010 その男は、かつて自分を負かした女騎士を探していた。
目の前の時計塔がゴーン、ゴーンと十五時を告げる鐘を鳴らしていた。
競技場の入り口横に長机を置いてぼんやりと煙草をふかしていたノヴァは、そうして「ああー」と空を仰ぐ。
(そろそろだな……)
3
西の大国、最大の商業都市・アクト市の中央コロシアムは巨大な大広場と隣接している。
木造の背の高い時計塔が特徴のその広場は、緑の生い茂った美しい公園で、昼時などはベンチに腰掛け談笑したり、食事をとる人々で毎日賑わう場所だ。
今はだいぶ人もまばらで閑散としてきているが、時折聞こえてくる笑い声が心地良く耳をくすぐる。
(本当に平和な国だよな、ここは)
ノヴァは近くの灰皿に煙草を押し付けた。
彼がとある筋から手に入れた情報では、現在外の世界では不穏な動きがある。
(大賢者同士の全面戦争、なんてことになったらシャレになんねえ)
十二連合も動き始めたらしい、と古い馴染みの女は言っていた。
『ノヴァ。貴方、やっぱり私たちの所に戻ってこない? 西の大国はとてもいい所だと思うけど、こんな平和ボケした国では戦争が起こったとき太刀打ちできない』
ああ。だろうな、とそのとき彼は迷うことなく相槌を打った。
『じゃあ何でそこにいるのよ!! よりによって敵国にっ』
(さあ、何でかな)
『アレックス皇帝はそんなに甘い方ではないわ! 西の大国が敗戦国となり、仮に貴方が生き残ってたとしても、皇帝は貴方を殺すよう私たちに命じるでしょう』
(だろうな。あの人は裏切り者を絶対に許さない)
『そこまで分かってるならどうして!!』
(…………)
『ノヴァ、これだけは覚えておいてね。私たちはいつまでも待ってるから。私たちの頭は貴方だけなのよ』
くそったれが、とノヴァは悪態をつく。
(いい加減未練がましいんだよ、俺はっ)
バサッ、と。飛び立つ小鳥の羽音で彼は我に返った。机の上に散らばった書類に目を落とす。
(やべ)
そろそろ来るんだったな、とノヴァは書類の中から午後の剣闘試合の参加者名簿を引っ張り出した。そこに連なる名前にざっと目を通して、刹那ため息をつく。
「やっぱりねえか」
「そうか……残念だなあ。今日も来てないのか、あの女騎士」
(ん?)
自分のつぶやきに応えるようにして寄越された返事にノヴァは顔を上げて、次の瞬間、うぎゃああぁ!! と奇声をあげた。
「どうかしたのか? ノヴァ」
「てんめえ、ルーグ!! 現れるときは気配消すなっていつも言ってんだろうがっ」
「だからあ、これは癖なんだからしょうがないっていつも言ってるだろ?」
そう言って、いつの間にかノヴァの正面に顔を近づけていた男は、潔く首を引っ込める。
「よう! 一昨日ぶりだなあ、ノヴァ」
がっちりと肉付きの良い頑丈そうな巨体。たっぷりと蓄えられた口髭に無造作に束ねられた黒い縮れ毛。このコロシアムの支配人・マリーアに言わせるところの熊男、ルーグが屈託なく笑って立っていた。