3話
セルシアが四歳になった頃、屋敷の侍女達が彼女の回りを世話しなく動いていた。それもそのはず、クランブルク家は一年前とは違う変化があったからだ。
「せーしあおねえさまぁ」
セルシアの目の前にいるのは父と同じ太陽のように輝く金髪に母とおなじ青空を思い浮かべる瞳をした小さな小さな男の子が目の前にいるからだ。
「なあにリード?」
リードと呼ばれた幼い子はセルシアの手を小さな小さな手でぎゅっと握りながら微笑むのだ。
目の前の幼子はリード・クランブルク。愛らしい笑顔は天使であり、なによりもセルシアの大好きな弟だ。まだ一歳になったばかりなのに何故会話が出来ているか。それはリードが産まれた時であった…。
◇
セルシアが3歳のときに母のシーナが出産間近だと聞いていたセルシアは部屋の中をぐるぐると動き回っていた時であった。急に侍女のカーナが部屋へ入ってきたと思えばセルシアを抱き上げ急いだ様子でシーナの元へ彼女は向かったのであった。セルシアは状況が分からなかったがシーナの部屋へ着けばようやく理解した。
そこにはお父様もお母様、侍女やお父様の侍従が揃っていて父の腕の中には元気に泣く赤ちゃんの声が聞こえるのだから。セルシアに気付いた父のグサノスはそっと腕の中にある赤ちゃんを見せてこう言った。
「セルシアの弟だよ。今日からお姉さんだね」
そう言ってセルシアのおでこにキスを落とすグサノスに弟を眺めるセルシアは泣きそうになりながらも顔が綻ぶ。
私の、弟…。たった一人の大切な弟…。
声に出せないほど喜ぶセルシアの姿を皆が暖かく見守っていたら、今から大事なことをするからちょっと待っててねと言えばグサノスは窓際へと歩いていく。そして太陽の光が一番当たる窓を開ければそこにそっと弟を寝かすのだった。膝をつくグサノスに続き皆も膝をつけばセルシアも真似て同じ動作をする。セルシアは何が始まるのだろうかと目の前の父であるグサノスを見つめた。
「どうか精霊様。クランブルク家の第二子である我が子をご覧下さいませ」
精霊様?精霊様とはなあに?と分からない表情をするセルシアにカーナは見せてて下さいませと言われたので美しい蒼翠の瞳は興味深そうに弟へと向けられた。だが次の瞬間には息を飲むのだった。
弟の周りを囲むように四方八方から光が現れるのだから。その光景に周りが目を奪われる中、セルシアだけは一つの色へと吸い込まれるように魅入るのだった。
赤…。
誰もが燃え焦がすように勇ましく情熱的な色だと感じるそれをセルシアにその色は心をやんわりと暖かく包まれたように思ってしまう。
しかし次には心を大きく揺さぶられる感覚に陥ってしまう。
うっ…。思わず漏れた小さく押し潰した声に周りは気がついていないようでセルシアは安堵した。セルシアの右手は左胸元を強く握り締めてしまうのはいつのも癖なのだが何故このタイミングなのと思ってしまう。
今日は弟が産まれた大切な日。皆が弟だけを見てほしいの。私は邪魔をしたくないの。セルシアは心の中で何度も祈るように願った。耐えきれなくて床の絨毯へと左手がついてしまった。苦し紛れに顔を上げれば息を飲んだ。
赤い光がこっちを見ていた。
光には目があるのかと錯覚してしまうが紛れもなくセルシアを見ていたのだ。
「あ、「おおまさか!」
グサノスの歓喜に周りもざわめいた。
弟のいる所に青空色を思わせる綺麗な光だけで他には見られない。グサノスは弟に近付き抱き上げた。
「精霊様がクランブルク家の我が子へと加護を与えられた」
周りの喜ぶ声とは別にセルシアの視線はあちらこちらへとさ迷う。赤色の光は何処にいったのか、そして自然と苦しさが治まっていたことにも気付くのだった。
脳裏に赤い光を釘付けにして。
◇
後に聞けば精霊の加護を受ける子供は通常より成長が早い。それは身体だけでなく語学も早く認識し発することが出来るようだ。何でも、精霊が加護の子と早く会話出来るようにとも言われているらしい。
「せーしあおねえさまぁ」
舌足らずの言葉ながらも可愛らしい弟にセルシアは顔を近付ければ頬へとキスをすれば擽ったそうに笑った。
「なあにリード?」
「きょうはね、シュルがきたのー」
シュルとはリードの精霊である。正式にはシュルツらしいが愛称を込めてリードにだけ呼ばしているそうだ。精霊は加護持ちの子に姿を見せるらしいが他の人には光を見せはするが好んで姿を現さないそうだ。
リードと会話を聞く限り精霊様とは仲が良さそうでなによりである。
「リード、私の可愛いリード」
弟は青空を思わせる澄んだ瞳をセルシアへと向ければ目を細める。
この子は私とは違い身体が丈夫で一度も病気をしていない。それに精霊様も付いて下さるから身の危険もそうそうないはず。なにより優れている我が弟は次期クランブルク家の当主として一身に受けている。
本当に、本当に良かった。私自身が長くお父様とお母様と一緒に居られないけどこの子は居れられる。そう思えば可笑しな事に安堵してしまう自身にこの子はどう映るのだろうかしら。
セルシアはほくそ笑んだ。
「貴方の悪いモノはぜーんぶ私がもらってあげる。だからその分、リードは幸せになってね」
本当、まるで私がリードの悪いモノを全部引き受けたように思ってしまう。でも良いの。病弱で何もできない役立たずの私が出来た唯一のことがこれだったのなら。
だから、そんな悲しい顔しないで。
私の顔を見ているリードの表情をセルシアが見る前に彼女は静かに倒れたのだった。




