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それは夢か、現か  作者: 葡萄鼠
第一章
3/5

やりとり

 外はバケツをひっくり返したかのような大雨で、窓を閉め切った室内にいても雨音はうるさいほど響いてくる。家族四人ほどで暮らすのが最適な大きさの一軒家の主である男性は、一階のリビングで一人、一人掛け用の灰色のソファにゆったりと座っている。瞼は閉じられているため、寝ているのかおきているのかはわからない。ただ僅かに上下する胸の動きでかろうじて生きているということだけはわかる。

 広い空間にしては不気味なほど、静まり返っている。ネズミなどの気配もなければ、確かに家主は存在しているのに誰も住んでいないかのように生活観、活気が感じられない。部屋のいたるところには埃がたまり、白くなている。壁、床、家具、もろもろ白くなり、かろうじて家主が通ったであろう場所にだけ埃が掃けてうっすらと道ができている。


 


 あまりにも静かすぎる空間。

 しかし、それは突然に打ち破られた。



 ドドドドドン! ドドドン!! ドンドン!!

 外の激しい雨音を打ち消すかのような、木製のドアを壊しそうなほど大きく激しく叩く音が家中に響き渡る。

「……おおーい、……ま」

 雨音とドアを叩く音の合間に、なにやら声が微かに聞こえてくる……。

「おーい、透真とうまーー!」

 ドンドン! ドンドン!

 家主に呼びかける声と、ドアを叩く音は止む気配はない。

「寝てんのか? ……いや、それはないか」

 ボソボソと何かを呟いている声は、室内にまでははっきりとは届かない。

「おおーい、透真―!」

 鬱陶しいほど響き続ける音に、家主である彼、透真もさすがにゆったりとはしていられなかった。

 緩慢な動きで立ち上がり、玄関までのったりと移動して扉を開けるとびしょ濡れの男が笑顔で立っていた。

「よお、久しぶり!」

 立っていたのは何年かぶりの、昔はよき友であった人物だった。

「――お前か」

 誠は透真が発した「お前か」、の前に落胆の色濃い「なんだ」が聞こえた気がした。

(きっと気のせいだ。そうだ、気のせいだ。そうに違いない)

 少し傷つきつつも、誠は明るい笑顔を透真に向ける。

「今日はお前に土産があって、もってきたんだ」

 ゴソゴソと、持っていたカバンの中を探って誠は縦二十cm、横十cmほどの黒い袋を取り出した。

「ほれ」

 そういいつつまだトロン……と、呆けている透真に差し出した。

「……」

 それを無言で受け取った透真は、視線を袋に移してどう反応したらいいのかわからないのか無言のまま。そんな透真の様子を気にかけることなく、誠はぐいぐいっと袋を押し付ける。

「とりあえず今日はそれをつけて“寝ろ”」

 何故か“寝ろ”をやけに強調する誠。

「大丈夫だ。お前の安眠は保障する」

 満面の笑みを浮かべたまま親指を立てた右手をグッと、透真の真正面にもっていく。しかし突然わけのわからない怪しげな袋を手渡された透真は訝しんでいる。誠の「さっさと中をみろ」という強い視線に促され、そっと袋の上部を縛っていた紐を緩めて中を窺う。すると中には、音楽再生プレーヤーとヘッドフォン、それから黒い紙が一枚入っていた。

「……こんな物をつけたまま寝たらコレを壊すか、耳を壊すぞ」

「まあ、そのブツに関しては別に壊してもかまわないけどな。俺は」

 あっけらかんと言う誠に、透真は混乱しわけがわからなくなっている。

「まあまあ、とりあえず詳しい話は中で、な」

「あ、お、おい」

「ほれほれ」

 何故か家主の透真ではなく、誠が彼を促して今まで立ち話をしていた寒い玄関先から中へと移動した。


 リビングに移動したところで、透真が照明のスイッチを押して部屋に明かりを灯す。さきほどまで薄暗かった部屋も、明るい部屋に照らされて少しばかり温かさが増した気がする。

「あいかわらず生活感ゼロの家だな」

 この家ができたばっかりの時に招待されたときとまったく、何一つ変わらない様子と埃をかぶった周囲を見て誠はどことなく感心したようにそう言った。

「ほっとけ」

 誠がリビングに向かっている間に、透真はどこかに寄ってからリビングにやってきた。

「まあ、今更どうにかしろ、っていう気は俺もないけどな」

 そう言いながらこの家の惨状は想像がついていたのか、カバンから新聞紙を取り出して、適当に床に置いたその上に胡坐をかいて座ろうとしたが。透真がそれをバスタオルを投げつけて止めた。

「おい、座る前にお前は浴室行きだ。さっさとその濡れた服を脱いで、体を温めろ。体調崩してもしらんぞ」

「お、貸してくれるのか? 悪いな」

 誠は透真に投げ渡されたバスタオルでびしょ濡れになった髪や体を拭きながら、以前の変わらぬ場所にあるだろう浴室に向かった。

「はあ……」

 透真はため息をつきながら誠を見送った後、キッチンに向かった。

「ったく、相変わらず世話の焼ける……」

 ぶつくさ文句をいいつつも、手元は無駄なく動いている。しばらく家の中には、キッチンで作業する音と浴室でシャワーを浴びる音が響いていた。騒がしくはない、静かともいえる程度の響きだが、一気に生活感を感じさせるどこか心地いい響きだった。

「ふぅ……。さっぱりした! ありがとな、浴室化してくれて」

「別にかまわん。むしろあんなびしょ濡れで部屋を徘徊されるよりましだ」

「ま、そりゃそうだわな」

 風呂上りの誠が着ている服は、誠が昔着ていて今はタンスにしまいこんでいたシンプルなジャージだ。

「よし、俺もスッキリほっかほかになったところで本題に入るか。お前も座れよ」

「……ここは俺の家なんだがな」

 そう呟きながらも、透真は誠に促されるままさっきまで座っていたソファに座った。誠も安心して向かい側のソファに座る。そこでやっとリビングの机の上にはさきほどまでなかった、温かそうな黄色い飲み物が入った白いカップの存在に気がついた。

「おお! まさかのお前のホットレモネードが飲めるなんてな!」

 誠は感激しつつ、カップを手に取って一口飲んだ。

「くーっ! 相変わらず美味いな、お前の手作りのレモネード」

 むふふ、と不気味な笑みを浮かべながら誠は嬉しそうに何度かレモネードを飲んだ。そして人心地ついたところで早速透真に持ってきたブツの説明をする。

「簡単にコレの説明をするとだな。“夢”を見させてくれる機械だ」

「……」

 相変わらずの無言だが、その目は「ふーん」と、いかにも興味ありません。という意思を如実に表している。そんな透真の様子を無視して、誠は説明を続ける。

「用は、コレがお前の見たい夢を見せてくれるってわけだ。過去の懐かしい思い出でもいいし、突拍子もないような夢でもいい。とにかく何でもいいんだ。この機械の発動時間は九十分だが、夢の中は現実世界とは時間の流れが違うらしく、記憶では古くなればなるほど長い夢を見られることになる。記憶を遡るのではなく、一から見たい夢を見た場合だとざっと現実世界の三十倍速で夢の時間は進むらしい。簡単に言うと、こっちの現実世界では九十分だが、夢の世界では九十分×三十倍速=二千七百分……つまり、四十五時間過ごすことになる。約二日間だぞ? 凄いよなー」

「……」

「ちなみに、俺も詳しくは知らないんだが。夢は一年を境に階層化されていて古い記憶ほど深い場所にあるんだと。時間速度は、だいたい一年~五年は二十倍速、六年~十年は四十倍速、十一年~二十年は六十倍速、二十一年~三十五年は七十五倍速……っと、なってるらしいけどな。まあ、俺らはまだ三十二だからこれ以降は関係ないけど」

 べらべらと、一気に言い募る誠に透真はおいてけぼりをくらってる。最初から理解しようとしていないから、今まで聞いたことのない話に脳の処理が追いついていないのだ。

「ま、というわけで。物は試しだ、やってみろ」

「……」

「さあ、さあさあさあ!」

 無駄に明るく、そして好奇心いっぱいに目を輝かせている誠。それに対して透真は、一瞬驚いたように目を見開いた後、下に視線を移して「ふー」と、ため息をついた。

「……」

「どうした?」

 そんな透真の様子をさすがにおかしいと思った誠は、しかしなんで様子がおかしいのかはわからず、きょとんとしたまま問いかけていた。それに対して透真はしばらく考えを整理するかのように黙り、視線をあちこちに向けたあと。ふっ…と柔らかい、優しすぎる笑みを浮かべて言った。

「……いや、なんか、お前のそのテンションも久しぶりだと懐かしいな。昔はうざかっただけなのに」

「いやあ、そんな……って、ウザかったのかよ!」

 サラリと言い放った言葉。前半は懐かしむ優しさに溢れた良い言葉だったのに、後半は誠に約五年越しに衝撃の事実を突きつけた。

「ああ、かなりな」

「……」

 ガ、ガーン!! という効果音が聞こえてきそうなほど誠は愕然とした。

「まったまた~。嘘だろ?」

「本当だ」

 動揺して声が裏返りつつも、そう聞き返しても透真はバッサリと誠の期待を切って捨てる。

「嘘だろ?」

「事実だ」

 だんだん涙目になる誠にも、透真は一切容赦しない。

「嘘だろ……?嘘だと言ってくれ!!」

「紛れもない真実だ」

「……!!」

 止めをさす透真の言葉に誠はうるうると瞳に涙をいっぱい溜めて口をきゅっと噛みしめてしばらく衝撃に耐えた後、叫んだ。

「泣くぞ!」

「泣くなら外で泣け」

 さすがにこれには誠も衝撃を受け止めきれず、今まで溜めていた涙をだーっと零した。

「ひ、ひどい……!」

「うるさい」

 そんな誠の言動も透真にはさして気にすることでもないようで、相変わらずの冷たさで対応している。

 しかし、ここは何年も透真と付き合いのあった友人である誠だ。透真の性格などとうの昔に熟知している。流した涙と傷ついた心は誠の演技だったが、流石に久しぶりに聞いた毒舌は演技の半分を本気にさせるほどのダメージを負わせた。誠は涙をぐいっと男らしくぬぐったかと思うと、笑顔を見せて嬉しそうに言い放った。

「そんなツンデレなお前も好きだぞ!」

「……ウザいな」

 透真の笑顔のそのひと言に、全ての思いがわかりやすくこめられている。




 何だかんだで、久しぶりの再会に嬉しくなりじゃれ合っていた二人だったが、ここに来た目的を果たした誠はよっこらしょっ……と、腰を上げた。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ。とりあえず、できたら今日がいいけど。まあ無理強いはしないからさ、気が向いたときにでも試してみろよ」

 そう言って玄関まで歩いて行く。透真もゆっくりとだが、誠の後を追って見送るために玄関に向かう。

「おい、これ持って帰れ」

 透真が差し出したのは、半透明の雨合羽だった。

「わりいな」

 誠は早速手渡された雨合羽を着て、嬉しそうに透真に振り返った。

「じゃあな」

「ああ、また……な」

 そう言葉を交わした後、誠はまだ激しく降り続いている雨の中を帰っていった。



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