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16話

人によっては気分を害する内容があります。お気をつけ下さい。

 人は色を簡潔に説明するときまず赤、青、緑の三色かどうか見極める。

 例えば空の色、海の色を絵で書くなら人は無意識に爽やかな青を選ぶだろう。それに続いて人の心を照らす色は赤、自然を表す木ならば安らぎをもたらす緑。

 条件反射のように思い浮かべたその色は、反射光を通して人に色彩をもたらすのであった。


 それが普通で、当たり前の常識であった。







 長い髪をたなびかせそこから覗くのは、男なのか女なのかどちらともとれる中性的な顔立ちをした人物がそこに立っていた。その人物の目の前には一人の青年が立っていた。何処までも濁り集点の合わさらない瞳は周囲をさ迷わせる。いつまでたっても彼の瞳は、目の前に立つ人物の姿を写し出さない。

 その様子に人物は顔を覆うのだった。



『ああ、私からまだ奪い足りないのですか』


 切なげに声が漏れ、徐々に嗚咽がなにもない空間に響く。




 人物は悲観するのだった。

 何故、何故このようなことになってしまったのだろうかと。



 

 泣き崩れる人物の目の前に立つ青年の空虚な瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 しかし、手で顔を覆った人物は見逃すのだった。



 青年の心を。











 白い霧が目の前に広がる。

 何かを探るように、手を目の前に動かせば白い霧が手を逃げるように避けていく。

 霧が開けば赤色の瞳が悲しげに私を見つめる。




「貴方は、赤色の精霊だったのですね」


 私の問いに彼は何も言わない。以前とは変わり果てた彼の姿に私は思わす口をつぐんでしまう。

 彼の纏う光が今にも消えてしまいそうなほどに脆く、儚い色だったから。


 彼に言いたい事は沢山あった。しかしそれを目の前の彼に言おうと口を開きかけ閉ざしてしまう。その行為を何度も繰り返すが一向にそれは声として表せない。口で駄目ならと、苦し紛れに手を差し伸ばそうとすれば私の意図を分かったのか眉が下がる。そしてゆっくりと首を横に振るのだった。



「あ……、待って!」


 あれほど出なかった声が彼を呼び止めるために出たのは皮肉だった。しかしそんな考えは直ぐにどうでもよくなった。

 懸命に身体を動かすが縛り付けられたようにびくともしない。そうしている間に彼は彼女から遠ざかっていく。




「待って。待ってください……」


 悲痛な願いは虚しく、赤色の精霊は白い霧の奥へと行ってしまった。

 その場に残された私は金縛りが解けたように膝から崩れ落ちる。

 視界は霧に覆われ、足元に付いた手が涙でぼやけて見えた。



 むせび泣く幼い声は嗚咽へ変わり、せつなげに霧の中で溶け込む。霧が身体へまとわりついてくる。まるで霧が彼女をより孤独へと追い込んでいくように、或いは存在を隠すように。




 白い霧が剥き出しの肌をひんやりと冷やす。無意識に腕を擦ろうと動かすが次には驚愕の表情へと一変した。





「……う、そ」



 震える唇から漏れたそれは彼女を意図的に覚醒させる。







 何故、私は寒いと思ったのだろう。

 そんな訳あるはずがない。だってここは……。




 ぼやけていた意識的が徐々に冴え始めてきた頃だった。突如静寂なそこに音が響いたと同時に肌を急激に湿らせる。

 ポツリ、ポツリと当たるそれは雨だと濡れていく肌を伝って感じとる。何故雨が。戸惑いの気持ちを隠せないままよろよろと顔を上げれば次には、


「あぁ……いや……嫌あぁぁぁぁぁ」



 絶叫の悲鳴が響き渡る。

彼女の腕、顔、足と身体中に付着するそれ。しかし身体だけでなく足元、目の前、或いはこの空間全てがある一色に染まっていた。




 雨だと思っていたそれは赤色で身体中に斑点を落とす。彼女は雨粒を見て、息を飲む。こんなのは雨ではない。赤色の雨など降り注ぐ訳がないのだと彼女は首を振るが濡れた髪から滴り落ちるそれは嫌でも真っ赤であると目の前に現実を突きつけられる。


 突如起きた変化にまるで先程いた空間から移動したのではと思った。

 恐怖に震える瞳は次には異質な物があちらこちらに転がったそれらを捉える。




 異質な物が何なのか捉えた次にはまたしても悲鳴が上がる。

 彼女は異質が何なのかを理解した途端、強烈な臭いが鼻を刺激した。突如匂った異臭が目の前の光景をより恐怖に増幅させ、震える足が二、三歩後ろに後退る。だが後退した足が何かにぶつかり粘着の音をたてる。身体がビクリと震え恐る恐る足元を見れば次には表情が強張る。






 手だ。

 それは赤色に染まり、足元に落ちていた。



 それが何かを認識した瞬間彼女の足が動いていた。

 訳が分からず彼女は走り続けた。バシャバシャと跳ねる赤色の水面は足元に波紋を作り、辺りに飛び散る。嫌でも視界いっぱいに転げ落ちる異質は、恐怖をよりいっそう駆り立てるのだった。






 走り続ける八歳の少女の姿は激しくなる心臓の鼓動につられるように、十七歳の姿へと変化していく。



 そこかしこに転がるそれらの光景に終わりが見えなかった。現実のように胸が痛み出す頃には走り続けていた足が立ち止まる。

 混乱を落ち着かせようと息を吸うが鉄の匂いが強すぎて思うように呼吸を調えれない。それでも身体を落ち着かせようと細い肩が上下する。

 立ち尽くす間も身体に降りかかる雨が冷たかった。




 そしてふと彼女は思った。

 私は、何故こんなところに居るのだろう。それを理解した途端虚しさが込み上げてきた。頬を伝う涙は雨に紛れ込み無数に落下していく。もはや涙と雨の区別がつかないほどにそれはポツリポツリと足元に赤色の雨が降り注ぐのだった。




 震える手を握ろうとするが上手く力が入らず、目の前で何度も交差する。無数の滴が赤く染まった手に弾かれる。

 冷たい雨は身体だけでなく彼女の心をも冷たくしていくようだった。逆にその冷えが先程の冷静さを呼び戻していく。震えていた手が今は両手でしっかりと握られる。恐怖に揺れていた瞳が一度瞬きをしたのちに次には悲しげに伏せる。




「また、入り込んだみたい……ね」





 今自身が立つ場所が何処なのか。それを理解した瞬間突風が彼女を襲った。咄嗟に庇うように腕を前に翳した。赤色に染まった髪の毛が水気を含んだまま風に振り乱される。それに共鳴するように雨が変化し身体を刺すように彼女を攻撃した。

 豪雨と風は呼吸をすることさえままならず、最後には膝をつけるまで追い込まれる。







 考えなければ。考えなければ。攻撃される間彼女は必死に思考を巡らせた。ヴェルメリオ、霧、赤い雨、異質な物、そして今の状況。意図的に展開していく状況、そのどれもがあるものに共通していることに気付くのだった。


 刹那、突風と豪雨は嘘のように攻撃を止め辺りは静寂に包まれる。恐る恐る顔を上げれば目の前に広がるそれに目を見張る。

 斜めに降り注ぐ無数の雨粒は時が止まったかのようにその場で静止していた。

 この状況を説明するならばまるで降り注ぐ雨を絵画に書き写したようだった。

 次に所々散らばるように落ちている異質が異様に目につく。食いちぎられた跡のように無茶苦茶な状態で転がるそれに口元を押さえた。



 昔本で読んだものとこの光景は余りに似ていた。セルシアは記憶を思い出すようにそっと瞼を伏せたのだった。



「あれは十三歳の時だった……」







「これは」


 セルシアは目の前に置かれている本数冊と差し出してきた薄紅色の精霊とを戸惑いながら交互に見比べるのだった。



『修行の合間に読め』



 手短に告げ消えてしまった薄紅の彼の姿に、彼は私と馴れ合うつもりなど更々ないという姿勢にどこか諦めたように一番上に積まれた本を手に取った。

 何も書かれていない黒色の表紙をなぞればそこから僅かに色の気配を感じとる。




「これは、ローアンの書」


 

 本を開き羅列する文字に目を走らせる。本には当たり障りのない季節の詩が書かれていた。一通り目を通した本を閉じ、もう一度表紙を見つめる。不安の気持ちを落ち着かせるように深呼吸を数回すれば意を決し右手の人差し指と中指を合わせて立てる。二本の指先に赤色の光が淡く発光する。その指が表紙に触れ次にはなめらかに舞った。なぞられた指の跡を赤色の光がきらきらと追い掛け表紙に残像を残す。



 そして指を止めれば表紙に浮かんでいる文字を見つめゆっくり息を吐いた。




「我、ローアンの導きに基づきここに真名と契約色を刻む」



 告げ終わるのと同時に表紙に浮かぶ文字が本へと吸い込まれた。文字が吸い込んだ本だが変化がなかった。セルシアは恐る恐る中身を確認しようと指が表紙を開こうとした時だった。無地の表紙から一文字一文字、まるでその場で書き走るように文字が浮かび上がった。



 

 赤色の契約者。汝に有限を与える。


 それを最後に文字が途切れた。高鳴る鼓動が本に触れる手にまで伝わる。そして彼女は意を決し今度こそ表紙に手を掛けたのだった。

 先ほどのページが見開かれる。文字をなぞる蒼翠の瞳が次には驚愕に見開かれたのだった。目の前の光景に息を飲み落ち着こうと深呼吸するがそれと同時にポツリと溢してしまった。




「文字が、動いてる」



 文字が動いている。正確には元の文面がバラバラになったピースを一つ一つ繋げそこから新な文章が作られていく。少しでも気を抜けば文面が一人走りしていくのを必死になって追いかけるのだった。







 それは、とても恐ろしい。突如目の前に現れたそれは我々の理解できないものだった。それは日常を脅かす脅威、我々は立ち向かわなければならない。



 そこで文字が止まった。セルシアは次のページを捲ると先程と同じ光景が目の前で繰り広げていく。そしてまた文面を綴るのだった。





 今、目の前で起きている光景を後世に残すために我々は書きしたためる。

 チュプ歴459年冬。とある村にて行方不明者が多数出た。その全てが森に出掛けた者達だった。村長はこれ以上被害が出ぬように直ぐ様不用意に森へ入ることを禁じた。そして探索隊を作り彼等を引き連れ冬の森に入り込んだのだった。その森は人を襲う獣は住んでいない。逆にそれが探索隊に緊張が走る。雪を踏み込む足も慎重になりつつある頃に先頭に立つ男が後方へ振り替える。男が見つけた物は不自然に盛り上がった雪だった。村長は急いで不自然に盛り上がる雪を掻き分け掘り起こせば出てきた物に声を失った。原型を止めず見るも無惨に貪り食われたであろう遺体が雪の中に埋まっていた。かろうじて破れた衣服により行方不明者であることが判明した。

 村長は直ぐ様遺体の異様に気付き遺体を回収して一度引き上げることにした。村に引き返し村長は事態を手紙にしたため王国へと緊急要請した。緊急を要した内容に我々も急いで駆け付けたが時すでに遅し。村の惨状に誰もが戦慄した。村に駆け付けたのは手紙を受け二日後、届けられる時間も合わせれば計四日。たった四日間の間に村は襲われたのだ。あちらこちらに転がるそれらを尻目に我々は生存者が居ないか探し回った。約二百人近く居たであろう民はたった一人の生存者だけを除き村は壊滅したのであった。我々は生存者の少年を王国へと連れ帰った。その少年は震えながら我々に訴えたのだった。



「……あれは、恐ろしい。光を灯さなければ写さない。だが灯せば命がない。我々は調査しある共通の結果が出てきた。それは村に残された残骸のどれもが光力を抜きとられていたのだった。……光力」

 



 チュプ歴460年、被害は最初の村からその周辺へと広まる。悪化のばかりで今だに終息が付かない事態に、徐々に民は恐怖に蝕まれていくのだった。



 

 そこから被害件数が書かれている内容が続いた。内容を時折拾い読みしながら十ページ当りを捲った所で手が止まった。





 チュプ歴463年冬、遂に我々は正体を突き詰めた。奴等は多種多様の形だが獣の部分部分を継ぎ接ぎしたような姿をしている。奴等は一貫して血走った目で獲物を狙う様はおぞましい。

 何故直ぐに奴等を見つけ出せなかったのか。奴等の身体は色を纏わぬ化け物だったからだ。姿形が見えぬ敵は真っ正面から堂々と我々を喰らい翻弄してきたのだ。

 そのことに気が付いたのは皮肉にもとある少年が鍛練の際に起きた偶然だった。少年が剣を振りかざす時剣先に激しい衝撃を伝ったのだった。少年は回りを見渡すがどこも変わりがない。しかし剣に何かが当たった感覚ははっきり伝っていた。少年は当たったであろう方向の地面に剣を突き刺せばそこから鈍い音がした。突き立てた剣から色が浸透するように奴の輪郭が現れたのが初めての発見だった。

 無色の生態など信じられなかった。しかしそれは存在し我等を襲ってきた。我等は奴等の生態に名を付けた。



「何色も持たない、”無”と」









 伏せた瞳がゆっくりと開かれる。膝を支えにセルシアは立ち上がれば回りを見渡した。降り注ぐ雨が静止した光景、足下を見れば雨粒が水面にぶつかり広がる波紋までもが止まっていた。回りが静止した状況でセルシアの存在だけが異端に写る。

 赤に濡れた身体だが瞳は蒼翠色に輝いていた。

 





 ここがあの空間ならば次に起こることは。セルシアは左手を前にかざし指先に神経を尖らせる。

 指先から赤色の光が生み出され徐々に身体全体を覆う程の範囲にまで広がれば今度は右手を頭上に持ち上げる。




「来いっ」


 合図と共に右手から長細い形の光が頭上、空へと光線を放たれたのだった。

 空へと放たれた光は何処までも上へと登っていく。それを皮切りに足下の水面がけたたましくバシャバシャと音をたて始めた。セルシアは素早く光線を放った右手を米神に当てた。赤色の光が目元を覆うように作られた瞬間左手で作り出した壁が激しく揺れいだ。

 セルシアは揺れいだ方向を見れば蒼翠の瞳が細められた。







 二足歩行で立つそれへと語りかけた。


 


「やはり居たのね、無」








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