20話
見上げた空は、この瞳にどう写るのだろうか。そっと米神へ手を宛がえば未だに力強く光るそれに触れ、力なく落とされた。
思えば私は此処について、いいえ彼についてよく知ろうとしなかった。
此処については詳しく教えてもらったことはないけど此処に過ごしてれば何となくどんな所かは見当がつく。けれど彼についてはさっぱりなのだ。
「私は彼、ヴィクスについて全く知らない」
「ふーん」
突如答えるように返された返事に横を振り向けば、見知らぬ横顔が真横にありセルシアの隣に佇んでいた。
気配を全く感じさせずに現れた人にセルシアは目を見張り警戒心を強めたが、こちらを振り向き微笑みを向けられれば再度驚いた。
「やあ。おっとその前に初めましての握手をしよう!」
「え、あの」
流れるように手を掴まれ握手をする人物にセルシアは頭のなかで混乱していた。何よりも他人とこうして話すのは九年ぶりなのだ。思うように言葉がでないのも事実。それでも口元を戦慄かせながらなんとか会話を試みようとするセルシアを他所に相手は腕を上下に揺さぶり豪快に笑うのだった。端からみたら少し奇妙な光景だが生憎ここには他に人が居ない。それが救いなのか救いじゃないのかは果たして。
漸く解放された手を握りしめセルシアは目の前の人物を見つめ意を決したように口を開いた。
「あの、私はセルシア・クランブルクと申します。貴方は」
「僕の名かい?ただで教えるのは面白みもない。ヒントはあげるから君が探してごらん」
片目を瞑り口元を吊り上げた人物は二、三歩下がり足元を宙に浮かべた。
「ヒント1。僕は実体がない。その証拠に足元が透けているでしょ」
そう言って足元を見せ付けるようすれば履いてるブーツが半透明になっていた。だが実体が無いのに相手に触れることが出来たのは何故なのだろう。
「次のヒントは君の答えが近くなればまた教えてあげる」
「答えですか」
「名はその者を縛る力があるからね。さ、それよりも僕が気になるのはそっち」
いきなり顔を近付ければ榛色の瞳が好奇心の強い光で覗きこんだ。そして目元を触れるように手を伸ばそうとするので咄嗟に制止をかける。
「あの、危ないです。迂闊に触れれば何が起こるか分かりません」
「確かにね。でも僕は、僕なら少しだけ触れられる」
制止を無視して両手がこちらに向かってくる。思わず身体を反ろうとしたがそれよりも早く両手が赤色の光力へと優しく触れた。そしてそのまま翳された掌に吸い込まれるように目元の光力が移動していけば身体の力も同時に抜け落ちていく。
触れたのはほんの数分だった。セルシアの米神から手を離し両手一杯に溢れる光力を目の前へと翳した。
「これが君の光力だ。どうやら君は光力の扱いがぜーんぜん駄目。というより基礎を分かっていないって説明した方がいいかな」
何故私は初対面の人に此処までずけずけと言われなければいけないのだろうと少し現実逃避をしつつもはいと答えるセルシアに相手はにこりと微笑んだ。
「いつの時代も基礎とは変わらない。光力はいくつかの種類に別れていて精霊の持つ色、人が生まれもって持っている核の色。そこに術を織り込み混ぜ合わせて出来るのが光力だ。そして君の光力は」
ずいと目の前に差し出された赤色の光力は今も落ち着きなくチリチリと荒れ狂い燃え上がるようにして目の前で揺れている。
「非効率」
ハッと気付いたように顔を上げれば榛色の薄く細めた瞳と目が合った。非効率とはつまり私が咄嗟に作り出した目の前の光力は……。
「そう、これは色の割合が滅茶苦茶なんだ。本来ならこうやって」
左手の掌を真上から横へ翳すようにスライドさせれば目前に差し出された光力は球体へと変化しまるで相手の掌で大人しく鎮座しているようだった。
「静になる」
危険であるということ。
「私の光力は危険であるのですね」
「うーん、大間かに言うならその通り。君の場合は色の制御が出来ない感情のままに暴走する赤子そのものだ。そりゃそうだよね、止めるのを知らないんだ。だからその赤子が成長し、一人で制御できるまで誰かの補助が必要なんだ」
最後の方は独り言の様に呟いた相手は目の前に差し出された球体を先ほどよりも前へセルシアへ持っていく。
「さて、さっそく始めよう」




