表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

20 エピローグ

ラスト、リゼット視点です。





あれから一か月。


私はラウルと共に城へ戻り、自室で過ごしていた。

以前と変わらぬ日々。

変わったのは、夫であるラウルが頻繁にこの部屋に顔を出すようになったこと。


「リズ、寝てなくていいのか。

 まだ本調子じゃないだろう」


「大丈夫だって。

 少しは動かないと、寝たきりになっちゃう」


あの後、熱を出しやすくなった私を気遣い、ラウルが細々と世話を焼く。


「朝もあまり食べていなかっただろう。

 昼は食べられそうか?

 横になってろ、ほら」


長椅子腰かけていたのを、寝台に押し込まれる。

過保護すぎる! と頬をふくらませて軽く睨むと、優しげな瞳と目があった。

ラウルの青い瞳が私を映す。

私だけを。


ラウルが私の枕元に手をつく。

近付いて来る青い瞳を見つめながらゆっくりと目を閉じると――


「お待たせしました、リゼット様。

 ユリア特製野菜スープと野苺のゼリーですわ!」


食事を乗せたワゴンを押して、ユリアがにこやかに入ってきた。

慌ててラウルが私から離れる。


「ユ、ユリア!

 おまえ絶対わざとだろう!!」


憤慨するラウルの首根っこをつかまえて、ユリアが寝台から引き剥がす。

ユリアは手際よく寝台に移動式のテーブルを据え付けると、料理を並べ、寝台横に椅子を持ってきてスプーンにスープをよそって「あーん」と差し出してきた。


「リゼット様、どうなさいました?

 懐かしいですわね。

 小さいころ風邪を召されると、よくこうして食べさせて差し上げたものです。

 さぁ、冷めないうちにどうぞ?」


にっこり微笑むユリアとは対照的に、後ろでラウルがぎりぎりと歯ぎしりをしている。


「え、あなたたち、いつのまにそんなに仲良くなったの?」


「「仲良くなんかない」ですわ」


声が重なる。

顔を見合わせた二人は、すぐに「ふん!」とそっぽを向いてしまった。


「さぁ、リゼット様」


ユリアがスプーンを差し出す。

ユリアはいいのだけれど、ラウルの前で口を開けるのはなんとなく恥ずかしい。

私が躊躇していると、


「おまえじゃ嫌なんじゃないか。

 俺が食べさせてやる」


とラウルが言い出した。


「はぁ?

 何を言ってるんですか。

 昔から私がやってきたんです。

 ラウル様はとっとと執務室じぶんのへやに戻って仕事してください」


「今日の仕事は終わらせてきた。

 おまえこそ他にもやることがあるだろう。

 ここは俺に任せて侍女仕事にいそしめ」


「リゼット様のお世話以上の仕事なんて私にはありません。

 民に働かせて国王が暇そうにしていてどうするんですか。

 仕事がないなら自分で見つけてください」


「だから、忙しそうなおまえに代わって、俺が食わせてやると言ってるだろう」


「これは私の仕事です! とらないでください!」


「いや、あの、自分で食べるから……」


けんか腰の二人にあきれながら、自分でスプーンを持つ。

ラウルとユリアが「おまえのせいで!」「あなたのせいで!」と言い合いを続けていると、入室の許可を求める声がし、静かに扉が開いた。


「まったく、騒々しい。

 それでは治るものも治りませんよ」


扉を開けて入ってきたのはティエリー。

彼に会うのは、あの夜以来だった。


「ティエリー! 来てくれたんだね。

 ……よかった……怪我はどう?」


「リゼット様のおかげで、すっかり良くなりました。

 あなたを疑って、本当に申し訳ありませんでした」


ティエリーは床に膝をつき、最上位の騎士の礼をとる。

この一か月、会いこそしなかったが、ラウル伝手づてで長い謝罪の手紙を受け取っていた。


「ううん、いいの。

 今思えば、不審がられて当然のことをしていたと思うし。

 手紙、ありがとう」


「いいえ、面目次第もございません。

 リゼット様には会わせる顔もなくこれまでまいりましたが、やはり直接お会いしてお詫び申し上げねばと思いまして、恥を忍んでまいりました」


そう言ったティエリーが顔を上げる。

顔……。

顔?


「ティエリー、その顔、どうしたの?」


「……。

 いつまでうじうじしてるんだと妻に殴られまして……。

 お見苦しくてすみません」


目の周りには大きな青痣あおたん

眼鏡にはひびが入って、口元には絆創膏が貼られている。

頬もいくぶん腫れているようだ。


「ティエリーの奥さんって……」


「あいつは怖ぇぞ。

 絶対敵にまわしたくない」


「ええぇ?」


ティエリーの横に立つラウルは、腕組みをして訳知り顔で頷いている。


「いえ、あの、まぁ……。

 でもアディに尻をたたかれて、ようやく王妃様の元に来られました。

 早くしなければと思いながら、後ろめたい思いからなかなか来られなかったんです」

 

脂汗を掻きながら、申し訳なさそうに言うティエリー。

私だって、彼は彼なりにこの国のことを思い動いたことをわかっている。


「お子様のことも、申し訳ありませんでした。

 私があんな馬鹿な行動をとらなければ、十分お守りできたと思います。

 私自身子を持つ親として、なんとお詫び申し上げればいいか……」


「本当にいいの。

 それに、きっと、あの、またすぐ……」


ティエリーの、あまりに沈痛な様子につい言ってしまってから、かぁっと頬が熱くなる。


「え? ラウル、おまえもしかしてもう?」


「ばぁか、無粋なこと聞くなよ」

 

ばん! とラウルがティエリーの背中を叩く。


「俺のやったことはわかってるからな。

 体調に合わせて少しずつ……ティエリー?」


ティエリーは、床に転がって悶絶していた。


「アディにやられたのは顔だけじゃなかったのか。

 ここか? ここもか?」


ラウルが足でティエリーの体をつつくと、そのたびに「ぎゃあ」とか「やめろ!」とか叫び声があがった。


「ぷっ……くす……くすくす」


「お、ティエリー。

 リズが喜んでるぞ。よかったな。

 ほら、ほら」


「だぁから、触るなって!

 うっ痛っ

 やめろ、そこひび入って……」


「ラウル様、ティエリー様!

 お見舞いにきたんですか、遊びにきたんですか!?」


「「あ……」」


枕元で騒ぐ二人を、ユリアが腰に手を当てて睨みつける。


その後は少し雑談をし、体に響くからと、ユリアに二人とも追い出された。

ラウルは最後まで残ろうとしたが、結局「たまっている仕事がある」とティエリーに連れられて行った。

仕事が終わったと言っていたのは嘘だったのか。


「みんな無事でよかった」


先ほどの様子を思いだし、ひとしきり笑って寝台に身を横たえると、ふぅっと息をついた。

やはりまだ体力が落ちているようで、長時間体を起こしているのはつらい。


「リゼット様?」


「……全部ばれちゃった、ね」


「……リゼット様……」


「私、このままここにいていいのかな。

 ラウルとやり直すとは決めたけど、こんな大きな国の王妃をやる自信はないよ。

 姉様ならともかく……」


デナーシェで、家族に守られていたころとは違う。

姉様の振りではなく、私自身がこの国の王妃になるとなると、その責任の重さに押しつぶされそうだった。


「リゼット様、しっかりなさいませ!

 元はと言えば、リゼット様のその自信のなさがここまで事を複雑にしたのではありませんか?」


いつも姉様と比べられていた。

素晴らしい姫君だと姉様がほめられるたびに、それが誇らしくもあり、うらやましくもあった。

その反動で、家庭教師の授業をさぼってみたり、森で狩人のように過ごしてみたりしたのかもしれない。

わがままで、周囲に甘えてばかりいて、そんな私だから子どもも……。


「……お子様のことを言っているんじゃないんですよ。

 リゼット様がいつも一生懸命なのは、ユリアはわかっています。

 やり直すと決められたのはリゼット様だけではなくて、ラウル様とお二人なんでしょう?

 ならばご夫君とよくお話なさってください。

 そして、ご自分の胸にためこまず、思ったことや心配なことはなんでもラウル様に言ったらよろしいのです。

 きっとわかってくださいますわ」


「ユリア……」


デナーシェに来てから、私を責めるようなことは一切いわなかったユリア。

どんなに迷惑をかけ、心配をかけてきたのだろう。

私のことを私以上にわかってくれる乳兄弟の存在を、ありがたく思った。


「ユリアはラウルのこと嫌いじゃなかったの?」


さきほどのやりとりを思い出す。


「あら、嫌いですわ。

 私からリゼット様を取ってしまうんですもの。

 でも私が大切に大切にお育てしたリゼット様を選んだ目だけは認めますわ」

 

「えぇ? 何それ。

 ふふっ、ラウルかわいそう」


つんとすましたユリアの顔がおかしい。

ユリアと顔を見合わせてひとしきり笑いあった後、ユリアがぽつんと言った。


「リゼット様も、リュシエンヌ様も、本当に好きな方と一緒になられるのがユリアの一番の幸せです」


「うん……ユリア、ありがとう。

 でもね、ユリアもそんな人、見つけてね」


何気なく言ったつもりだった。

ユリアが私の幸せを願ってくれるように、私もユリアの幸せを願っているから。


「えっ……あっ……はい……」


途端にユリアが頬を染めて、ぎこちない返事をした。


「ん? あれ? ユリアもしかして……」


「ななな、なんのことでございますか。

 リゼット様、ほら、もうお休みになって。」


「え、だってユリア、そんなそぶりなかったじゃない。

 デナーシェの人じゃないよね。

 こっち来る前はそんな話なかったもん。

 オーレリアに来てからだよね。」


「お茶いかがですか。

 ティエリー様がお見舞いに持ってきてくださった、グランシエ産の高級品がありますよ」


「ごまかさないでっ

 んん、誰だろう。こっちで知り合った人って言うと、サウル? ヨシュア? えーとそれから……」


オーレリアに来てから近くにいた男性の名前を片っ端から挙げていく。


かああぁぁぁぁ


ユリアが耳の端まで真っ赤になった。


「わっ、誰? ちょっとまって、今言ったのは……」


結局ユリアの相手はわからなかったけれど、ようやく訪れた平穏な時間に、この先も続くであろう幸せな日々の予感がした。






ティエリーとも和解ができた日から、一週間。

ラウルの元に、馬屋番の塔の襲撃の黒幕を突き止めた、と報告があったそうだ。

関係者への処罰や事後処理に追われるラウルは急に忙しくなって、会えない日々が続いた。

そんな夫に一抹の寂しさを感じつつ、甘えてはいけないと自分を戒めていたある日の夜――


深夜とも言える時間に、ラウルが私の部屋を訪れた。

夜着の上に室内着ガウンをはおって出迎えると、ラウルはもたれかかるように抱きしめてきた。


「ようやく会えた……」


「ラウル、どうしたの、こんな時間に。

 お仕事、終わったの?」


「あぁ。なんとかけりがついた。

 くそっ、ティエリーのやつ、しこたま働かせやがって」


疲れた様子のラウルを誘って、長椅子に腰かける。

ユリアは、気を利かせてくれたのか、燭台に火を灯すと隣室に下がって行った。


「お疲れ様……大変だったね」


体を少し斜めにして、青い瞳を覗き込む。

よしよし、と髪を撫でてあげれば、私の肩に顔をうずめてきた。


「リズ、いい匂いがする」


「そう? 今日お風呂にユリアが薔薇の花びらを浮かべてくれたからかな」


「それに、柔らかい」


「ふふ、くすぐったいよ」


首筋に鼻を寄せられて身をよじる。

私が嫌がったせいか、一端顔を上げたラウルは、私の頬を大きな手の平で包み込んだ。

優しくて温かな感触に、頬ずりする。


「ラウルの手……大きくて、好き……」


「手、だけか……?」


ラウルはそう言うと、指で私の唇をなぞり、顎をとらえた。

少し上向かされて、青い瞳が近付いて来る。

甘い期待に瞳を閉じると、ついばむような口づけをされた。


城に戻ってから、少しずつ私に触れてくるようになったラウル。

けれど決して口づけ以上のことはしようとしない。

この間ティエリーに言っていたように、私の体調を気遣ってくれているのだろう。

でも……。


すぐに離れてしまった唇に物足りなさを感じた私は、じっとラウルを見上げる。


「そんな目で見るなよ。

 なぁ、手、だけ……?」


苦笑したラウルが髪を撫でる。

心地よい感触に、再びうっとりと目を閉じて答えた。


「ん……目も……好き……。

 あなたの青い瞳……いつかの泉みたいにきれい……」


「あとは?」


言いながら、ラウルがもう一度口づけてくれた。

唇、鼻先、頬、耳と優しく触れていく。


「あと……? えっと、髪と声と……。

 んん、私ばかりずるいよ。

 ラウルはどうなの? 私のこと……」


好き? と聞いていいのだろうかと迷い、最後までは言わずに広い胸に顔をうずめる。

やり直すと言ってはくれても、好いてくれているかどうかはわからないではないか。

好意は感じるけれど、それが愛情なのか義務なのか、贖罪なのかはわからない。

けれど、そんな私にラウルはちゃんと答えてくれた。


「そうだな、きっとデナーシェのあの森で、初めて会ったときからずっと、おまえのことが好きだった」


「ラウル……」


驚いて顔を上げると、すぐ近くに真摯な瞳があった。

ラウルは長椅子から体をずらして床に膝をつくと、私の手を握って言った。


「この一週間、おまえに会えなくて辛かった。

 リゼット、愛してる。

 もう一度ここからやり直させてくれ。

 デナーシェの第二王女、リゼット姫。俺の妃になってくれないか」


「ラウル……!」


信じられない思いで口元に手をあてる。

ラウルから、改めてそんな言葉をもらえるなんて思ってもみなかった。

あまりのことに心臓が止まりそうになる。

嬉し涙があとからあとからあふれでた。


「リゼット……リズ……。

 なぁ、返事は?」


ラウルはそんな私の涙を指で拭い、拭いきれない分を唇で受け止めてくれた。


「ラウル……返事なんて……。

 もちろんよ。私こそ……あなたの何倍も愛してる」


重なる唇。

角度を変えて、浅く、深く。






身代わり王女の恋は、その夜、本物の恋になったのだった。









--------------------------Fin








ここまで読んでくださってありがとうございました。

これにて本編完結です。

ご意見・ご感想などいただけたら嬉しいです^^

このあと外伝(姉と兄の話)と後日談があります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ