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17 侵入者



もうだめだ。

リゼットがそう思った瞬間。


「リズ!?」


勢いよくドアが開いた。

血と汗にまみれ肩で息をするラウルが、そこにいた。




ラウルは、少女がいると思われる部屋の扉を片っ端から開けていた。

何番目かの扉を開けたら、ティエリーとリュシエンヌが抱き合っていた。


「なん……おまえら、どういう……」


とっさのことに反応できない。


この二人、そういう関係だったのか?

ティエリーはリュシエンヌのことを常に気にかけていた。

昼間、リュシエンヌが何をしているのかラウルは知らなかったし、夜も月に一度しか訪れていなかった。

いくらでも、そういう時間はあっただろう。

やり直そうと思ったところだけれど、そういうことなら……いや、アディのことはどうしよう。


思い悩むラウルの頭の中を、幼馴染は的確に読み取った。


「おい、ラウル。

 つまんねぇ勘違いすんじゃねぇぞ」


昔の口調に戻っているティエリーの手元をよく見ると、短剣が握られリュシエンヌの首元に当てられていた。

刃のあたる部分にうっすら血がにじんでいる。


「ラウル様……」


王妃は苦しそうな顔でラウルを見つめている。


「リュシエンヌ……。これはどういうことだ。

 いや、俺はリズを探しに……」


わけがわからない。

ラウルはリズを探しにきたのにリュシエンヌがいる。

しかも親友に羽交い絞めにされて。


三者三様に混乱し、普段なら気づくはずの気配に気づかなかった。

それゆえに、対処が遅れた。


黒い影が三つ、天井から落ち、あっと思った時にはティエリーが膝をついていた。

リゼットの体を押さえつけていた腕が緩み、がくっと倒れる。


「くそっ!」


ラウルが剣を抜き切りかかる。

ティエリーは脇腹を押さえ、苦しげに息をしていた。


「ティエリー!

 ラウル!」


カン! カン! と剣を打ち合う音が狭い部屋に響く。

リゼットはティエリーの腕を引っ張って、なんとか部屋の隅へ移動した。

ドレスの袖をちぎって、血の滲む脇腹を押さえる。


「なぜ私を助けるようなまねをするんです……。

 これも何かの策ですか……」


弱弱しくつぶやくティエリー。

思ったより深く刺されたようだ。


「しゃべるな! 策なんてない!

 あぁっ、血が止まらない。

 ティエリー、何かないの!?」


「ふふ……それがあなたの本当の話し方かな。

 なんでだろう、今のあなたのほうが信じられる気がする」


脂汗をにじませるティエリーを無視して、リゼットは男の腰に下げた鞄を探る。

戦場に出るときには身につけているはずだ、という予想が当たり、数種類の薬草を見つけた。

血止めと痛み止めの薬草をはさみ、布を巻いてきつく縛る。

ティエリーは、傷口をぎゅっと抑えると息をつめたが、話をやめるつもりはないようだ。


「リュシエンヌ様……。

 ラウルは迷っていた。

 あいつ、本当に不器用だから、あなたを前にしてどうしていいかわからなかっただけなんです……」


だから、あなたのさっきの話が嘘でないといい。

あいつは俺の大事な親友だから。


そうつぶやいて、ティエリーは目を閉じてしまった。


「ティエリー、ティエリー!

 しっかりして!」


呼びかけるリゼットの横に、どぅっと音を立てて、黒ずくめの敵兵が倒れこんできた。

リゼットは、はっとラウルが敵と切り結んでいたのを思い出す。

振り向くと、二人目の男をほふって、さらに三人の敵兵に囲まれているラウルがいた。


「……ラウル!」


こんなに狭い部屋では矢は使えない。

リゼットは武器庫から持ってきた短剣を構え、加勢する時期を見極める。

ラウルに剣を振り落とされた一人がリゼットに気付き、落ちた剣を拾って襲いかかってきた。

キン! と短剣で相手の剣をはじいて応じる。

部屋が狭いためになんとかなっているものの、弓矢に比べ短剣は使い慣れない。

いつまで防げるか。

それでもリゼットは、自分が一人引き受けることでラウルの負担が軽くなればと、粘る。

ラウルは大丈夫だろうか。

ちらっと気をそらした隙をつかれて、大きく振りかぶった剣で力任せに短剣をはじかれた。

その勢いで壁際に突き飛ばされる。


「……っく……」


壁に強く背中をぶつけ、一瞬息がつまった。


「リュシエンヌ!」


ラウルが叫ぶ。


リュシエンヌって……呼ばれたの、初めてじゃない……?


リゼットは思ったが、記憶をたどる暇もなく、侵入者がガッと剣をつきたててきた。

体をひねって、寸でのところで避ける。


「あうっ」


そのとき、リゼットの腹部に激痛が走った。

敵兵はそれを好機ととらえて、休む間もなく剣を振り下ろしてきた。

避けるリゼットは壁際に追い詰められる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


呼吸が乱れる。

下腹部の締め付けられるような痛みが、どんどん酷くなる。

敵はと見れば、自分の目の前と、視界の隅にまさに今喉を掻っ切られた男が見えた。

ラウルの方は、あと一人。


小部屋で格闘している間に夜が明けてきたらしく、室内はうっすら明かりが射してきていた。

それまで必死に剣を避けてきたリゼットだったが、すでに体力は限界だった。

朝日を浴びて、リゼットをしいしようとする刃がきらめく。


殺される……!


覚悟を決めて目をつぶろうとした瞬間。


「ぐっ」


くぐもった声が聞こえ、今まさに王妃を殺そうとしていた男が前のめりに倒れた。

がつっと重い音がして、壁に頭をぶつけた反動でリゼットとは反対側へ崩れ落ちる。

呆然と目を見開くリゼットの視界に入ったのは、こちらにむけて腕をあげるティエリー。


「はぁっ、はぁっ。

 まだ話は済んでいませんからね。

 死なれては困ります」


宰相は、にやりと笑った。


「……!」


涙があふれ、視界がかすむ。


「リュシエンヌ様!

 ラウル様!」


侵入者によって一度は閉じられた扉が勢いよく開いた。

警備兵がなだれ込み、ラウルに襲いかかっていた男が捕えられた。


「あ……よか……った……」


ずるり。

リゼットは壁にもたれかかって座り込み、痛みの激しくなる下腹部を手の平で押さえた。

額に脂汗が浮かぶ。


ねぇ、待って。

行ってはだめ……。




痛みで意識が朦朧としてくる。

ユリアが何か叫びながら駆け寄ってきたけれど、返事をすることすらできない。






天使の森に、笑い声が響く。


『うふふ……あはは……』


『お父様ーぁ! お母様ぁ!』


小さな手には花冠。

何よりも愛しい存在。




あぁ、でもどうして。

顔が見えない。

そこだけ靄がかかったように、霞んでいる。


「……っ」


名を呼ぼうとして、リゼットは意識を手放した。




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