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13話

長らくお待たせしました。


 そこに私は一人ポツリと居た。風も音もない、静寂なこの場所は時を忘れさせ人を惑わす。何処までも先が見えない空間を試しに歩いて見るが風景は相変わらずそのまま。ただ足元を動かせば彼女の立つ場所が水の波紋のように広がる。


 セルシアは暫く考えた後広がる波紋を注視しようとしゃがみこんだ。下を向けばプラチナブロンドの髪が顔へと掛かるため手で抑えた。鏡のようにセルシアを映すそれに髪を抑える反対の指で波紋を触ろうとしてふと気が付いた。


「傷がないわ」


 袖を捲り何度確認しても見つからない傷にセルシアは首を傾けた。


『ここは私の場所だ』


 声のする方へ反射するようにパッと顔を上げれば蒼翠色の瞳が大きく見開いた。



「ヴェルメリオなの」

『そうだ』


 赤色に輝く光がセルシアの目の前を浮遊する。暖かい色にセルシアは徐に手を伸ばせばそっと光へと触れた。光が身体を包み込むように彼女の周りを漂えばどこか安心する感情にポツリと溢した。


「あったかい……」


 目元を緩め口元に笑みを浮かべる彼女に赤色の光を纏う彼は記憶に残る人間を重ねた。


『暫く会うことはない』


 え、と困惑するセルシアへ赤色の光が強くなる。


『私は眠る』

「眠、る」

『空の器をもう一度満たすには眠るのが早い』

「三年ぶりに会えたのに」


 表情が曇った彼女とは別に彼女に掛かる髪を光で払いのけた。絹糸のような艶やかさを持った白銀色の髪質は以前と比べ物にならないくらい輝いている。素直に美しいと思った。



「また会えるのを待ってます」




 蒼翠色の瞳が柔らかく緩む。不意に髪に見とれていた私は微笑む彼女の姿に遥か昔に同じ事を言っていた者を思い出す。



 また、会えるのを待ってる


 透き通った声で紡がれた言葉を私は忘れることはない。いつまでも耳に残る声の主を私は忘れたことはない。

 何故二人を重ねてしまうのか、その時の私は分からない。私が目覚める頃にその理由を分かることが出来るのだろうかと、光が縮小するなか私は考えた。徐に私を見つめる幼い彼女の姿を脳裏に焼き付けるように見る。人の時は我々精霊とは違い脆く儚い。私は彼女の時を見逃さないように誓いながらゆっくりと瞼を閉じる。


『また会う時まで』


 その声を最後に空間に広がる波紋がピタリと止み彼女の意識が薄れていった。








◇◇



 意識を取り戻しゆっくりと瞼を開ければさ迷うように瞳が動く。壁や配置されている家具からみてセルシアは見知らぬ部屋で寝かされているのだと理解した。

 動こうと上半身を起こしたが、それだけで酷い疲労感を覚え仕方なく白練色の天井を眺めるほかにすることがない。

 どのくらい経ったのだろうか、もしかしたら数分も経っていないかもしれない。正常に意識を取り戻しはじめれば天井を見続けた瞳は部屋の回りをキョロキョロ動かす。どうやら時計の設置されていない部屋のようで時間を確認しようにもできない。次に部屋を見渡せば家具に施される装飾品からして格式高い場所に居ることは確かである。自身の置かれる状況を理解しようと身に起きたことを思い出す。


 私はあの時何かに誘われるように森へと入ったのは覚えている。その後急激な恐怖に襲われ次には強い衝撃を身体に受けていた。そこでハッとしたように怪我をおった左腕を見るが大きな外傷はなく、木々による引っ掻き傷が少しばかりあるだけだった。



「あれは夢ではなかったのね」

『夢とはなんだ』



 気が付けばセルシアを覗き混むようにして見る存在に思わず言葉を失う。髪や瞳、羽は醸し出す雰囲気全てが同色に染まった精霊は、色を引き寄せ或いは遮断することにより自身の色を誇示させ畏怖を与えさせる。その佇まいから彼がただの精霊ではないのは少女にも分かる。

 彼の色は夜、否どこまでも深い黒を漂わせる色だがセルシアに向ける黒の瞳は強い意思を燃えるように灯していた。不意に彼の手がセルシアの頬へと伸び黒の瞳が蒼翠の瞳を捕らえる。瞳がかち合い一瞬だが鼓動が激しく脈だつことにセルシアは疑問に思うが、次には黒色の精霊の言葉にそれは打ち消された。


『……やはりそうなのか。

 見えてるな』




 頬に手を添えたままセルシアを決然たる瞳で見つめる。その瞳に捕らえられるように硬直した身体は口さえも上手く動かせない。その事に気が付いた彼はすまないと言ってセルシアから離れれば金縛りが解けたように身体が動き、この空気に耐えようと両手を胸の前で握ぎりしめる。


 セルシアとは別にそうか、まだ私達種族について学んでいないのだなと顎に手を当て考え込む彼との様子を他人が見たらどう思うのだろう。


 セルシアはあの場でおきた事、彼と交わした会話を目の前の彼にどこまで話せばよいのか考えていた。


「弟が正式に精霊様と契約した後に姉弟揃って学ぶつもりでしたので、申し訳ありませんが私は貴方様の望むものを持ち合わせておりません」


 先ずは先ほど彼が呟いた言葉の有無を答えることにした。そうすれば彼は私を見た後どこか納得したように頷く。


『ならばあれは知っているだろう』



 彼はそっと指先をある一点へと向ければ、そこには見覚えのある物だった。父グサノスや上司であるカーミリアン様の胸元に施されたそれと類似したそれは紛れもなくクレイアン王国、彼女の住む国の紋章であった。ちなみに紋章は一つのデザインを元にいくつかの別のデザインを施される。軍人である父やカーミリアン様はそこから多少違うが紋章を囲むように二対の馬が立ち上がり向かい合うように対比しそこに自身の精霊の色の石を埋め込まれる。他にもあるようだがセルシアが見たのはまだその種類だけであるので他を知らない。それでも国を示す紋章は誰もが知っていることだった。五角形の形の端には五つの色がそれぞれ施され平らな頂点には王冠を付け中央には美しい羽が包み込むようにして描かれている。しかし彼の会話と紋章、この場とどう関連するのだろうかと疑問に思ったが、次の瞬間とある一点を凝視した。




「黒……」


 ポツリと漏れた言葉に彼の瞳が一瞬光る。そしてゆっくりと目を伏せ羽を動かしふわりと後ろへと後退した。


『我々が見る日常の色は三色……いや、五色によって識別する』



 まるで独り言のように話す彼にセルシアは黙って聞いていた。


『五色が混じり新たな色が生まれ、そこからまた多数に生み出されていく』


 彼は黒の色を五つ出し螺旋状に回転する。回転するそれは次第に隣通しに浸透し、一つの固まりへと変化し渦を巻く。


『この国は、荒れ果てていた。我々はこの国の者に加護を与えた。安寧を望む国の者に。だからこそこの国は我々の力により存在する。それを証明するものこそがあれだ』



 あれとは、この国の紋章に施されている五色のことだ。そして彼の言いたいことが分かり鼓動が早くなった。

 つまり目の前に存在する精霊の正体は……。



『何故私がここに来たのか、疑問に思うだろう。それは……こうするためだ』


 そう言い終わるや否や、黒の固まりがセルシアへと衝突する勢いで飛び出した。咄嗟に両手を顔の前へと持っていくが黒の固まりはセルシアにぶつかる瞬間に雲散したかと思えば、突如胸と左腕に急激な熱をもち始めあまりの激痛に身体を握りしめる。セルシアの苦しそうな様子とは余所に、黒色の精霊は追い討ちをかけるように彼女に自身の色を流し込む。




 熱い、苦しい、痛い。今彼女の感情を占めるそれに恐怖した。森で起きたことよりも今現状起きていることのほうが何倍も恐ろしい。見えぬ存在よりも、この場に居る彼の存在の方が恐ろしいなんて思いもしなかった。


 なすすべのない私は、一体どうすればいいのかと意識が薄れるなか、瞼を閉じようとした瞬間僅かに彼の温かみのある色が脳裏をかすめた。そして無意識に音のならない声で彼の名を紡ぐ。




 ヴェルメリオ



『今だ』


 一点の灯火が身体を巡るように動かそうとした瞬間、彼の合図と同時にセルシアの身体が突如強い引力に引き寄せられるようにして半身が起き上がる。そして身体から徐々に黒色の光が吐き出されていく。自身の身体から放出されるそれを頭が朦朧とするなかなんとか見続ける。目の前の精霊は放出されるそれを凝視したまま沈黙する。

 だが互いの沈黙はそう長くなかった。



「いや、なに……」



 黒色の光が抜け出したかと思った次にはセルシアの胸、腕から赤色の模様が涌き出てくる。それはセルシアを囲うように何重にも描き、放出が止まったと思えば彼女の回りには何重にも模様が序列する。

 赤色の文字で書かれたそれをみた黒色の精霊は思わず息を飲んだ。自然と身体と拳が震え上がったのは無自覚だろう。


 セルシアは荒い呼吸を調え、少しばかり冷静になった頭でそれをじっと眺めれば、円の形で描かれた模様は文字を意味するものではないかと考えた。赤く発光するそれは何を意味するのかは分からないが目の前の文字を凝視する精霊の様子からしてただ事ではないのは確かだろう。


 何てことだ、精霊の呟いた言葉は静寂な部屋に響き急激に心臓を締め付けるような痛みにセルシアは前のめりに身体をもたれる。



『いかん、拒絶反応が出たか』


 精霊はハッとしたような表情になり慌ててセルシアへ駆け寄り彼女の目の前へ手を翳せば手元へと黒い光が集まる。霧が集結すると同時に激痛は弱くなり目を開ければ何とも言えない表情をした精霊が此方を眺めていた。



『痛みはましになったか』

「……はい」


 精霊の黒色の瞳がほんの少しほっとしたように緩めば本来の彼は酷い精霊ではないのだろうと痛むなか思った。

 不意に、先程彼女の回り書かれた文字は消え失せていたのに気が付いた。



『ああ、私が引っ張るのを止めたから奥へ戻ったのだ』

「引っ張る……あれは何だったのですか」



 セルシアの質問に彼は暫く考える素振りをする。そして徐に口を開くのだった。



『まずは自己紹介をしよう。名はノワール。察しの通り黒の原色を持ち、王と契約する五色の精霊のうちの一色だ』




区切ります

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