18 夜明け
ティエリーの介抱、塔内の索敵、死体の運搬。
ラウルは次々と指示を出しながらも、部屋の隅に倒れこんでいる”リュシエンヌ”に駆け寄る。
先ほどのティエリーとのやりとり。
門の前で、塔の上から射られた見覚えのある矢。
まさか、という思いが男の胸をよぎる。
騒ぎを聞きつけて、王妃の侍女のユリアが真っ青な顔で飛び込んできた。
「あぁ! リゼット様!
おそばを離れるのではなかった……!」
「リゼット?」
取り乱し王妃に泣き縋るユリアは、自分が何と口走ったのかわかっていない。
知らぬ名を聞きとがめたラウルも、今はそれどころではないと、自分の体を守るように抱えて丸まる王妃を運ぶべく腕を差し出した。
膝の下と肩を支えて、抱き上げる。
より安定させるため、横抱きに抱え直した拍子にがくりと首が後ろにそれた。
慌てて頭を押さえる。
ずるり
ラウルの手の中で奇妙な感触がして、王妃の黒髪が腕の中をすりぬけ床に落ちた。
現れたのは、栗色のふわりと広がる柔らかな髪。
小窓から差し込む朝日が、王妃の横顔を照らす。
汗と涙で化粧が崩れたその顔は、いままで見てきた妻よりも幼く、どこか見覚えがあって――
「リュシエンヌ?
いや……まさか、リズ?」
片膝をついて体を支え、肘のところで引きちぎられた袖をまくる。
すると、二の腕には守護の紋が刻まれた腕輪をしていた。
留め金を外して腕輪を緩める。
ずらしたそこにあったのは、あの傷痕。
「あぁ、なんてことだ……!」
ラウルの腕の中で気を失っている王妃は、森で出会った少女だった。
汗や汚れをユリアの手によって清められ、寝台に横たわった王妃は、まぎれもなくラウルの知る少女だった。
蒼白な顔で眠る姿が痛々しい。
「リュシエンヌ様はデナーシェの第一王女であらせられます。
この方は第二王女のリゼット様です」
戦闘の終結を宣言し、必要な指示を終えてリゼットの眠る部屋へと足を運んだラウルとティエリーに、ユリアが語る。
“リズ”は王女の幼い頃からの愛称であること。
事故で死んだのは第一王女のほうで、婚儀が迫っていたことから第二王女が身代わりとしてやってきていたこと。
息抜きの為、時々本来の姿で城を抜け出していたこと――
ユリアの話は、リゼットがティエリーにした話とほとんど一致した。
リズとしてラウルと会っていたことはユリアは知らず、驚きを隠せないようだった。
ティエリーもラウルからデナーシェの天使の森の話を聞き、驚くとともに幼馴染の危うい行動を叱った。
当時、少し離れて行動していたティエリーは、ラウルの乗る馬が変わったのは知っていたようだが、その辺りの民家から拝借したと思っていた。
そうは言ってもリズが本物の王女なのかという宰相の疑いはなかなか晴れなかった。
しかし右目を失うかと思われたヨシュアが想定外の回復を見せたことと、致命的な刺し傷だったはずのティエリー自身の傷が瞬く間に塞がったことなどから、信じざるをえないようだった。
「これはあまり知られていないことですが、デナーシェの直系の王族の方は、榛色の瞳をなさっていて、時々金色にきらめいて見えます。室内ではわかりにくいのですけれど……」
ユリアに言われて、ラウルは思い出す。
そういえばリズの瞳も、森の中で輝いて見えることがあった。
瞳の色が同じことには気づいていたのに、迂闊だった。
「リズ……あぁ……」
眠るリゼットの枕元に、ラウルが座り込む。
「リズは妊娠したと言っていたんだ」
別荘地の森ではにかむように告げたリゼットを、ラウルは思い出す。
侍医がラウルに王妃の懐妊を告げたのもほぼ同じ日だった。
「ラウル様の、お子でございますよ」
ユリアが言う。
「そうだな……そうだよな……」
はぁ、と男は弱々しく息を吐いた。
『子どもができたこと……まだ夫には直接言ってないんだ。
子どもはほしがっていたけれど、あまり私に関心のない夫だから、なんていわれるか怖くて……』
“リズ”の言葉を思い出す。
あぁ。
それを言わせたのは俺だ。
こんな俺を、夫と言ってくれた。
俺の身勝手な行為をリズはどうとらえていたのか。
愛のない営みの上にできた子をどう思っていたのか。
今日このとき、なぜ俺を助けたのか。
「リュシエンヌ……いや、リゼット。
俺は……。
こんなに苦しませたおまえに、どう償えばいい……?」
うなだれた男に、その場にいる誰も答えることはできなかった。
短くてすみません^^;