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そして、はじまる

今日もオーレリアの城下町は、様々な品物があふれ、活気に満ち溢れていた。

そんな町角に、茶色の猫っ毛が揺れている。

これは、春の訪れ間近という、オーレリアとデナーシェのお話。





「リズ! 久しぶりだね!!」


「おかみさーん!」


店先から声をかけられて、ぶんぶんと手を振り駆け寄った。


「あったかくなってきてさぁ、獲物が増えてきたんだ。

 ね、これどう?」


「あぁ、相変わらずいいものもってくるじゃないか。

 それ。これでどうだい。

 あとこれはおまけだよ」


「ありがとう!」


毛皮と肉を売ったお金と、おまけにもらったお菓子をもって、ほくほくと町を歩く。

久しぶりなせいか、町がいつもよりにぎやかに思える。

風がやわらかくなってきた。春も近い。


「……んでよぅ、結婚するんだってよ」


「へぇ。お相手は誰だい」


噴水の下で一休みしていると、隣で煙をふかしながら話す男たちの声が聞こえてきた。


「なんとかっつぅ、侯爵家の令嬢だってよ。

 デナーシェもこれで安泰だな!」


「デナーシェ!?

 デナーシェの誰が結婚するの!?」


「おぉぅ!? なんだい、お嬢ちゃん」


突然話しかけられ驚く男の胸ぐらをつかみ、がくがくと揺らす。


「教えて! デナーシェの誰が結婚するって!?」


「おっ、おっ、王様だよ。

 デナーシェの王様が、なんとかっつぅ侯爵家の令嬢と結婚するんだってよ。

 それで人が集まるから、街道沿いに店だしゃ売れるだろうって話」


「ありがとう! おじさん!」


「俺はまだおじさんって年じゃねぇよぅ!」


叫ぶ親切なおじさん、いやお兄さんを後に、城に向かって駆け出した。





「なんで教えてくれなかったの!」


「……教えたら行くって言うだろ」


ラウルの執務室。

かろうじて服だけは着替え、頭はぼさぼさのまま駆け込んだ。

書類を吹き飛ばす勢いでラウルに飛びかかり、膝の上におさまる。


「行くよ。当たり前でしょう。

 兄様が結婚するんだよ。しかもマルス様の妹と!」


「はぁ……。

 おまえまた町に行ってただろ。

 その口調、この髪……とてもオーレリアの王妃には見えないぞ」


そういってラウルは、葉っぱや枝のついた髪を丁寧に指で梳いてくれる。


「見えなくていいもん」


髪がかつらなのは、王と王妃のそば近くに仕える者には周知の事実だ。

つけ毛やかつらはおしゃれとしてまかり通っているから、なんら問題はない。

それでも、対外的にはリュシエンヌとして過ごしていたから、多くの人前に出る時には姉様のかつらをつけ、化粧をしていた。

言動も、優雅に見えるように気を付けている。


リュシエンヌ=リゼット=オーレリア


それが今の私の名前である。

“リゼット”は愛称でいいと言ったけれど、ラウルやティエリーが気遣ってくれて、正式な書類にも中間名ミドルネームとして入れてくれた。

父母のつけてくれた名前をもう名乗れないと思っていた私には、望外の喜びだった。


「まぁ、俺は着飾ったおまえも、森を駆け回るおまえも好きだけどな。

 だけど今はほら……」


ラウルが下腹をさする。

生理日を二日ほど過ぎていた。


「ちょっと遅れてるだけかもしれないじゃない。

 結婚式はいつなの?」


「俺は!

 おまえを大事にしたいんだ。

 前のことがあるから。頼む。大人しくしていてくれ」


「うぅ……。気持ちは嬉しいけど……。

 自分の体だもの、それくらいわかるよ。まだ、そういう感じじゃない。

 ねぇ、兄様の結婚式はいつ?」


はぁ……。


ラウルが長い溜息をついた。


「だめだ。後で話す。仕事がたてこんでるんだ」


そう言って、私を降ろして机に向かおうとする。

仕事じゃ仕方ないか。

でも……。


「後で話すとかいって、式が終わってから言うんじゃないでしょうね?」


ぎくり

ラウルの肩が震えた。


「ラウル!」


「わーわーわー。

 知らん! 俺は知らんぞ!!

 ティエリーに聞いてみろ。

 ティエリーならなんでも知ってるからな」


ラウルは耳をふさいであらぬ方を見る。

もう! そっちがその気なら!!


「ラウルが何か隠す場所なんて、知ってるんだからね!」


机の二番目の引き出しに飛びつく。

何の変哲もないそこは、実は二枚底になっていた。


「な、ないない!

 そんなところには何もないぞ!!」


慌てるラウル。

出てきたのは二本の紐。

私のものだ。


「ほら、ないだろう。

 それはそこに入れておいてくれよ。

 俺の宝物だからな」


ちゅっとこめかみに口づけされて、ほだされそうになる。

いや、だめだ。

ここで引き下がったら、絶対に教えてもらえない。


邪魔をしようとするラウルを押しのけて、さらに奥に手をつっこんだ。

何かが指先に触れる。


「あった!

 やっぱり、デナーシェの紋章!」


目では見えない奥の方。

封蝋がされた封書があった。

中には結婚式の招待状が入っていた。


「何これ!

 十日後じゃない……!」


振り向くと、こそこそと逃げだそうとするラウルの背中があった。


「ラウル! どういうこと!」


「あっこら走るな。

 だめだって言ってるだろっ」


「ちゃんと話して。これいつ来たの」


「だぁ、もぉ……わかったよ……。

 話すから、とにかく座ってくれ」


ぽんぽんと頭を撫でられる。

逃げるのをやめたラウルが腰かけるのを待って、私も隣に腰を下ろした。


「封書が来たのは一か月前。

 本物だとは思うが、一応確認してからおまえに知らせようと思った」


偽の招待状でおびき寄せ、罠にかけようとする輩がいないとも限らない。

ラウルのしたことは当然のことだ。


「でもそんなに時間はかからないでしょう」


「あぁ。一週間くらいで、本物だという結果がでた。

 デナーシェでもすでに婚儀の準備がはじまってたしな」


「じゃぁなんで……!」


「リズが、体調崩してただろう?

 胃のあたりがむかむかすると言って」


そうだった。

結局は食べ過ぎだったんだけど……。


「まだ生理には日があったし、可能性は低かったけどな。

 で、今日まだ生理が来ないんだよな」


いや、あの、その、生理生理と連呼しないでくれるかな。

私の体を心配してくれるのは嬉しいんだけど、侍医以外の男性の口から聞くのは抵抗がある。

でも避けては通れない単語だから、なんとか耐える。


「じゃぁ生理が来ればいってもいいの?」


「それはそうだが……リズはまだ欲しくない?」


「……ごめん、そういう意味じゃないの……」


私とラウルの赤ちゃん。

森に還ってしまったあの子を、いつか迎えに行くと約束した。

そろそろいい時期かとは思っていたんだけど……。


「いいさ、わかってる。兄さんの結婚式だもんな。行きたい気持ちはよくわかる。

 でも一番はリズの体のことを考えてくれ。

 まずは侍医に相談。それからだ」


「わかったわ。ありがとう、ラウル」


軽い口づけを交わして執務室を後にする。


リシャール兄様が結婚かぁ……。


幸せです、と手紙を送ってから、兄様との手紙のやりとりが続いていた。

兄様との手紙の中で、兄様が姉様のかけおちのことを知り、私や侯爵様のことも知ったことがわかった。

はじめは、怒り、悲しみ、嘆くような手紙だったけれど、途中から雰囲気が変わった。

最近の手紙には『愛する妹たちの幸せを望む』とあった。

オズバンド侯爵家の爵位を戻したことも記してあった。

それは、こういう意味だったのか。


何が兄様を変えたのか。

結婚するっていう人のおかげかな。

私も兄様に幸せになってほしい。


「ねぇ、ユリア。

 マルス様の妹って知ってる?」


ユリアは結婚しても、変わらず勤めてくれている。

ヨシュアとの仲睦まじい夫婦ぶりは、城内でも有名だ。

行く行くは私の子どもの乳母になると、はりきっている。


「えぇ、存じてますよ。

 アンジェリーヌ様でしょう。

 淡い金の髪に菫色の瞳の、それはそれは美しい方です」


「へぇ。

 私あんまり覚えてないんだけど、なんでかな」


「そうですわねぇ。

 アンジェリーヌ様が社交界にお披露目されたのは十四歳の時だったと思います。

 リゼット様と同い年ですが、お披露目はリゼット様よりは一年後でした。

 その後社交界のマナーをお学びになるといってデナーシェのお城にいらしていました。

 リュシエンヌ様がとてもかわいがられて……」


「姉様が?」


「そうですわ。

 今思えば、あのころリゼット様ったら馬だの兎だのに夢中になられてたから、リュシエンヌ様もお寂しかったんじゃないかしら。

 リゼット様が狩人の子のような格好をして森の中を走り回っている時、リュシエンヌ様とアンジェリーヌ様はお茶やお花を楽しんでらっしゃいました」


「……ふぅん。」


「それからアンジェリーヌ様は刺繍もお上手で、楽器も何かおできになったと思いますわ。

 調香もご趣味で、一度私の印象イメージで作ってくださったと言う香水をいただいたことがあります」


「へぇ……。

 私とは正反対のご令嬢ね」


「そうですわね!

 リゼット様なら刺繍より縄の結び方、楽器より弓矢。

 香水よりお肉にあう香辛料のほうがお詳しそうですわね!」


からからと笑うユリア。

あの、それほんと失礼だよ?

いくら乳兄弟とはいえ、言っていいことと悪いことがあるでしょ。


がっくり脱力しつつ、ユリアの教えてくれたアンジェリーヌという女性を思う。

あのマルス様の妹なんだから、美人なのは確実だろう。

しかもとっても女らしいようだ。

兄様は、その人に会って変わったのかな。

幸せになっているといいな。


次の日の朝。

予定より三日遅れて生理になった。

ラウルを傷つけないよう、細心の注意を払って、結婚式に出席したいことを伝えた。

ラウルは渋々了承し(日がないとか体調がとかいっていたけれど、要は私をあまり人前に出したくないらしい。どれだけ妬きもちやきなんだろう)、元々一人で出席するつもりだったというラウルの準備はできていて、そこに私の荷物を付け足した。


夕方には出発しないと間に合わない。

ドレスは手持ちのものを手直しするだけにした。

デナーシェはオーレリアと違って簡素なものを好むから、問題ない。

出入りのお針子さんと侍女さんたちにも手伝ってもらって急いで仕上げた。

終わらない分は、申し訳ないけど一緒に行くユリアにやってもらう。


結婚してからはじめての里帰り。

しかもラウルと一緒。

デナーシェは変わりないだろうか。

楽しみだ。






デナーシェに着いたのは、結婚式の前日だった。

城下町の門をくぐるとき、一瞬ラウルが辛そうな顔をした。


あぁ、ここは、彼にとってはつらい思い出のある場所。

何と言ったらいいかわからず、握りこまれた彼の手に、自分の手を重ねた。

大丈夫? と顔を覗き込む。

ふっと和んだ瞳にほっとした。


デナーシェ城の大広間で、各国の使者たちからあいさつを受ける兄様。

アンジェリーヌ様にも会えるかと思ったけれど、一緒にはいなかった。

結婚前だからか。

私たちも型通りのあいさつを済ませ、身内の話は夕食の時に、ということになった。

今日の私はユリアの結婚式の時に着たオーレリア風の豪奢なドレス。

ラウルは黒を基調とした光沢のあるフルドレスだ。

軍衣に飾緒や肩章、サッシュをつけた形で、貴族の華奢な礼服よりもラウルにはよく似合う。

オーレリアの国王夫妻として、周囲の目線を十分に考えた結果だった。

明日は親族として、兄たちを引き立てる衣装を用意している。



夕食までご休憩をと言われ、用意された部屋で待っていると、扉の下に小さな紙が差し込まれたのに気付いた。

ユリアが拾って手渡してくる。

そこには、兄様の字でこう書いてあった。


夕食は“リゼット”でおいで。  ――リシャール――


「いいのかな」


「リシャール様がおっしゃるのですから、いいのでしょう。

 念のため、廊下を歩くときはかつらをつけて、ベールをかぶりましょうか」


兄様に指定された場所は、客人を招いて会食をするための大きな食堂ではなく、家族で食事をとるときに使っていた部屋だった。

もちろんラウルも一緒に行く。


「リズ……!

 よく来てくれた!」


私が一歩前へ出て部屋に入ると、満面の笑顔の兄様に出迎えられた。

ぎゅっと抱きしめられる。


「ん! 兄様! 苦しいよ!!」


ぷはぁっと腕から逃れれば、後ろで片眉をあげているラウル。

まさか兄様にまで妬いてないよね?


「あぁ、よく顔を見せておくれ。

 昼間は美しかったな。

 でもやはりこのほうがおまえらしい……!」


頬をこねくりまわし、髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

ちょっ、やめてっ

せっかくユリアがきれいにしてくれたのに!


ごほん!


後ろでラウルがわざとらしい咳をした。

あぁ、やっぱりその顔……。

もう、仕方ないなぁ。


「あ、これは失礼、ラウル殿。

 このたびは遠いところお越しいただいたこと、感謝する。

 初めは貴殿だけという返事だったから、妹を連れてこられない理由わけでもあるのかと思ったよ」


「……お招きくださりありがとうございます。

 “妻”が体調を崩していたものですから、様子を見ておりました」


「おや、“私の妹”は具合が悪かったのか。

 オーレリアの風土が合わないのかな」


「“妻”はオーレリアの食事がおいしいといって、食べ過ぎてしまったようです。

 城下町にもよく出かけ、民にも慕われておりますよ」


「“妹”は昔から食い意地が張っていたからなぁ。

 こら、リズ。

 食べ過ぎで兄の結婚式に来られないなんて、恥ずかしいぞ」


「う、あ、はい……」


「リズはおいしそうに食べるからな。

 料理長も嬉しくてつい作りすぎてしまったと言っていた。

 気をつけろよ」


「うん……」


なんだ、この空気。

妻とか妹とか言ってるけど、要は私のことだよね。

ラウルはわかるけど兄様まで……一体何をはりあっているのか。


兄と夫に挟まれて、どうしていいかわからなくなる。

その時――


「リシャール様、もうその辺になさいませ。

 リゼット様が困ってらっしゃいます」


まさに天の声。

兄様を避けて覗いた先には、淡い光をまとった女性がいた。




光だと思ったのは、彼女のゆるく巻いた髪だった。

白い肌に菫色の瞳。

うっすら赤みがさしたやわらかそうな頬。

唇はつやつやと輝いてる。


「これ、アンジェリーヌ。

 リシャール様、娘が生意気な口を聞きまして、申し訳ありません」


椅子から立ち上がったままの姿勢でそういったのはオズバンド侯爵。

以前よりいくぶんしわが深くなったように思えるが、元気そうだ。

その隣には同じく立ったままこちらを優しく見やる侯爵夫人。


「いや、かまわん。

 あぁ、いつまでも立たせていて悪かった。

 座ってくれ。すぐに食事を運ばせよう」


ゆとりをもって大きく作られた丸テーブルに、兄様の左隣にアンジェリーヌ様、その隣に侯爵夫人。

その隣、兄様と向かいあう場所にオズバンド侯爵様が座って、ラウル、私が掛けた。

自然と私は兄様の右隣になり、兄様とラウルにはさまれることになる。


……またか……?

嫌な予感は当たることはなく、軽く自己紹介をした後、夕食は和やかに進んだ。

久しぶりのデナーシェの料理に舌鼓を打つ。

食後のデザートは別室でとることになり、続きの小部屋に通された。

侯爵夫妻は「積もる話もございましょう」と、自分たちの部屋に帰っていった。

はじめからそういう予定だったのかもしれない。


きれいに装飾が施された甘味の一皿が運ばれる。

添えられたお茶も、いい香りを漂わせていた。

明日祝宴があるから、と誰もお酒は飲んでいない。


「おいしい……!

 それに香りもとってもいいね。

 兄様、これどこのお茶?」」


「アンジェが各地からとりよせた茶葉を組み合わせたんだ。

 時期によってとれる茶葉が違うから、いろいろ試せておもしろいぞ」


「へぇ。すごいなぁ。

 アンジェリーヌ様は香水もお作りになると聞きました。

 前、ユリアに作ってくれたって」


「そんな……お恥ずかしい。

 作ると言うほどのものではありませんの。

 いいなと思う香りのものを組み合わせるだけで……」


「それがすごいよねぇ

 私、いろいろ嗅いでいるうちにどれがどれだかわからなくなっちゃうもの。

 いつも最後はユリアに選んでもらってるの」


「くくっ……リズには無理だな。

 まず大人しく座っていることが難しい」


「うっ、なっ、ラウルっ」


「そこがリズのいいところじゃないか。

 乗馬や弓の腕前は猟師顔負けだろう?」


兄様、散々反対しておいて、何を言い出すの。


「そうですね。

 オーレリアの森もすでにリズの庭のようです」


「……危ないことはさせてないだろうな」


「こっそり警備のものをつけてあるので大丈夫です」


「え、そうだったの」


「当たり前だろう。

 一国の王妃を一人で狩りになんて出せるか」


そうだったのか。

どおりで自由にさせてくれると思った。

……次は巻いてやろう。


涼しい顔してお茶を飲むラウルを頬を膨らませて睨んでいると、アンジェリーヌ様がくすくすと笑い声をあげた。


「ご、ごめんなさい、リゼット様。

 リュシエンヌ様がよくお話なさっていたように、本当に素敵な方……!」


そ、そうだ。

今日は実家に遊びに来たわけではない。

兄様とアンジェリーヌ様の結婚のお祝いをしにきたのだ。

明日は式典と祝宴で忙しくゆっくり話もできないからと、前日の気忙しい中、こうして時間を作ってくれた。


「いえ、こちらこそごめんなさい。

 改めて……兄様、アンジェリーヌ様、ご成婚おめでとうございます」


「おめでとうございます。貴国のますますのご発展をお祈り申し上げます」


ラウルも私に合わせてあいさつをする。


「二人ともありがとう。

 よき国、よき家庭を築けるよう努力するよ」


兄様がアンジェリーヌ様を見つめる。

アンジェリーヌ様も嬉しそうに頬を染め、兄様を見つめ返して微笑んだ。

よかった、兄様は幸せそうだ。

国に一人残すことになり心配していたけれど、アンジェリーヌ様という伴侶を得て、すっかり落ち着いて見えた。


「兄様を頼みます、アンジェリーヌ様」


「……はい……!」


立ち上がり、アンジェリーヌ様の小さな手を握る。

同い年だと聞いていたけれど、アンジェリーヌ様はどこもかしこも私より小さく、華奢だ。


「兄様はちょっと、いやかなり意地っ張りなんだけど」


「はい」


「こうと決めたらなかなか人の意見は聞かないし」


「はい」


「自分が悪くてもめったに謝らないし」


「……はい」


「心配性で腹黒で」


「くす……はい」


「夏になるとお腹出して寝ていつも風邪ひいちゃうんだ」


「それは知りませんでした」


「おい、リズ」


「でも大好きな兄様なの。

 兄様をよろしくね。

 そして二人で幸せになって、アンジェリーヌ様」


「はい!」


怒ったり焦ったり百面相をしていた兄様も、今は少し涙ぐんでいる。

ラウルがぽんぽんと頭を撫でてくれた。


「あの、リゼット様。

 私からも一つお願いがあります」


「ん? なぁに?」


「差し出がましいお願いだとは思うのですが、もしよろしければアンジェ、と呼んでいただけませんか。

 リゼット様に“アンジェリーヌ様”と呼ばれるのは心苦しくて……」


「もちろん!

 嬉しいけど、それは兄様だけの呼び方じゃないの?」


アンジェリーヌ様が申し出たときに、兄様の口元がぴくっと動いたのを見逃さなかった。


「あ、そうですわね。でも……」


「姉様は何て呼んでたの?」


「リュシエンヌ様は“リーナ”と呼んでくださってましたわ。

 小さい頃からの愛称で、家族からもそう呼ばれておりました。

 たぶん“アンジェ”だと幼い私には発音できなくて……」


「そう!

 じゃ、私もリーナって呼ばせていただくわ。

 私のことは“リズ”って呼んでください」


「そんな……!

 リゼット様はリゼット様ですわ」


「これからは義理とはいえ姉妹になるんですもの。

 ね? お願いね」


「……はい、わかりました。

 リ、リズ……」


「なぁに、リーナ」


「いえ、あの、お呼びする練習をしているだけで……」


「そうなの? その丁寧語もやめられる?」


「え! えぇ……努力します……いえ、努力する、わ」


「ふふ、嬉しい!」


リーナったらなんて可愛らしいんだろう。

あ、なんかアディが私を可愛いって言って抱きしめる気持ちがわかった気がする。

ぷるぷる震える兎みたいなリーナは、守ってあげたくなる感じがする。

兄様もこんなところがいいのかなぁ。




*****




リズは新しくできた姉妹と手をつなぎ、きゃっきゃと嬉しそうに話している。

連れてきてよかった。


「……私は貴殿を愛称ではよばんぞ」


同じく二人を眺めていたデナーシェ国王が話しかけてきた。


「当たり前だ。虫唾が走る……!」


「はっ、本性を現したな」


「元々あんたもこの国も気に食わん。

 リズの国だから敬意を払っているだけだ」


リズを命がけで守ってくれる男なら、腹の底で何を考えてようがかまわんさ。

 ……ただ体に負担をかける行為はほどほどにしろよ」


「うるさい。あんたも相手が細いから手加減が必要だろう。

 明日式典に出られないようなことにならないよう、気を付けるんだな」


「……くっ……。

 私たちは、まだだ」


ん? そうなのか。

まぁ、そうくやしそうな顔をするなよ。


さんざんリズをいじられてもやもやしていたが、欲望を抑えるリシャールの顔を見て、少しすっきりした。



翌日の結婚式は、さすがデナーシェというべき、たいへん立派なものだった。

リズは感動して泣きっぱなしで、側についたユリアが化粧を直すのに大忙しだった。


祝宴から一日休んで次の日、オーレリアに向かって出発した。

帰り際、俺たちが出会った天使の森に寄る。

オーレリアからの従者は、リズの手前はっきりとは言わなかったが、入るのを嫌がっていたので置いてきた。

どうせ馬車では入れない

二人きりで泉に向かう。


「わぁ……!」


春の森は、命の芽吹きにあふれていた。


「変わらないな、ここは」


「うん」


「俺が倒れていたのはこのへんか」


「そうだね。

 大変だったんだよ。

 アルノーが急に騒いだから来てみれば、血だらけのあなたが倒れてた」


「アルノーが見つけてくれたのか」


オーレリアの厩舎にいる賢い馬を思い浮かべる。

今でもリズの愛馬で、遠乗りの時は共に行く。


「そう。で、この泉で水を汲んで……。

 んっ、まだ冷たいねっ」


泉に手をつけたリズが、驚いたように手を引っ込めた。

赤くなった指先を自分の手で包んで温めてやる。


「男だと思ったから、水浴びをしているおまえを見て驚いた」


手の平に口づける。


「……血が付いたから、洗ってたんだよ。

 その前に狩りをしていて、汗もかいてたから、気持ちいいかなって……」


だんだん腕をさかのぼり、ドレスの袖に侵入する。

昨日リシャールにもらったというデナーシェ風の服は、全体にゆったりしている。


「ん、ラウル」


「……」


目的の、左腕にある傷にたどりついた。

うっすら残る傷跡を舌でなぞる。


「んん……」


くすぐったいのか、リズは身をよじって逃げようとする。

そうして腰をひねると、やわらかな布が体の線をきわだたせる。

……そうだ、この服はリシャールから贈られたものだ。

兄妹きょうだいとはいえ男からもらった服を夫の前で堂々と着るとは何事だ。

脱がしてしまおう。


「あっ、ちょっと、ラウル!?

 何するのっ」


「脱がしている」


「なんでっ

 なんで服脱がすのっ」


「男が服を贈るときはなぁ、脱がすためだというんだ。

 他の男にもらった服なぞ着るんじゃない」


「他の男って……兄様だよ!?

 それに今脱いだら、どうやって馬車に戻るの!」


それもそうか。

まさか裸で戻らせるわけにはいくまい。

従者は男ばかりだ。

そんなやつらにリズの裸体を拝ませたくはない。


「ね? この服が嫌なら、馬車に戻ってすぐ着替えるから。

 返して」


服をはぎ取られたリズは、泉のほとりで花に囲まれ、白い裸体をさらしている。

胸を隠そうとするのがかえって胸を寄せ上げることになり、その量感を強調するような姿勢になっている。


「ふむ。

リシャールにはほどほどにしろと言われたが、中二日空いていれば十分だよな」


「は? 何? 兄様と何の話をしたの?」


「一昨夜はあいつもようやく本懐を遂げたようだしな。

 よく我慢したよなぁ」


「だから何……あんっ」


つつっとリズの太ももに指を這わせる。


「服は後で返す。

 汚れたら嫌だろう?」


しっかりと合された膝も、リズのイイところをさぐれば、びくっと震えて力が抜けた。


「んっ、そうじゃなくて、こんなところでしなければいいのっ

 んんっ、あっ、だめだってば、あっ、あぁぁん……!」






『……もうっ

 お父様、お母様いじめちゃだめっ』







「ん? リズ、何か言ったか」


事が終わり、荒い息をするリズを抱き寄せる。

冷たい泉の水で手巾を絞り、体を拭いてやる。


「……ふっ……はぁっ

 な、何も言ってない……よ。

 もうっ、みんな待ってるから行こう……」


服を着せかけて抱き上げる。

馬車に向かおうとして、風が頬を撫でたような気がした。

泉の方を振り返る。


「ラウル? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


誰かに呼ばれたような気がしたのは、気のせいだったか。






『うふふ……くすくす……。

お迎え、ありがとう……』






「おめでとうございます、リゼット様!

 玉のような御子様ですわ!」


冬にしては温かい朝を迎えたその日。

俺とリゼットに娘が生まれた。


「よくやった……!

 ありがとう、リズ……」


「ラウル……うん……」


リズの手を強く握り、寝台に顔を押し付ける。

こらえきれず涙があふれた。

リズもまた泣いている。


以前似たような状況があったが、そのときとは全く違う。

母となったリズの寝台を囲んで、喜びがあふれていた。


「リゼット様、抱いて差し上げてくださいませ」


きれいに清められ、柔らかな布で包まれた赤子がリズの胸の上に置かれる。


「わっ、ぐにゃぐにゃしてる。

 怖いよ、ユリア」


「大丈夫でございますよ。

 さぁ、お乳を飲ませて差し上げましょう。

 最初が大切だそうですよ」


ユリアは先月双子を出産し、今は子連れで勤務していた。

良き乳母となるだろう。


「名前、決めた?」


赤子を愛おしそうに見つめながら、リズが言う。

女性としての大仕事を成し遂げた彼女の顔は、汗にまみれていても神々しかった。


「リリアーヌ、でどうだろう」


リズに俺に決めてほしいと頼まれ、ティエリーやアディを巻き込んで散々悩んだ。

途中、悩みすぎてやっぱりリズに決めてもらおうとしたら、アディに「父親なんて何の役にも立たないんだから、名前くらい決めなさい!」と怒られた。


「リリアーヌ……リリィ、リリアン。

 うん、いいね!

 リリィ、ようやく会えたね。

 私たちの元へ来てくれてありがとう!

 会いたかったよ……!」






そして季節は巡り、また春がきて――




「お父様ぁ! お母様ぁ!」


「リリアーヌ! 転ぶぞ! ほらっ」


「……うっ……ひぃっく……うあ……。

 うああぁぁぁぁん……!」


「まったく……なんだ、花冠?

 母様リズに見せたかったのか」


「うん……うっうっ……。

ユリアが、作ってくれたの。

 きれいだから、お母様にあげるの……」


「ふふ……ありがとう、リリィ。

 本当にきれいね」


「うん……!

 でもお母様のほうがもっときれい!

 とっても似合う! お姫様みたい!!」


「そうだろう。

 父様がはじめて母様に会ったときにはな……」


「ラウル、それお姫様の話になるかしら?」


「ん? あぁそうか。

 昔々あるところにやんちゃな茶色い子猫がおりまして……」


「ラウル!」


「ねこぉ?

 なぁに、お父様」


「猫じゃなければ子鹿かな」


「もう……!」


「ははははは」








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