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舞台はフォレス王国。

緑豊かな森が国土の大半を占める小国、フォレス王国。

森で取れる山の幸、僅かに取れる鉱石、豊富な種類がそろう薬草を他国に売ることによって成り立つ王国は、王家と民が仲睦まじく寄り添い、細く長い歴史を刻んでいる。


麗らかな、ある日。

フォレス王国の中心であり、唯一の大きな街である城下町では、ここ最近で最も賑やかな日を迎えていた。人々は用事も無いのに城へと向かう大通りに顔を出し、そわそわと日頃見慣れている城に目を向かわせている。

それも、そのはず。

人々の忙しない様子に誰も悪く言うことはない。城下町の秩序を守ることを職務としている警邏隊の隊員たちでさえも、仕方が無いなと、人々と同じように心を逸らせていた。

城に向かう大通りに、城の前にある普段は民の憩いの場となっている大広場に、城を基調とした華やかな騎士服を纏った他国の騎士たちが、思い思いに身体を休めている。ある者は大通りにある店で爽やかな笑顔を浮かべて購入したのだろう、タレが滴るキノコと肉の串焼きを食べて空腹を癒している。ある者は馬たちに水をやり、ある者は話しかけてきた若い少女たちに笑顔を返している。

国から出ることなく生涯を終える者が大半のフォレス王国にあって、他国の騎士たちを見る機会など一生に一度あるかないかの出来事なのだ。

城下町に住む民たちは、大人から子供まで目を輝かせて騎士たちを眺めていた。


民たちが眺めている騎士たちの傍で、数本の旗が風に揺れている。

旗に描かれているのは、雪の結晶をモチーフにした紋章。

それは、フォレス王国から広大な森を挟んだ先にある隣国、ネージュ王国の紋章である。ネージュ王国は、フォレス王国とは比べ物にならない程大きく豊かな国土を持つ、世界でも力ある大国の一つとして数えられる国だ。そんな国に仕える騎士たちは、皆一様にして逞しく、規律が保たれている。小国故に騎士たちが皆顔見知り、職務中であろうと気安く話しかけることが出来るフォレスの騎士とは違う様子に、女たちは顔を赤らめ、うっとりと視線を送り、子供たちは憧れと尊敬の目を向けていた。


何故、大国の騎士たちがフォレス王国にいるのか。

それは、近い内にネージュ王国の現王が退位し、新たな王が即位することになったからだ。親交のある国、友好国などへの顔見せと挨拶の為、ネージュ王国の現王と王妃、そして即位することになった王太子が多くの騎士を引き連れ近隣諸国を巡っていく。その始めの国としてフォレス王国へと立ち寄られたのである。


丁度昼時にあたる今、王城の中ではフォレス王国の王族とネージュ王国の王、王妃、王太子が和やかに食事会を開いていた。





「いやぁ。うちに最初に来るって言ってくれれば、もっと良いもの用意出来たのに。相変わらず、オウルは悪戯好きだよねぇ。」


来客用の大きなテーブルについて食事を始めるフォレス国王ガイル。国の規模の違いは大きいものの、幼い頃からの仲の良い友人として気安く、立場も何もなく話しかける。

それを受ける、ネージュ王国国王オウルも別段気にすることもなく、ニヤニヤと笑い、注がれた酒に手を伸ばしている。

「最初は、クリステン王国に行くものだとばかり思っていたよ。そうしたら、うちに来るのは最期だろ?その頃に用意すればいいと思っていたもんだから、普段使うような食材しか用意できなくてね。

ベルタ王妃とブラン姫の口に合うといいんだけど。」

近隣でいえば、ネージュに次ぐ国力のある国にこそ、次期王の挨拶として最初に訪れるのに相応しい。そして、フォレスとはネージュを挟んで反対に位置するクリステン王国に行くのなら順番に回っていき、フォレスに訪れるのは最期になるのが普通だ。

ガイル王が申し訳なさそうに、オウルの両隣に腰掛けている王妃ベルタと王太子ブランへ頭を下げるが、二人はそれに笑顔で返した。

「とんでもありません。とても美味しいです。」

「我が国では到底手に入らない食材が使われていて、感動しております。それに、お詫びするのは私たちの方です。父の突然の行動は何時ものことながら、今回の訪問を知らせていなかっただなんて。」

王の右側に座って、キノコのソテーを少しずつフォークに乗せて口に運んでいた、小柄で可愛らしい顔立ちの王妃ベルタが、はにかみながら微笑んだ。多くのフリルがあしらわれた黒いドレス姿が、王妃の幼さを引き立たせている。

どう見ても10代後半にしか見えない姿に、隣に座って豪快な動きで料理に手をつけている48歳という年相応の年齢にちゃんと見えているオウルに有らぬ疑いの目が向けられるのも仕方がないだろう。

王の左側に座り、山深くの清流にしか住まないという川魚のテリーヌを美しく切り分けて食べていた、オウルの一人娘、今度即位することとなった今回の訪問の主役である王太子、ブラン王女が何食わぬ顔で食事を続ける父親を睨みつける。

彼女は齢18。まだまだ即位するには若すぎるという声も上がるのではと疑念の声も国内の一部で上がったものの、彼女は軍部や国内の主要貴族たちの圧倒的な支持と賛同を獲得していた。近年圧倒的な軍事力を蓄えて侵略行為を繰り返す悪名高きラタ帝国の先発の軍勢に切り込み、王女という身分にありながら私兵を率いて帝国に潜り込み、帝国が数年は動けぬ状態へと追い込むことに成功したという大きすぎる功績によってだ。



「だってよぉ、ブラン。連絡を入れて来たら、最上級の肉だの魚だの、何処ででも食べれるような料理を食べることになったんだぞ?そんなもんより俺は、これが食べたかったんだよ。」

オウルが行儀悪くフォークで指差したのは、壁際に用意された小さなテーブルの上に飾られているキノコや果物といった山の幸に川魚といった、今食べている食事にも入っている食材たちだ。山で取れるあらゆるキノコの人工栽培に独自の方法で成功したという事を示すように、それぞれの本来の旬を外れたキノコたちが籠の中に揃っている。

フォレスでは、食事の際は傍らに使われた食材を飾り、全ての料理をテーブルの上に並べておくのが作法だった。他国の訪問客をもてなす時には各国共通となっている一般的なマナーを用いるのだが、今回はオウルの我侭によってフォレス流の食事となった。


「んなこと言っても、他国の王族もてなすにはそれなりの食事を用意しなくちゃならないに決まってんだろ?この国じゃあ、そういったもんしか用意できないから他国から取り寄せてだな。」

「別に知らない仲でもないんだから、いいって言ってるのに聞きやしねぇ。」

「公式の場でそんな事が出来るわけないだろ、常識を考えろ!常識を!」



「それにしても、名高きブラン王女にお会いできて光栄です。」

くだらない言い合いを始めた父王たちに呆れ顔で横目にした、フォレス王国の第一王子と第二王子がブランに話かける。幼い頃から二人が口喧嘩や殴りあいをするのは見慣れている為、こういった時は放っておけばいいと心得ている。それは城に仕えている全ての使用人も理解していることであり、ネージュ王国側の付き人たちも微動だにせず静観している。

「そういえば、キース王子と会うのはこれが初めてでしたね。」

「えぇ。いつも兄上から話を聞いていたので、お会いできるのをまだか、まだかと楽しみにしていました。」

第二王子キースが頬を赤く染めている。

日の光を受けた事がないのかと問いかけたくなる白磁の肌に、透き通る清流のような蒼の目、烏の濡れ羽のような漆黒の髪、ネージュ王国王太子であるブラン王女は武功だけではなく、その美しさでも遠方の国にまでその名を語られている。

「こいつは身体が弱くてね。何かってあると、すぐ寝込む。君と会うっていう時も毎回そうだった。やっぱり好き嫌いが多いせいかな?」

ブランとは同い年とあって幼馴染のような関係を築いている第一王子アレンが弟を指差してからかった。キースは兄を睨みつけ、テーブルの下で足で蹴り上げようとしたが避けられた。

「あら。私だって嫌いな食べ物があるわ。だから、そんな風に弟をからかうんじゃないわ。可哀想でしょ?」

「いやいや。俺も嫌いなもんはあるから言えたもんじゃないんだけど、さ。こいつ、この国に生まれたくせにキノコが駄目なんだぜ?問題だろ?」

これにはブランも言葉を失った。

山で取れる豊富なキノコは、農地が多く確保できないフォレス王国にとっては一大産業。国の顔をして外国に行く事も公務として必要な王子がキノコが嫌いとあっては話しにもならない。

「うるせぇよ、兄貴。キノコくらい食べなくても生きていけるだろ!」

頬を膨らませて顔を背けたキース。

「そりゃあ、俺だって駄目だとは思ってるんだ。」

小さく呟かれたキースの言葉に、3つ下の弟を日頃から可愛がっている兄や使用人たちが微笑ましげに頬を緩める。

一人っ子で弟や妹といった存在に憧れたこともあったブランも、口元に笑みを作った。


「好き嫌い、無くしたいですか?」

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