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14話

遅くなりました。

 王と契約する五色の精霊の一色。


 彼の言葉に思わず身体が硬直した。

クレイアン王国の歴史は初代王と精霊が契約を結んだことから始まった。これは国民なら誰もが知っていること。幼いセルシアも母親のシーナから眠れない日はよくその話をねだったものだ。


 五色の精霊は、全ての精霊の頂点に立ち、また全ての色の原点である。この国に多くの富みを与えたのは紛れもなく彼等、原色であった。王と契約する五色すなわち原色を意味する。その彼が何故目の前にいるのか。


『数年、否十四年ぶりに会えたかと思ったら今度は眠てるのか』


 彼の口ぶりはセルシアではなく別の者に対して話しかけているように聞こえる。



『寝てても聞こえているだろう、起きた時は覚悟しとけヴェルメリオ』


 黒色の精霊の口から出た彼の名前にセルシアは面食らったようにドキリとした。

 そしてようやく彼の黒色の瞳がセルシアを捕らえればハッとしたように慌てて口を開いた。



「クランブル家長女であるセルシアと申します。初めましてノワール様、この様で申し訳ありません」


 ベッドの上なので簡略化した敬意をしようとすればノワールは右手で制した。



『森で起きたことを話してくれないかな』


 そう言われてセルシアは暫く考えたのちにゆっくりと口を開くのだった。



「……気がつけば森の中にいました。足を痛めて座り込んでいたら、何かが物凄い速さで近付いてくる気配を感じました。そしたら……声が聞こえました」



 その場の光景を思い出し、恐怖で身体を抱き締め震え出す彼女をノワールは見つめる。



「目に見えぬそれは私に怪我を追わせ、もう駄目だと思った時に、彼が問いかけたのです」



 人の子よ、死ぬのか

 求め、私の、色を

 呼べ、私の、名を



「それからは、何が起きたのか私にはわかりません」


 眉を寄せ困惑した表情のセルシアにノワールは彼女へ近付き頭の中で聞き出した情報を纏めそこから答えを導き出すべく質問をしてもいいかと聞けば彼女は頷いた。



『あの場で何が起きたのかは大体理解した。しかし一つ腑に落ちないことがある。何故森に入ったのだ。否、何か感じたのだろ?』


 黒い瞳がセルシアをじっと見つめた。どこまでも深く沈むその色は彼女の意思を深い底に落とし込むことなど容易いだろう。

 彼はただ単に疑問を口にしたように読み取れるがそこから漏れる怒りを幼い子供でも感じ取る。 彼の問いはセルシア自身ではなく彼女の中で眠る赤色の精霊に問いかけている、そう感じ取ったセルシアは思わず口ごもる。しかしこのまま沈黙を続けたままでは良くないと思い勇気を振り絞る。



「森が、静かでその、気になって。そしたら……」

『なんだ』

「急に落ち着かなくなって、行かなくちゃって思ったの」


 ノワールは急激に頭を抱えたくなった。彼は今すぐにでも眠っているヴェルメリオを叩き起こして奴の犯した失態を責めたててやりたかった。最早奴の行動はあの馬鹿と同じ行動ではないかと。ノワールはヴェルメリオの性格を思い出しながら目の前の美しい少女をどうしようかと考える。




 僕の代わりにノワール、君が行ってきてよ。

 不意に此処に来る前に言われた男の顔が頭に浮かべばしてやられたとばかりに眉間に皺が寄る。途端に彼の纏う雰囲気が変化した。

 男の残した言葉には続きがあった。



 ああそうだ、丁度ゲートが必要なところがあるんだ。一回だけの使用だから済ませといてよ。

 場所はどこだ?

 ヴェザルアースの砦だよ。


 ノワールは溜め息を付きたくなるのを我慢し、右手を手前へと翳せば緑色の光が足元へと浮かびだし円を書き始めた。何重にも往復するそれは幾つかの文字を書き込んでいけば、緑色の光と黒色の光が螺旋状に絡み合う。手が触れそうな距離まで伸ばせば彼はゆっくりと口を開いた。



『我、ノワールの名において陣を許可する』


 声に呼応したように螺旋状の光は弧に書かれた文字を辿るように動き出す。辿られた文字は彼を囲むように上空へと眩き照らす。光の美しさに目を奪われたセルシアだったが、ノワールが自身に向けて差し出す手に気が付く。



『この手を取るならば覚悟を決めろ』

「え……」

『本来裁かれるべき本件をその本人がいないのでは始まらない。奴の行いが愚行に映るか契約者よ』


 眼光人を射るとはまさにこの事だろう。まがまがしい威圧が空気を張りつめる。

 彼の言いたいことは、本来精霊は国のために力を授けてきた。それを病弱の少女を助けるがために力を使い果たしたヴェルメリオを彼、ノワールは責めているのだと。それは契約者でもあるセルシアに向けてでもだ。



『奴の行動が正しかったと証明しろ。価値を見い出してみろ我々に』



 鼓動が強くなる。何故彼が此処に来たのか分からなかったが、今理解した。彼は審議に来たのだ。そして私にヴェルメリオの身を潔白してみせろと。彼に与えられた力を国のために使えと黒色の精霊が道標を正しに来たのだ。



 生きたいなら足掻くがいい。不意に彼の声が脳裏を掠めた。瞳を閉じ胸に手を当てる考え込む彼女の表情をノワールは静かに待った。決意したのかもう一度ゆっくりと手を握り締めれば、蒼翠色の瞳が黒色の精霊を捉えた。

 重苦しい身体が嘘のように軽い。足がカーペットへと着けば一歩、また一歩と歩き出す。立ち止まれば彼女の足元から緑色の光と黒色の光が輝き出す。囲むように伸びるそれを見ながら右手を前へと翳す。右手の前には小さな手がこちらを待ち構える。



「人は、短い時の中を生きたいと足掻く……そう彼は契約のときに口ずさみました。だから私は足掻くことを止めません。立ち止まることは否定と同じ、そう思います」


 蒼翠の瞳が一瞬悲しみに曇るが次には優しく揺れる。慈悲深い微笑みだとノワールは場違いのように思えた。



『成立した。名を名乗れ』

「セルシア・クランブルクです」

『原色の黒色、ノワールの名において、この者への転生を許可する』



 手が重なり合えばそれに呼応したように眩い光が部屋を照らす。

 光が収まった部屋は静寂に包まれる。僅かに残るベッドの温もりだけが彼女の存在を主張する。





 彼女を連れた光はヴェザルアースの砦へと向かう。



 

 彼女をこれから迎える未来はどうなるのか。それはヴェザルアースへ舞い降りる時に分かるだろう。赤色の精霊、ヴェルメリオと契約する少女、セルシア・クランブルクの門出を見守る様に空は黒色に染まっていた。













「やあお帰り」


 呑気な声に一瞬イラってしたが、声の人物の前に立てば奴は此方を見るどころか本を読む手を止めないことにさらにイラっとした。私が目の前に居ても何も反応しないこの男に、仕方がなしに私から口を開いた。



『任務は、完了した』



 へぇ、となんとも気のない返事に私はもっと何か言うことはないのかと頭痛がする頭を押さえた。取り合えずまず始めに目の前にいる男に言いたいことがあるのだと私は口を開いた。


『最初から、分かってたのだろう』


 私の言葉に漸く反応を示した男は手持ちの本を閉じ、目尻が少し下がった瞳は興味深げに、尚且つこちらを伺うように見てくる。



「ゲート役に立ったでしょ。まさか彼女の部屋にあるとは思いもしなかっただろ」


 君を向かわせる前に準備させたんだとさっさとネタバラシをする男に黒色の精霊は気が遠くなった。にこやかに微笑む男の反対側にいる男は顎に手を当てじとりとこちらを見てくる。



「どうやら俺もそれに一枚噛まされたのだな」

「ハハ、そうだと思うならそうなんじゃないの。さてとこれで暫くは奴等も動けないだろう」


 先程よりも口角が上がっていく男は至極機嫌が良い。同じ微笑みでも人が変わるとこうも違うのかと目の前の男を見て思った。

 不意に彼女がヴェザルアースの砦に送る前に見せた表情はどんなだったか。誰かの面影と重なるそれはどこか懐かしさを誘う。だからかポツリと口から漏れる。



『価値を見い出してみろ、私はそう言った』


 それを拾うように口角を上げた男は、そうと言い次にはヴェルメリオへの咎めは契約者である彼女自身に尻拭いさせればいいと変わらぬ声色で応える。私と男との間になんとも言えぬ重苦しい空気が流れる。二人のやり取りを見ていた男が深い溜め息の後に投げやりのように口を開いた。



「兄上もいつまでもヴェザルアースに隠しておく訳ではないでしょう」

「ん、期限も決めてある。なんせ我々には時間がない」



 兄上と呼ばれた男は本を片手に立ち上がればこちらを見る四つの瞳に可笑しそうに目を細めた。



「要は柔軟な捉えた方だよ。それじゃあおやすみ」




 笑顔の表情とは裏腹に細めた目の奥はどこまでも深く冷ややかであった。パタリと閉じた扉の音を最後に残された人と精霊は沈黙に包まれるのだった。






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