17話
お久しぶりです。遅くなってすみません!
一般的な色は視覚即ち可視光線の範囲内を基準として表現されている。我々は可視光線の範囲内の波長の光によって色が表現される。逆に範囲を越えたそれは我々の認識とは違うモノへと捉えられる。
そして目の前にいるそれこそ我々の不可視の一つである。
赤色の光越しに無の姿を認識し奴の異様な生態を観察すればまず最初に目についたのが胴体についている左右非対称の長さの捻れた腕のようなもの。それとは反対に長い胴体を支える足は異様に短かった。胴体の上に頭部らしきものはなく、胴体の上部分にパクパクと動いているのが恐らく口なるものだろう。口の上には二つの淀んだ瞳が一寸たりともセシリアから視線が逸れることなく見つめている。
ただ目の前の獲物から目を反らすことのないそれに沸々と身体の内側からある感情が込み上げてくる。
ああ、なんて醜くて憎い
ワタシノ マエカラ キエロ
沸々と煮だった感情に流されるように、米神に当てた右手を前へ構えようと腕が動くと同時に無もこちらに向かって駆け出した。無はセルシアが構えるよりも早い動きで赤色の光の壁へと体をぶつける。
「くっ」
直接の反動は光の壁により阻まれたが、やはり一度目で能力が落ちたのかぶつけられた衝撃は壁をすり抜けセルシアへとぶつかる。思わぬ衝撃に数歩下がるがそれは奴も同じだった。
最初にぶつかり跳ね返った場所よりもさらに先に弾き返された奴は鈍い動作で体勢を調えながら攻撃の素振りを見せずにただじっとりと淀んだ瞳をこちらに向けるだけだった。
獲物を視界から逃がさない執念に高ぶった感情が成りを潜め、セルシアは僅かに身震いした。
互いに静止し見つめ合った時間は短かった。しかし次には両者共に身体を攻撃へと動かす。
セルシアは今度こそ右手を目の前へと突き立て目の前に迫りくるそれに狙いを定める。
「な!」
単調な攻撃だと思われた無の両手が両サイドに伸び光の壁を挟むように殴りつけてきた。両サイドから繰り出された予期せぬ衝撃波に挟まれたセルシアは体勢を崩してしまった。
無はこの好機を逃さずもう一度同じ攻撃を繰り出してきた。直後、打撃を受けた光の壁に大きな亀裂が入りこのままでは光の壁が壊れてしまう。セルシアは咄嗟に右手を亀裂へと翳そうとした時だった。
「それじゃ駄目だ」
声と同時に翳した右手を包み込むように力を抑えられた。
慌てて左手を向けようとした瞬間、
パン
手で叩いた乾いた音に急激に身体の力を奪われた。
気付けば辺りは何もない白い空間に変わっていた。何が起きたのか咄嗟に分からずに目を見開けば顎を捕まれ力強く横に向かされた。
「こんな所に人が。珍しいね」
どこか可笑しげな、抑揚のある透き通る声の人物はセルシアを覗き込むようにしてかがんでいた。目と鼻の先に現れた仮面に驚愕して僅かに顔を退けぞってしまった。仮面を付けた人物の顔は分からないが背格好と声からして男性だろう。彼が何故此処にいるのかよりも先に顔を覆う仮面の不気味さに背筋に冷たいものが走る。
私が彼から視線が離れないままでいたら目の前の男がふっと鼻で笑う音がもれ次には顔をさらに近付けてきた。
急な動作に反応が遅れてしまった。
重なりあう唇。
それは色を乗せて触れ合うように重ねられた。
途端に唇を伝い身体中から色が浸透していくのを感じた。
その感覚は上手く形容しがたい。
目の前に突き出した右手を男の大きな角張った手がやんわりと包んだ。
思考がうまくいかず微睡みが強く、徐々に瞼が下がっていく。瞼が完全に閉じる前に仮面越しに光る色彩とかち合った。強く、鮮やかで深見が広がる真っ直ぐな色が私を写している。
どくりと一つ鼓動が高鳴った。
そして、私は瞳を閉じた。




