魔法使い『白の魔王』
三人いたキノコの娘たちが別れの挨拶をして、一人、一人と森の中へと消えて行く。最期に残った一人が立ち上がって去っていこうとする様子を見て、キースはようやく覚悟を決める事ができた。
背中を押されるがままに木の陰から走り出し、驚くキノコの娘の前へと進み出た。
キノコの娘は驚いたことだろう。
その目は、丸く見開かれている。
突然、走り寄って来た一人の少年。
立ち止まったと思えば、ブツブツと何かを呟いている。
耳を澄ませば、己の基となっているキノコについての情報を呟いていることがわかる。学名に発生時期、発生場所。そして、人型としての名前など。
同胞であるキノコの娘しか知らないような事まで知っている少年に、眉をしかめた。
「好きだ!」
突然、声を張り上げたかと思えば、背を伸ばして顔を近づけ、口と口を当てようとしてきた。
よし、いける!
隠れていた護衛たちが、グッと拳を握る。
驚いて動けなくなったキノコの娘と、キースの口がほんの少しだけ触れ合った。
よし、成功だ!と隠れていた護衛たちが顔を出した。
けれど、目を見開いたまま固まっているキノコの娘は、キノコへと戻る気配もなく、のろのろと口元に手を置き、今起こった事を理解しようと頭を動かしていた。
「きゃあ!!」
ばちーん!
ぼふん!
しばらくして、何が起こったのかを理解いた彼女は、顔を真っ赤に染めた。いきおいよく振り上げた手で、森中に響き渡るような音をたててキースの頬に真っ赤な手形を作り出した。
女性の力とはいえ、まだ子供といってもいいキースよりも背の高い女性の力で叩かれたことで、キースの体は横にふらついた。
「あっ、こりゃあ駄目だわ」
護衛たちが駆けつけようと足を踏み出した瞬間、キノコの娘は白い粉を全身から振りまいて、霧のように周囲を満たした白粉の中を森の奥へと駆けていった。
僅かな風にも舞う白粉に、それなりの場数を踏んでいる護衛たちも口を腕で覆い、目を閉じる。しばらくして、立っているのもやっとの強い風が駆け抜けたのを感じ、白粉も無くなったはずだと覚悟を決め、目を開けた。
「殿下!」
地面に倒れているキースの姿。
護衛たちが駆け寄ろうとすると、何処からともなく、男の笑い声が聞こえてきた。
あっはっはははははは
本当にやったよ
最近の子は過激だねぇ
笑い声を上げたまま、黒いローブを纏った怪しい男がキースの傍に降り立った。
「何者だ!!?」
「ただの魔法使いさ」
目深く被った黒いローブから覗く、日に焼けていない白い肌の真ん中で、口をニィっと不気味に歪ませた若い男は、ゴツゴツとした杖を持つ手を振り下ろした。
「ん。ここは?」
キースが目を覚ますと、そこは柔らかなシーツの中だった。
首を動かして周囲を見回すと、木の温もりが感じられる素朴な感じの家だと分かる。壁には束ねた草が入れられたガラスの瓶が並び、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上にはガラスの器やすり鉢などが散乱している。
「おっ、目が覚めた?」
ボーっと部屋の中を眺めているキースを、真っ白な髪の青年がニョキッと覗き込んできた。
「わっ!」
突然に覗き込まれたこと、青年にまったく気配が無く近づいてきたことにさえ気づけなかったことにキースは驚きを隠せない。
小国とはいえ腐っても王族。他人の気配を感じる術は徹底的に教え込まれている。
「何だ、お前は?」
「無理矢理襲ったキノコの毒胞子で死に掛けていた何処かの第二王子様を、魔法で毒を消したり運んだりして助けてやった恩人の魔法使い様だよ。」
身体を起こして睨みつけたキースの様子にも機嫌を損ねたのか、ニンマリと不気味な笑いを浮かべた。
「あれはモリーユ・コニカ。トガリアミガサタケの化身だろ?一応、食用のキノコだけど毒がある。彼女の毒は強力だった・・・」
「殿下!良かった、お目覚めですか。」
ニヤニヤと笑う青年の言葉を遮って、部屋に駆け込んできた狐目の青年と三人の護衛たち。
一気に、こじんまりとした部屋は手狭になった。
「キノコの娘が出した毒胞子で倒れられた時は驚きましたよ。」
狐目が特徴的な、幼い頃からの侍従の青年の言葉で、ぼんやりと状況を思い出す。
とはいっても、キースが覚えているのはキノコの娘に口付けをしたくらいだ。
「あの娘はどうなった?」
「それが、確かに口付けたのは確認したのですが変化することなく、森の奥に逃げて行きました。」
「何?どういうことだよ!!」
恥ずかしさを我慢して、無我夢中で行動を起こしたのに、効果が無かったなんて一体どういうことなのか。瓶にかかれた説明が嘘だったのだろうか。
「ちゃんと、理解して、愛の言葉を言って、口付けしたじゃないか?あの薬、不良品か?」
「た、確かにありえますね。なんせ『無邪気な天災』と呼ばれる方です。どんな間違えがあろうとおかしくはありません。」
「いやいや。薬はちゃんとした物だし、説明もちゃんとしたものだよ。」
憤っているキース達に、青年が口を挟んだ。
「なんだと?」
「あっ、殿下。こちらは殿下を救ってくださった・・・」
「さっき聞いた。自称魔法使いだろ。」
「いえ、自称ではありません。」
侍従は、キースの言葉を否定した。
青年はそのやりとりに、ニヤニヤと嫌らしく笑っている。
「こちら、『白の魔王』と名を轟かす魔法使い、ローク師です。
ベルタ王妃にも確認を取りましたので、正真正銘、本物です。」
はぁ とキースは、青年に目を釘付けにして声を失った。
『無邪気な天災い』ベルタ王妃いわく、成功していた完璧な魔法薬を勝手に改良した兄弟子。
その元凶が、今、目の前にいる。
「愛の意味も、口付けの仕方も解からないような、哀れな王子様に、良いことを教えにきてあげたよ?」
魔王の名に相応しい笑顔を浮かべた魔法使いロークが囁いた。
諸悪の根源登場。