かったな小さくて、夜明みたいにはいかないけど、俺なりのやり方で頑張るさ」

「そうでなきゃ駄目だ。俺はいける所まで頑張るから、後は任せたぞ」


試合は7回にとうとう青木がつかまってしまった。

連打とエラーで失点し、1点差まで詰め寄られてしまった。

球に力がなくなっているのが明らかな所で、青木は退いた。

1死3塁の状況で、橋本が登板した。

簡単に犠飛を打たれてしまい、追いつかれるも、後続はしっかり押さえた。

俺は約束した通り、チームがピンチの際にいつでも駆けつけられるように準備を再開した。

8回の攻撃で、再度チャンスは訪れた。

2死から死球、四球でランナーが溜まる。

相手も3人目にスイッチした所で、打者は橋本だ。

代打でも使いたいと言われた程、打撃にも実は定評があり、8回の裏が丁度、右が3枚続く事を考えるとここは交代できない。

出てきたばかりで緊張して甘く入った所をうまく捉えた。

当たりが良すぎた為、ランナーは返られなかったが、満塁のチャンスを作りだした。

こちらの応援席から大歓声が鳴り響く。

最大のチャンスが訪れた。誰もがここが勝負の分かれ目だとわかっている。

夜明の名前がコールされた。

いつも期待に応え続けた男だ。ここでも必ず応えてくれると誰もが信じている。

相手の投手は押し出しも頭に置いているのか、際どいコースをついてくる。

フルカウントに持ち込まれ、際どいコースは全てカットをしてしのいでいるが、追い込まれている。

それでも、きっと味方の誰もが信じている。

粘りに粘った11球目、とうとう高めに甘い球がきた。

それを逃さず、振り抜いた。

打球は高く上がり、スタンドに運びこまれた。

会場は一気に沸いた。

4点差をつけ、勝利へ何歩も進めた。


8回裏に橋本は2死までは何とか進めるも7番打者に長打を打たれてしまう。

左が2人続く打順になってしまった。

サイドから投げる橋本は極端に左打者に弱かった。普段長いイニングを投げないのもそれが理由だ。

2人続くと言うことは敬遠も難しい。

ここで監督は立ち上がる。交代するようだ。

同じく右投げだが、左を苦にしない小林に交代した。


橋本が戻ってくる。

「お疲れ、ナイスピッチ」

「ああ、後は頼んだ」

「任せておけ」

小林は四球とヒットで1人返されてしまうも、後続を打ち取り、8回を乗り切った。

まだ、点差は3点ある。

9回を3人で打ち取られ、勢いをつけられてしまう。

最終回の攻撃で、その勢いのまま、連打を浴びて無死、1,3塁のピンチで4番打者を迎えた。

小林はとうとう耐えられなくなったのか、ベンチを見る。

1年生ながら体も心も限界まですり減らして投げているのが、分かっている。

ここで助けられなければ先輩失格だ。

監督に声をかけようとした所で、逆に声をかけられる。

「小野寺準備はできているだろう。いってこい」

「はい」

俺はマウンドに走って向かった。

小林が悔しそうな表情をしている。

「後はお願いします」

ボールを預かる。

「任せておけ」

小林がほっとした表情になる。

「それでこそ、先輩だよ。やっぱこうじゃなきゃ」

捨て台詞を残して、走っていった。

俺は改めて打者に視線を送る。

名門の4番だ。並みの打者ではない。好調な青木もうまくこの打者だけは避けて投げていた。

夜明と比べても劣っているどころか、長打力では勝っているくらいだ。

昨年出場した甲子園でも1本、本塁打を打っている。

そしてここぞという場面で、何度もチームを救う一打を打っている。

先ほどのうちのチームが迎えた場面がまさに、相手にきたという所だ。

それでも、流れを譲るわけにはいかない。

俺はヒーローになるんだ。その為に戻ってきたのだから。

投球練習を終え、打者に向かう。

初球はアウトローに少し外れた直球を投げ込んだ。

相手は見逃した。

捕手からボールが戻ってきて、体勢を作る前に1つ深呼吸をする。

再度、相手を強く見据える。

2球目はインコースに直球を投げ込む。

ここも相手は見逃し、1ストライク1ボールに。

ボールの状態が見られているようで、少し気味が悪い。

捕手も同じ事を思ったのか、次はスライダーを求められる。

俺は頷き、出来るだけ低めにいくように投げ込む。

ストライクゾーンぎりぎりに上手くボールがいった。

相手は初めてバットを振り、ボールを捉えた。

打球はファールゾーンに運ばれたが、芯をとらえた強い打球だった。

4球目は同じくスライダーをボールになるように投げ込み、見逃される。

ボールが返ってくると、再度呼吸を整えた。

応援の感性は聞こえるし、後ろからの励ましの声も聞こえる。

自分が落ち着いている事を再確認し、再度打者に向かう。

捕手がベンチを見ている。ベンチの夜明からサインが出ているので、確認をしている。

改めてサインを見て、俺はニヤリと笑ってしまった。

首を縦に振り、思いっきり腕を振った。

ボールはインハイを思いっきり突く直球だった。

かつて俺が何度も思い描いていたボールだ。

ここ最近は決め球として投げる事はなかった事が幸いし、相手も態勢を崩している。

球種は別として最後は外で仕留めるのが、最近のパターンだったので、計算外だったのだろう。

それでもボールを捉えようとフルスイングで迎え撃った。

バットは空を切り、ボールは捕手のミットに届いた。

「ストライク、バッターアウト」

審判のコールが耳に響いた。

「おお!!」

俺は思わず吠えた。

かつて思い描いていたボールが理想を捨てた後についてきてしまった。

今の自分が投げられる最高のボールを投げられたと自負している。

会場は大歓声が起きた。

「すげー速い」

「いくつだ?」

周りが騒ぎ、電光掲示板に球速が表示された。

146キロ。

かつて俺が計測したよりも6キロも早い表示が出ていた。

誰よりも俺が驚いている。

バックにいた皆が駆け寄ってきた。

「ナイスピッチ」

ハイタッチを重ねつつベンチに戻った。


ベンチに戻ると夜明が寄ってきた。

「ナイスピッチ」

「俺もびっくりしているよ」

「そりゃ当然だろ、あれだけ走っていたんだ。下半身も安定するさ、その上柔軟も怠らず、ウエイトも続けていた。速くならないはずがないんだ」

「だったらもっと早く結果が出てほしかったけどな」

「そりゃ自分が悪いだろう。勝手にビビッて腕の振りが鈍くなったり、何も考えず投げやりに投げていたんだ。もっと俺が万全な時に投げてくれればどれだけ助かったか」

「悪かったな」

「それでも無駄な練習なんてないんだ。お前は量の為に、見栄の為に練習してたって思っているかもしれないけど、裏切られてもどこかで活きるさ」

「そうだな。俺も今ではそう思う。今この為に活きているなら、嬉しいよ」

高校としては久しぶりの甲子園に駒を進めた。


甲子園では1回戦で姿を消すことになった。

俺はリリーフで2回を投げ無失点だったが、どうしても序盤に失った点を取り返せなかった。

けれど、この活躍を見てくれた大学があり、推薦枠で進める事になった。

ここでもう一度やり直して、今度こそプロを目指して頑張りたい。

夜明は当初の予定通り、高校で野球は引退するようだ。

俺以上に色々な大学から声をかけられたようだが、周りが思っている以上に膝の状態は悪いようだ。

どこか大学に入って勉強して別の道を探すさと、軽く言っていたが、あいつなら何をやっても大物になる予感がする。

青木や橋本も大学に進学して野球を続けるようだ。

特に橋本は教員の資格をとって、監督として甲子園をリベンジしたいと言っていた。

今まで以上に研究してきそうで、敵として当たる時が怖い。

小林はまた、目指してもいいっすか。

何て生意気な事を言っていたが、それが嬉しいと素直に感じられた。

そんな思いができたのは、やっぱり期待に応えたいという気持ちに気付けるまで、期待していてくれた人がいたからだ。

理想ばかりを追い求めて、周りの目を無視していた。

期待に応えるなんて重荷だと思っていた時には感じられない充実感がある。

それに気づけたタイミングが遅かったけど、間に合えたのはやはり幸運だったのだろう。


書いた理由。

どうしても野球物が一度書いてみたかった。

ここ半年くらいでオールドルーキーとかメジャーリーグみたいな野球のセカンドチャンス、ラストチャンス物にはまっていたので、どうしても書いてみたかったので、ルールもよく分からないまま勢いで書いてみました。


野球の知識は直近で買ったパワプロと漫画(メジャーとワンナウツくらいか?)と映画くらいです。

後はベイスターズファンの友達と偶に試合を見るくらい。

こんな状態でよく書こうと思ったなと自分でもびっくりしています。

ちなみに僕は高校時代はサッカー部でした(オイ


後悔はしていないけど、リベンジはしたい。

上記に挙げたもの以外でもリプレイスメントやロッキーとアメリカのセカンドチャンス物は凄く好きなジャンルです。


本編含めて、こんな駄文を最後まで読んでいただけたのなら、何よりも幸せです。ありがとうございます。

次は1歩でも進歩した作品を書きたいと思っているので、また機会があれば読んで頂けたら、さらに幸いです。

次は連載形式で書いている長編を公開していくか、短編で魔女物を書こうと思っているので、どちらかを公開予定です。

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