1話
10/6会話の幅をつめました。
緑に囲まれた豊かな陸地を納めるクレイアン王国。王都から少し離れたところに伯爵家の屋敷があった。いつもとは違い屋敷に使えるありとあらゆる者達が世話しなく動き回っている。その中でも簡素だが付けられた装飾に品のある服を着こなしている者がここの主である男だった。その者はとある部屋の前でうろうろと動き周り、時々扉を出入りする侍女達が主人である男と顔を合わせるが直ぐ様その場から居なくなる。そんなことを数回繰り返せば男の側に側近である男が主の元へ近寄る。
「旦那様、少し落ち着かれて下さい。我々は来るべく時に動かなくてはなりません」
「しかし、」
旦那様と呼ばれた男は側近の言葉に渋る様子なので仕方なく扉の側に机と椅子を起き主へと勧める。男も椅子へと腰を下ろせば入れられた紅茶を口へ含んだ。紅茶の渋みと香りに少しばかり強張った表情を緩める。
男は短く刈り上げられた金髪に長い睫毛から覗く翡翠色の瞳とは裏腹に背丈も広く顔つきは勇ましいそれは騎士を漂わせる風格だった。そんな彼が不意に立ち上がれば扉を開き駆け足で中へと入った行った。
中には数人の侍女、医師、そして乳母が控えていて男の探している人物はベッドにいる女性だった。
「シーナ、大丈夫か」
シーナと呼ばれた女性は少し疲れがちだったが蒼色の美しい瞳が目を細め口元を緩める。
「はい、旦那様」
妻の安否を確認した男は次に別のものを探した。それを待っていたように乳母である者が男へと近付き腕の中にあるそれを見せるのだった。
それを向けられた男は歓喜のあまり肩を振るわすがそれを見た瞬間に思わず動きかけた手を止めた。
「なんて、小さいのだ」
乳母に抱かれていたのは紛れもなく妻との我が子である。だがしかしそれはあまりにも小さく、誰が見ても弱々しかった。さまざまな感情が交差する中、「抱いてあげてください」と妻であるシーナから声を掛けられ我にかえれば小さなそれを慎重な面立ちで腕の中へ収める。
父親となった男に側近である男が頷くように太陽の日差しが当たる窓を開けた。男は徐に日の差し掛かる窓へと向かえば太陽の当たるとこへ己の子を丁寧に寝かせ自身も膝をつく。妻であるシーナも、その場にいる皆もそれに続くようにして 膝をつく。
「どうか精霊様。クランブルク家の第一子である我が子を御覧下さいませ」
祈るように項を下げれば次第にさまざまな光りがふわふわと集まってくる。さまざまな光りは我が子を吟味するように近付けば離れていく。先程からそれを繰り返すのを誰もが固唾を呑んだ。これは一つの儀式だ。遥か昔から我々人と精霊が共存する世界の中で産まれた子を精霊へと見せる。その時に精霊の誰かが気に入ってくれれば大きな加護を、または予言を、天命等さまざまであるが授けてくれるのだった。例外ではあるが精霊が何も言わずに去ってってしまうことだってあるらしい。どうか精霊様が小さな我が子に加護を下さるように親である男は祈った。
さまざまな色の精霊が離れていくと同時に、祈りが通じたようにとある一色の精霊が我が子のところへ止まっていた。皆がそれに歓喜する中、赤色の精霊が赤子の周りを数回迂回すればピタリと静止する。いよいよ何かが起こるのだと皆が息を潜めるのだった。
『………』
精霊がボソボソと呟いたのを誰もが聞き取れなかった。仕方なしに精霊が赤子の親である男の近くへ寄ってきた。
精霊の発する言葉に誰もが驚愕した。
『この人間はそう長く生きられぬだろう。もって5年ぐらいだな』
そう残してフッと消えた精霊に妻であるシーナが泣き出しその場にいた全員が嘆くのだった。男は胸が締め付けられるように片胸を抑え力なく項垂れたのだった。男は知っていたのだ。この小さく弱々しい我が子の時間は短いのだと。だから小さな我が子が精霊様に助けて頂けたらと強く願った。だがそれも砕けちり我が子は長く生きられる望みを失ったのだ。そして追い討ちのように余命まで受けたのだ。産まれて間もないこの子へのこの仕打ちはあまりにも残酷だった。男もまた悲しみにうちひがれるのだった。
男の耳にはすすり泣く音とは別に小さな声が聞こえ、不意に顔を上げれば目は我が子へと向いた。ゆっくりと立ち上がれば寝かされた我が子を腕の中へと優しく抱き抱える。妻と同じ美しいプラチナブロンドの髪と先程は目を閉じていたのが今は透き通った森林を思わせる美しい蒼翠の瞳が父親を見つめていた。少しでも強く抱けば繊細なそれは瞬く間に壊れてしまいそうだと思ってしまうくらい儚い。だが蒼翠の瞳が細められれば可憐でとても愛らしい我が子だった。
父親の中で別の感情が生まれるのだった。私はこの子を護りたい。大切な我が子を護ってやりたいと。そして父親である男が皆の方へ振り返れば我が子へと優しく微笑えむ。
「名はセルシア……。私の愛しい子よ」




