大丈夫。犯罪ではありません。
木々が生い茂り、地上に太陽の光が僅かにしか届かない森の奥深く、倒れて朽ち果てようとしている大木や苔むした大岩に腰をかけ、色とりどりの美しい少女たちが雑談に興じている。
その周囲には、人形のように小さな少女たちが戯れている。
そこが足を踏み入れる人間が滅多にいない、野生の獣だけでなく多くの恐ろしき魔獣が現れると名高い魔の森の中ではなかったのなら、それは人々の目を和ませる光景だっただろう。
そんな場所にいるというのに、おしゃべりに夢中になっている少女たちは、何を恐れることがあるのかと、周囲に気を配ることもないようで、知らずに見るものがいたのなら異様な光景に恐怖を覚えることだろう。
「殿下。今なら大丈夫です。いけますよ。さぁさ、お早く。」
そんな彼女たちを少し離れた場所で、大木の陰に隠れて覗き見るものたちがいた。
武器を携帯し動きやすい姿をした、15・6才ほどの若い少年を含む5人の男たち。
3人の屈強な男たちは剣を手に持ち周囲を警戒している。そんな彼等に囲まれて、狐のような顔つきの1人の青年が、大木にしがみ付いて少女たちを覗き見ている少年の背をトントンと押していた。
「いや。だがな・・・」
「何をしているのですか。国の未来が懸かっているのですよ?
早く彼女たちの所に行って、愛を囁いて口付けるのです。
簡単なことですよ?
『愛してるんだ』でブチューですよ。さぁさぁ。」
少年の緊張を溶かそうとしているのか、下世話な表現で少年の背をぐいぐい押す。
「紫様からの情報によりますと、あちらにいるのは、シルキー様、きらら様、モリーユ様というお嬢様方のようです。」
さぁ、さぁさぁ。
キスですよ、キス。
小さな声で、キス、キスと手拍子を叩きながら、囃し立てる青年。
護衛役である男たちの肩が、器用に震えている。思いっきり笑いたいのを我慢しているのだろう。少年が横目を向けて睨みつけても、振るえが止まることはない。
少年は思う。
どうして、こうなったと。
けれど、逃げ帰るわけにも行かない。
青年の言う通り、少年の父親が治め、少年が生まれ育った国の未来が懸かっているのだから。