四季復活
「お父さん! 起きて、起きて!」
息子が慌てたような声で、私を起こしにきた。
「どうしたんだい、一体? こんなに早く」
「いいから、早く起きて窓の外を見てよ!」
「窓のそと?」
私は、ゆっくりとベッドから出て窓の方へ向かった。
「お父さん、これ見てよ!」
息子は、そう言ってカーテンを開けた。
「こ、これは……」
信じられない光景に言葉が続かなかった。上空から白い光が、ひらひらと舞い降りている。無数の光が次から次へと落ちてくる幻想的な光景。空に向かって、心が吸い込まれていく。
「雪……だ」
「やっぱり、これが雪だったんだね。お父さん、僕初めて見るよ」
「そりゃそうだよ。お父さんだって実物を見るのは初めてなんだから」
かつては、この日本でも雪が降ることがあったそうだ。しかし、二十世紀末から始まった地球温暖化によって、この国は常夏の国となった。雪など降ることのない国に。
「この雪、お父さんが降らせたんでしょう」
そう、私の採った低温下対策のどれかが当たったのだろう。気象学者の私は、昔の日本に憧れていた。かつての日本には、四季というものが存在し、季節ごとに様々な表情を見せる美しい国だったという。そのことを知ってから、私は日本に四季を復活させたい、そう願うようになった。そして、様々な方策で気温を低下させることを試みてきた。無表情な今の日本を何とか変えたかったのだ。念願が叶い、最高の景色が今、目の前にあるのだ。感激の涙が頬を伝う。
「お父さん! コンピューターが何か言っているよ」
息子の声で我に返った。メールが届いているのだろう。少し気が重い。実は、私の試みは誰にも理解されていない。生まれたときから常夏の国に住んでいる人間には、季節の素晴らしさが想像できないのだ。逆に気候を変えることの危険性を指摘され、私の仕事は批難され続けてきた。下手に気候を変えようとすると異常気象を招く可能性があるなどと。しかし、リスクを恐れていては何もできない。私は、反対派の制止を振り切って低温下対策を行ってきたのだ。その反対派がこの景色に憤慨してメールしてきたのに違いない。
私は重い足取りでコンピューターに向かった。そしてメールをチェックした。凄い量のメールが到着している。反対派の激怒ぶりが分かる。そしておそるおそるメールを開く。
「え?」
メールの内容を見て、思わず声を上げた。
『素晴らしい景色をありがとう』
『あなたがしようとしていたことが、やっと理解できました』
『これほどの景色が見られるのならば、少しくらいの異常気象など充分許容できます』
これまで、私に反対していた人たちが、賛辞の言葉を述べている。この雪を見て心が変わったようだ。雪が降るという壮麗な光景は、それほどの衝撃を人々に与えたのだ。一度とまった涙が再び溢れてきた。
「あなた、ありがとう。最高の誕生日プレゼントだわ」
いつの間にか側に来ていた妻が言う。
「あ、そうか。誕生日だったんだ。ゴメン忘れてて」
「いいのよ。あなたは仕事で大変だったんだから」
「でも、これからは大丈夫だよ。季節感ってものがあるんだから。毎年雪が降ると君の誕生日が近づいたって分かるんだから」
「雪が降る季節って何て言うの?」
「え? うーん、春だったかな? いや違う。ゴメン、後で調べるから」
「いつでもいいわよ。わたしの誕生日、雪が降った記念日として残るかしら」
「そうかもしれないな。毎年、七月二十日は雪の記念日って……」
そういう自分の言葉に僅かな違和感を感じた。軽い胸騒ぎ。しかし、それを直ぐに振り払った。今日は人生最高の日なんだから。